少し前に読んだ本に、「文章力は社会人の基礎体力」だと書かれていた。
たしかに、学生時代とは違った意味で、会社では「文章」に触れる機会が多い*1。読み書きに割く時間だけを見れば、レポートや論文を執筆していた学生時代のほうが長いかもしれないが、会社では文面によるコミュニケーションが日常的に行われている。
メールをはじめ、報告書・議事録・稟議書・始末書など。会社で目にし、時には自分で書くことになる文章は多岐にわたる。しかもそれら文章は、単なる記録だったり連絡手段だったりと、それぞれに異なる性質を持っている。読む相手だって、個人だったり複数人だったりとさまざまだ。
このように、社会人に求められる「文章力」は学生時代と比べると幅が広く、ぶっちゃけダルい。というかそもそも、「文章力」という表現自体も曖昧なものだ。対象とする “文章” の目的・性質・読者・掲載場所などによって、磨くべき “力” の方向性は変わってくる。
ゆえに、文章力を身につけようとするのなら、あらかじめ「どのような目的で文章を書くか」を考える必要がある。書店でハウツー本を探すにしても、方向性をはっきりさせたうえで本を選ばなければならない。──不特定多数に読まれる文章か、特定少数に伝わる文章か、狙った相手の心を揺さぶる文章か。まずはそれを明らかにすることが肝要だ。
逆に考えれば、そのように目的や方向性が明確な本は、ハウツー本として信頼できる、とも言える。ざっくばらんに「書き方」のテンプレートを紹介するだけではなく、前提として「文章力」の定義を確認し、指針を示しているかどうか。
たとえば、「文章力は社会人の基礎体力」だと書かれていた、『新しい文章力の教室』。
ウェブメディアの元編集長が書いたこの本は、ずばり「完読されること」を目的にしている。大勢の人に読まれるとか、読者を感動させるとかではなく、目指すのは「完読」。ネットニュースやブログ記事が当たり前に読み飛ばされ、最後まで読まれないことも珍しくない昨今、「完読される文章=良い文章」という考え方は的を射ているように感じる。
今回読んだ『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』も、同様に信頼の置ける1冊だ。良い文章とはどのようなものか、それはどういった構造を持っているか、実際にどうやって書けばいいか──などを示したうえで、順を追って説明しているからだ。
特に本書の場合、本文の最初の1文からして、その方向性が明確だ。最後まで読み終えたあと改めて序文に立ち返ったとき、そのわかりやすさに舌を巻いた。この本の目指すところ、1冊に通底するテーマ、そしておそらくは筆者がもっとも伝えたいだろうことが、冒頭の1文に詰まっていたのだ。
書くことは考えることだ。だから、書くために必要なことを、自分の頭で考える方法がわかれば、文章力は格段に進歩する。
(山田ズーニー著『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』Kindle版 No.241より)
何を当たり前のことを──と思った人もいるかもしれない。
しかし、本当に自分は、普段から「自分の頭で考える」ことができているだろうか? 他人の借り物の言葉、聞こえが良いだけの表現、定義の曖昧なマジックワードを使ってしまっていないだろうか? 自分本位なばかりで、相手に伝わらない文章になってはいないか?
本書が取り扱うのは、ある意味では文法や語彙や文章構成よりも大切な、文章を「書く」際に前提となる考え方。筆者の表現を借りれば「根本思想」とも言い換えられるそれは、如何にして形づくられ、文章として言語化され、読まれたときにどのように機能するのだろう。
文章を通して人と交わり、心を揺さぶり、さらには自身の思考力の向上にも一役買ってくれる1冊。今更ながら読み終わったので、感想をざっくりとまとめました。
本書が目指す「機能文」とは何か
この『伝わる・揺さぶる!文章を書く』で登場する文章のジャンルはさまざまだ。高校生の入試問題を皮切りに、就職活動の自己推薦書、特定の分野をテーマとした論文、上司への嘆願書など。思いのほか多種多彩な “文章” を取り扱っていることがわかる。
しかし、そのように多彩な文章について解説するとなると、複数の視点から「書き方」を整理する必要があるため、とっちらかった内容になるんじゃないか──という懸念も生じる。冒頭にも書いたように、「文章力」はいろいろな要素をはらんでいる。それをまとめて扱おうとすれば、個々の説明が薄くなってしまってもおかしくはない。
当然、筆者もその点は承知している。文章はいろいろ。書き方もいろいろ。 “文章の善し悪しは、目指すゴールによって違う”*2 のだから。冒頭に挙げた『新しい文章力の教室』は「完読されること」が “ゴール” だったが、では、本書は何を “ゴール” として見定めているのだろうか。
本書が目指す文章力のゴールは、1編の完成された文章をまとめ上げることではない。書くことによって、あなたの内面を発現することにも留まらない。あなたの書いたもので、読み手の心を動かし、状況を切り開き、望む結果を出すこと、それがゴールだ。
(山田ズーニー著『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』Kindle版 No.508より)
読み手の心を動かし、人を揺さぶる文章。
それが、本書の目指す「文章力」だ。
ただ、 “心を動かす” とか “人を揺さぶる” と言っても、何も読者の感性に訴えかけて感動させるのが目的というわけではない。そういったゴールを目指すのは小説やエッセイといった分野の文章であり、本書ではほとんど取り扱っていない。
本書の「文章」が目指すのは、読み手の納得・共感を得ること。そのためには、自分の意見をはっきりさせ、根拠を示すことで文章に説得力を持たせる必要がある。
自身の主張が自然と伝わり、そのうえで望む結果を得る。それが、最終目標。そして、自身の目的を果たすために機能する文章──「機能文」の書き方を学ぶことが、本書の第一段階となる。
機能文を形づくる7要素と、「答え」よりも大切な「問い」
筆者曰く、「機能文」とは、自分が言いたいことをはっきりさせ、その根拠を示して、読み手の納得・共感を得る文章のこと。
そんな文章を書くにあたって欠かせないのが、書き手自身の「意見」と、付随する諸々の要素なのだという。本書では、この「意見」をはじめとする7つの要素を中核に据えて、機能文の書き方を紐解いていく。
文章の7つの要件
- 意見
- 望む結果
- 論点
- 読み手
- 自分の立場
- 論拠
- 根本思想
過去に小論文の書き方を学んだことがある人は、ピンとくる部分があるかもしれない。これらのうち、特に「意見」「論点」「論拠」は小論文の中核をなす要素であり、その重要性を知っている人も多いはず。実際、本書でもこの3要素を基本に解説している。
そもそも「意見」がなければ文章は用をなさないし、「論点」が明確でなければ読み手に伝わらず、「論拠」なしに相手を納得させることはできない。そのような前提を整理するところから始めているあたり、本書は「小論文の書き方」の流れを汲んだ文書本だと見ることもできそうだ*3。
ただ、この本が小論文のハウツー本と異なるのは、その方法論をさまざまな文章に応用できるように分解し、文法などの小難しい説明は抜きに「伝わる・揺さぶる」ことをゴールにしている点にある。後半に登場する実例もバラエティに富んでおり、その内容は小論文だけにとどまらない。
また、人に伝わる文章を書くために「意見」が重要なのは言うまでもないが、本書ではさらにその前段階から説明し、読者に考えることを促している。
筆者曰く、 “意見とは、自分が考えてきた「問い」に対して、自分が出した「答え」である”*4 。つまり、良い意見を出す人は「問い」も深い。まずは「問い」を掘り下げることが肝要であり、時間軸や空間軸も考慮した広範な視点で考えることの重要性を説いている。
なかでも印象的だったのが、「答え」は意識しなくても探しているものだが、「問い」は意識的に探さなければ見つけられない、という指摘。言われてみれば、ブログでもなんでも、多くの人の共感を集めている文章は「問い」がはっきりしている印象がある。逆に、それなりに良いことが書いてあっても「問い」の所在がわかりづらく、また「答え」にたどり着くまでの過程が不明瞭な文章は、あまり広くは読まれにくいイメージがある。
僕自身、最近は「答え」を急ぐばかりで、「問い」の立て方が雑になっていないだろうか──と、思わず自問自答させられてしまった。意見を出すには考える必要があり、考えるためには「問い」を立てる必要がある。誰かに何かを伝えようとするのなら、たとえ結論が明らかだとしてもまずは「問い」まで遡り、順を追って考え、説明していかなければならない。本書を読んで、「問い」の重要性を再確認することができた。
そんな「問い」の大切さを説きつつ、「論点」の定め方と「論拠」の考え方を紐解いていくのが、第2章までの内容。ここまででちょうど全体の半分ほどであり、後半からは「実践編」と銘打って、いくつかのシーンごとに文章の書き方の実例を示していく。
この実践編が驚くほどに具体的で、きっと参考になる人も多いのではないかと感じた。上司の説得方法、議事録や志望理由の書き方などは新入社員や就活生にぴったりだし、依頼文や謝罪文の書き方などは、いつもメールに頭を悩ませているフリーランスの自分にも役立つものだったので。
そのうえで終盤は「上級編」として、より高い効果を出すためのテクニックを解説。ほかの文章本でも応用編として取り上げられていそうな考え方のほか、以前から文章以外の場面でも参考にしていた「思考停止ポイント」の視点*5などもあり、まっこと刺激的な内容となっている。
文法や語彙よりも大切な「書く」ための考え方をわかりやすく教えてくれる、至れり尽くせりな1冊。新書サイズで安価ながら多くのことを学べるため、「書く」ことを志向する人にぜひとも読んでほしい。もちろん、仕事に活かせる実例もあるため、会社員や学生さんにもおすすめです。
自分以上にいいものを書く必要はない。しかし、自分以下になってはいけない。だからこそ、書くために必要なのは、「考える」ことだ。
(山田ズーニー著『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』Kindle版 No.403より)
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*1:業種・職種にもよるでしょうが。
*2:同著Kindle版 No.487より
*3:ご存じの方も多いと思いますが、筆者の山田ズーニーさんは『ほぼ日刊イトイ新聞』で「おとなの小論文教室」を連載しています。なので、本書に「小論文」的な要素を強く感じられるのも自然なものかと(参考:ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。)。
*4:同著Kindle版 No.616より