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まさに今、「書く」ことに苦しんでいる人の助けとなる本『ライティングの哲学』


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書くことは考えることだ。

随分前に読んだ本の冒頭の一言が、ずっと印象に残っている*1。──うん、そのとおりだと思う。ほんまそれ。振り返ってみればブログを書き始める前、モバゲーやmixiなどで独りよがりの長文を書き殴っていた頃から、自分にとって“書くことは考えること”だったように思う。

より正確に言い換えるなら、「書くことでしか考えることができない」となるかもしれない。僕には、自分が何を考えているのかがわからない……いや、もちろん「頭空っぽのパッパラパーで過ごしてます!」というわけではございません。たぶん。あれこれ考えながら生活できている……とは思います。きっと。人並みには。

ただ、「自分の思考をまとめるにあたっては、『書く』という方法が一番適している」という実感がある。黙り込んでひたすら思索に耽ったり、他人との対話によって自身の考えをまとめたりするのではなく、原稿用紙やメモ帳や画面に向かって、ひたすらに書く。

煩雑でまとまりのない状態で自身の脳内を漂う、言葉と感情の欠片たち。曖昧模糊とした数々の思考の断片を明確な「言葉」として言語化し、意味のある「文章」として書き出して、自身の目で確認できる「形」を与える作業。その過程を経ることで、ようやく僕は僕の「思考」を自覚することができる。

とはいえ、そうして言語化するまでの過程で、想定とは異なる解釈が紛れこむことは当然ながらあるのだけれど……でもそれは本筋とは関係ないので、今回は割愛。──そう、そんな話はいいんです。それより今回は、読んだ本のことについて書きたいのです。

「書く」ことについて改めてあーだこーだと考えるきっかけになるのみならず、自分の「書く」行為に変化をもたらしてくれそうな、他人の方法論と執筆論がたーっぷり詰まった、コンパクトながらナイスな1冊。「書く」ことの四者四様の“哲学”を味わえる本『ライティングの哲学』です。

 

アウトライナーから始まる、「書く」ことの苦しみを語る座談会

『ライティングの哲学』は、日常的に「書く」ことに携わっている4人の座談会に始まる。「では、傷を見せ合いますか(笑)」という読書猿さんの一言を皮切りに、次々に露わになる「書く」ことの悩みの数々。エディタの真っ白な画面と格闘し、ツールに振り回され、もっとよく書けるかもと頭を捻りつつも、最後には〆切を前に諦めなくてはならない、執筆の産みの苦しみ。

もともとは「アウトライナー座談会」と題して始まった企画ということで、序盤はツールにまつわる話が多い本書。アウトライナーの存在を知りつつも、どうにもピンとこなくてうまく使いこなせなかった自分には、もうこの時点で非常に興味深く、「そういう書き方もあるのか……!」とふんふん頷きながら読んでいた。

ぶっちゃけ、座談会で登場するツールにはまったくピンとこないものも多かったのだけれど、それはそれ。箇条書きをいかに整理して文章化するか。Evernoteではどのようにメモを取り、断片的な情報を本文に落としこんでいくか。ツールの使い分けに、どのような試行錯誤の変遷があったのか。各々の経験談が語られ、ところどころではアウトライナーの実際の画面も参照してくれているためイメージがしやすく、自分でも参考にしてみたいと思えた。WorkFlowy先輩……そうやって使えばよかったんですね……!

特に印象に残ったのが、千葉雅也さんの「アウトライナーによって、ものを決めることができるようになった」という指摘。

迷っていることや悩んでいること、その瞬間の思考や感情を「とりあえず、書き出す」ことの重要性。とにかく可視化してしまうことで、脳内であれば無限に続けてしまう堂々巡りを、有限にしてしまう。これってすごく大切なことだと感じていて、仕事の原稿やブログにとどまらない、幅広い意味での「書く」ことの効用なんじゃないかしら。「書くこと自体が、取り返しのつかなさを重ねていくこと」という読書猿さんの表現もいいなと。

余談ですが、僕自身は読書猿さんの『アイデア大全』でノンストップ・ライティングを知り、以来たびたび実践するようになってから、「書く」ことのハードルが大きく下がった気がします。

まさに今、「書く」ことに苦しんでいる人の助けとなる本

興味深い話が盛りだくさんながら、実は全体を通して見ると「さわり」の部分に過ぎない、アウトライナー座談会。続いて本書では、この座談会から2年を経た参加者4人に原稿の執筆を依頼。「座談会を経てからの書き方の変化」をテーマにした、4人の原稿を掲載しています。

  • あの750ページ以上にも及ぶ鈍器本『独学大全』を書きながら、いかにして“諦め”てきたかをまとめた、読書猿さんの「断念の文章術」
  • 日記調の文章に始まり、ところどころで文体も変えながら、執筆の方法とツールの使い分け、自身のスタイルの変遷を散文的に振り返っている、千葉雅也さんの「散文を書く」
  • 執筆環境の変化とツールの使い方を時期ごとに分割し、装飾や画像も交えつつ事細かにまとめたうえで、〆切当日に浮かんできたという自身の修士論文の公聴会の苦い思い出を冒頭に書き加えた、山内朋樹さんの「書くことはその中間にある」
  • 執筆の苦しみをあるがままに書き連ねつつ、その困難から逃れながら「書く」ためのアイデアとして、ツイキャス・Discord・LINEを使って「メモ」を生成する方法を編み出した、瀬下翔太さんの「できない執筆、まとめる原稿──汚いメモに囲まれて」

おそらく、読者によって共感できる文章は異なるし、得られる気づきもさまざまであるはず。

けれど、四者四様の2年間の「実践」の記録として、各々に「書く」ことと向き合ってきた過程をまとめた4つの読み物は、まさに今「書く」ことに苦しんでいる人の助けとなるものだと思う。掲載された4つの原稿を読み合ったうえで開催された、2回目の座談会の記録とあわせて。この2回目の座談会こそめちゃくちゃ示唆に富んでいるので、ぜひとも本書を手に取って読んでみてほしい。

 結局、周りに受け入れられるためにちゃんと書かねばというのは、「何事も起きなければいいのに」という防衛的なマインドなのであって、それは「外に出ていない」のだ。出来事が起きるかもしれない。それでいいのだ。勇気を持って出来事へ踏み出して書くのである。書くことを出来事にする。道行きが不明なまま、書き始め、書き続ける。

(『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』P.267より)

このあとがきを読んだうえで改めて「はじめに」に立ち返ると、この本の内容が「書くこと」だけでなく、あらゆる「つくること」にも当てはまると気づかされる。何かを表現するにあたって避けられない産みの苦しみと、それに付随する悩み。それらとの付き合い方を教えてくれる、ある種の処方箋と言えるのかも──なんて書こうと思ったら、すでに帯に書かれてた。なんてこった。

そんなこんなで、僕は書いた。
僕は書けた。この本の感想を。

それこそ最近の自分は構成ありきのお仕事原稿ばかり書いていたのだけれど、今回は何も決めず、読み終えた次の瞬間からエディタに向かって、冒頭からどばーっと書いてみた。普段ならもうちょい推敲と校正を重ねるところだけれど、今回はこのままシュバッと投稿してしまおうと思います。対戦よろしくお願いします。

 

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