「たまには話題作でも読んでみっかー」と、手に取った1冊の本。複数の書店でおすすめコーナーに陳列されているのが目に入り、なんとなく気になっていた小説。
当初はタイトルばかりに視線が向かっていて気づかなかったのだけれど、よくよく見れば、見覚えのある著者名。杉井光――そう、『さよならピアノソナタ』や『神様のメモ帳』でおなじみの、杉井光先生じゃありませんか! ラノベ作家さんとしてのイメージが強かったので、まさかこんなところでお名前を目にするとは思わずびっくり。一般文芸でも著作を出されていたのですね……!
本の名前は、『世界でいちばん透きとおった物語』。
少し前に「18万部突破!」を報じた著者インタビューが話題になっていましたが*1、7月下旬には20万部を達成したそうな。発売から2ヶ月半でこの数字は異例、かつ新潮文庫nexとしては史上最速の20万部突破なのだそう*2。ほえー。
そのような大きな数字と絶賛コメントを見て興味をいだく一方で、正直に言えば、「本当にござるか〜?」という疑念もあった本作。ひねくれ者の自分は、すっかり手垢の付いた「衝撃のラスト!」の煽りとヨイショっぷりを見て、「いやいやそんな大袈裟な」と内心では考えていたわけでございます。そんなにハードルを爆上げしちゃって大丈夫?
結論から述べます。
――大丈夫でした。
それも、感想としては「すごい」というか、「ヤバい」でした。本作の根幹をなす謎が明らかになった瞬間、自分の脳裏をよぎったのは、「狂ってやがる……!」の一言。シンプルながらめちゃくちゃに手の込んだ、唯一無二の読書体験を味わわせてくれる1冊でした。狂い。
ざっくりあらすじ
本作は、闘病を経て死去した大御所ミステリ作家の、遺稿をめぐる物語。
その『世界でいちばん透きとおった物語』と題された遺作を探すのは、作家の実の息子でありながら、一度も父親と会ったことのない主人公。女癖が悪かった父親の交際相手たちや生前の関係者と言葉を交わし、遺稿の行方を探るなかで、彼は自身の心境に変化に気づく。謎が謎を呼ぶ遺稿の探索を通して、赤の他人としか思えていなかった「父親」の姿に形が与えられていく。
そして明かされる、『世界でいちばん透きとおった物語』の意味とは――。
「本」という媒体に思いを馳せる
序盤こそ物語や文章に惹き込まれるような感覚はあまりなく、淡々と読み進めることになった本作。しかし徐々に謎と情報が明かされていくことで、自然と「お? これは伏線っぽいぞ?」などと考えるように。気づいた頃には、先の展開を気にしつつ、集中して読み進めるようになっていた。
個人的におもしろかったのが、作品全体を通して、「本」についてあれこれと思いを馳せる場面があったこと。
『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルそれ自体もそうだし、遺稿として残されているのかどうかもわからないその物語を探すにあたって、作中でいろいろな人物によって語られる読書観がおもしろい。主人公と共に遺稿探しに尽力するキャラクターが出版社に務める編集者ということもあって、実在の作家名や作品名も交えつつ語られる出版業界の話が興味深く感じられた。
クリエィティブ精神の剛速球
では、肝心の「衝撃のラスト」はどうだったのか。
すでに「紙の本でしか体験できない感動!」「電子書籍化は絶対不可能!?」といった文句を前面に押し出して宣伝しているので、ある程度は推測できる人もいるかもしれない。僕もあれこれ考えながら読んでみたのですが、核心にまでは迫れず……といったところで、作中の解き明かしを読むことでようやく全体像を把握できた格好です。
いや、自分はむしろ読者としては察しが悪いほうで、段階的に理解していった感じかもしれない。タイトルの意味が明らかになった瞬間、まず口をついて出そうになったのが「――狂ってやがる!!」の一言で、しかもその瞬間はまだ完全に咀嚼しきれていなかったんですよね。「そういうことだったのか!」と説明を読んで理解したと思い、けれどよく考えてみると、「それを実現するためには、こうこうこうする必要があって……って、え!? そういうこと!? そこまでやるの!?」と思い至る。そうやって全容を把握した段階で、改めて、本気でゾッとした。
もしかしたら、勘の良い人なら途中で推測できるギミックかもしれない。でもでも、それにしても、この非現実的なアイデアを、実際に作中に、物語に、1冊の本に組み込んでしまう力技が、本当にすごいしヤバすぎる。……いやいやいや、たとえ思いついたとしても、マジで実際にやろうと思います!?
しかし同時に、その気持ちには共感できる部分もあった。つまるところは、作中にもあったように「書かずにはいられなかった」のかなと。一度思いついてしまったことは、試してみずにはいられない。文章を書いたり、動画を作ったり、何かを企画したりする楽しさを知ってしまった今の自分なら、その感覚もわかる気がする。いや、心から共感できる。
評判にホイホイされて読んでみたら、想定を超える衝撃を受け、さらには「やられずにはいられない」という、クリエイティブ精神の剛速球を真正面から喰らってしまった。いろいろと自分のなかに残るものがある作品だったし、ぜひとも周囲の人にもおすすめしたい。そう思って、こうして感想をまとめてみた次第でございます。少しでも気になった方は、休日にでも読んでみてはいかがでしょうか。2時間程度で読めると思います。