「10の質問」という古のインターネッツを思わせるお題にホイホイ乗せられるつもりが結局は応募期間ギリギリの投稿になってしまったお前はそんなんだから「注目のブログ」に選ばれないのだ

ブロガーズフェスティバル2014-株式会社はてな
2014ブロガーズフェスティバル 【東京・8月23日】で撮ったやつ

 

はてなブログ10周年、おめでとうございます!!

病めるときも健やかなるときも、はてなブログはそこにいてくれた……なんて言えるほどにはブログを最近は書けていないのでアレですが、何はともあれおめでたい!

ここしばらくは仕事やら趣味やらのほうで忙しくしていることもあり、縁遠い存在になりつつ「ブログ」という存在。でもでも、はてなブログがあったからこそ、自分は今こうしてライターとして生きていられているので、まっこと感謝しております。

そんなこんなで積もる話もありますが、そんなことより僕はレッドスターと万年筆が欲しいんだ! ……ってなわけで、参加賞のためにもこの特別お題「10にまつわる4つのお題」のひとつに応募させていただきます。対戦よろしくお願いいたします。

 

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まさに今、「書く」ことに苦しんでいる人の助けとなる本『ライティングの哲学』

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書くことは考えることだ。

随分前に読んだ本の冒頭の一言が、ずっと印象に残っている*1。──うん、そのとおりだと思う。ほんまそれ。振り返ってみればブログを書き始める前、モバゲーやmixiなどで独りよがりの長文を書き殴っていた頃から、自分にとって“書くことは考えること”だったように思う。

より正確に言い換えるなら、「書くことでしか考えることができない」となるかもしれない。僕には、自分が何を考えているのかがわからない……いや、もちろん「頭空っぽのパッパラパーで過ごしてます!」というわけではございません。たぶん。あれこれ考えながら生活できている……とは思います。きっと。人並みには。

ただ、「自分の思考をまとめるにあたっては、『書く』という方法が一番適している」という実感がある。黙り込んでひたすら思索に耽ったり、他人との対話によって自身の考えをまとめたりするのではなく、原稿用紙やメモ帳や画面に向かって、ひたすらに書く。

煩雑でまとまりのない状態で自身の脳内を漂う、言葉と感情の欠片たち。曖昧模糊とした数々の思考の断片を明確な「言葉」として言語化し、意味のある「文章」として書き出して、自身の目で確認できる「形」を与える作業。その過程を経ることで、ようやく僕は僕の「思考」を自覚することができる。

とはいえ、そうして言語化するまでの過程で、想定とは異なる解釈が紛れこむことは当然ながらあるのだけれど……でもそれは本筋とは関係ないので、今回は割愛。──そう、そんな話はいいんです。それより今回は、読んだ本のことについて書きたいのです。

「書く」ことについて改めてあーだこーだと考えるきっかけになるのみならず、自分の「書く」行為に変化をもたらしてくれそうな、他人の方法論と執筆論がたーっぷり詰まった、コンパクトながらナイスな1冊。「書く」ことの四者四様の“哲学”を味わえる本『ライティングの哲学』です。

 

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“おまいら”と過ごした平成のインターネットをゆるーく振り返る本『平成ネット史 永遠のベータ版』

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平成最後の2019年。その三が日。NHK Eテレにて2夜連続で放送された特別番組『平成ネット史(仮)』を知っている、あるいは覚えているだろうか。

Windows95の発売から始まり、電話回線でつながっていたインターネット黎明期を経て、テキストサイト、ブログ、2ちゃんねる、iモード、mixi、YouTube、ニコニコ動画、ボーカロイド、LINEなどを紹介。日本のインターネット史に名を刻む各種サービスと、ネットカルチャーについて振り返る番組だ。

そもそもこの企画、放送前の2018年秋頃にはすでにネット上で話題になっていた記憶がある。公式Twitterにてインターネットにまつわるエピソードを視聴者から募集したところ、あっという間に十人十色の思い出が集まり、いわゆる“インターネット老人会”的な盛り上がりの様相を呈していた。

さらに番組の放送だけでは終わらず、1月中旬には東京で、4月下旬には大阪で、特別展『平成ネット史(仮)展』を開催。デカデカと展示されたインターネットの「年表」を前に、さまざまな世代の人たちが“老人会”的なやり取りを楽しそうに交わしている様子を実際に目の当たりにして、なんだか嬉しい気持ちになったことを覚えている。

いつかどこかのネットの海ですれ違ったかもしれない“おまいら”は、今もこうして暮らしているんだな──なんて。

そんなネット民ホイホイの企画「平成ネット史」が今年、ついに書籍化。番組では取り上げられなかった取材成果も盛りこみつつ、改めて「平成のインターネット」を振り返る内容となっている。

本のタイトルは、『平成ネット史 永遠のベータ版』。インターネットの「これまで」に思いを馳せつつ、「これから」を考える1冊。今も昔もインターネットとネットカルチャーが大好きな“おまいら”にこそ読んでほしいので、ざっくり紹介していきます。

 

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「ゲームは1日1時間まで」とか無理じゃね?溶ける時間を別の活動に置き換えたい

Writing

最近、Apexが楽しい。

Apex──そう、『Apex Legends』。サービスが始まったばかりの頃にふれて以来、ちょくちょく遊んでいるFPSゲーム。少し前から「VTuberたちのあいだで流行してるなー」と思っていたら、どうやら流行っていたのはそこだけじゃなかったらしい。

いつの間にやら頻繁に大会が開催されるようになり、大きなイベントでは芸能人まで参戦。メジャーアーティストやジャニーズまでもがゲーム実況者やVTuberと肩を並んで戦場へと繰り出し、ドラマを生み出している──。こんなの、最高に胸躍る異種格闘技じゃないか。そりゃあ見るだけでも楽しいし、ますます自分でも遊びたくなるってもんでしょう。

しかし、これはいけない。
由々しき事態だ。

何が問題かって、時間が溶ける。ベトベトン先輩もびっくりするレベルでドロッドロに溶ける。

『Apex』じゃなくても、たとえば『スプラトゥーン』なんかを遊んだことのある人は心当たりがあるんじゃないかと思うけれど、あの手のゲームはハマるとヤバい。やめるタイミングがない。負けても勝っても「次はもっとうまく立ち回るぞ!」と奮起して、いつまでも何度も戦場へと繰り出すことができてしまう。おのれ……時間泥棒め……。

いや、それもこれも、もちろんゲームは悪くない。すべては自制の問題だ。「ガスをばらまきながら敵地に突っ込む瞬間が、一番生を実感する!」なんて内心で叫びながら、ルールも決めずにいつまでも戦場に繰り出している自分が悪い。というか最近は流行する「ゲーム」全般が、やめどきらしいやめどきがない作品ばかりで困る。楽しい。

そんな現状を鑑みつつ、改めて考えてみると、若き日のお母上の声が当時以上に説得力を持って聞こえてくる。「ゲームは1日1時間まで」。……そう、仰るとおりです母上。たとえ『Apex』以外にもスマホアプリのデイリーミッションを消化する必要があり、ウマ娘を育成し、種火を回収し、特別依頼をこなす必要があったとしても、ゲームは1日1時間まで。……いや、無理じゃね?

では、そんな「1日1時間」の縛りが効かないなら、どうするか。

そんなときこそ、頼るべきは先人の知恵。そう、過去に読んだ本の知識を活かすときである。あるいは、本を読むことによってモチベーションを得るべきである。試しに取り入れたポモドーロ・テクニックだって、もうずーっと活用できているじゃないか。

というわけで取り出したるは、「書く」ことについてのマイバイブルのひとつ。ナタリー・ゴールドバーグ著『書ける人になる!──魂の文章術』。

これはいいぞ。マジでいいぞ。早速ページをパラパラとめくって「豆腐と闘う」の章を読み、「よっしゃ! 俺は豆腐に勝ったぞ!」という気持ちになっている。冷ややっこがおいしい時期ですね。塩昆布をのせて食べると美味。

というわけで、最近はあまりブログ──というか “個人的な文章” を書けていないので、本書を題材にしてリハビリ的なことでもしてみようかな、と。『Apex』をはじめとするゲームによって溶けてしまう時間の代わりに、本を読み、何か書くことができそうなら、こうしてブログに書き散らしていこう、と。そう思う所存でございます。

あ、ゲームは続けますよ? 楽しいもん。
よかったら一緒に遊びましょ!

 

ちょうどセール中で70%OFFとかいうびっくり割引になっているので、興味のある人はぜひ。

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