メタバースの説明はこれ1冊でOK?伏線回収もアツい『メタバース さよならアトムの時代』


 『メタバース さよならアトムの時代』をじっくりと時間をかけて読み終えて、こう思った。

──「メタバース、なんもわからん」という人に1冊だけおすすめするなら、この本だけでもだいたいカバーできてしまうのでは……?

 いや、もちろん、まだ他の本を読めていないので断言はできない。

 けれど、まだまだとっちらかっている印象を受ける「メタバース」の定義とその周縁の説明に関しては、自分の知るどの本や記事よりも整理されているように読めた。XR業界、クリプト業界、SNS業界など、論じる人がどの業界に属するかによってポジショントークになりがちな「メタバース」の説明。それを本書では中立的な目線に徹しつつ、全体を俯瞰して紐解いてくれている。

 かと思えば、筆者自身の思想がバチバチに盛りこまれた、「そういうおもしろい話が聞きたかったんだよ!」とワクワクさせられる話題もあってたまらない。知的好奇心をツンツンされたい読者の需要も満たしてくれるため、そんな目的で本を読みあさっている人にもおすすめできる。

 表紙の「メタバース」の文字の横にちょこんと添えられた、「さよならアトムの時代」のサブタイトル。この言葉が指し示すものを理解した瞬間、なぜこれほどに「メタバース」が騒がれているかがわかるはず。まるで物語の伏線回収のような気持ちよさがあり、読後感もすばらしい。そんな本書の感想を、ざっくりとまとめていこうと思う。

 

他のどの本よりもしっくりくる「メタバース」の説明

 巷で騒がれている「メタバース」とは、そもそもいったい何なのか。

 この問いに対する答えが書かれているのが、本書の1~2章部分だ。ページ数にしてちょうど全体の半分ほどの紙面を割いて、たっぷりと「メタバース」について解説している。

 第1章は、基本中の基本をまとめた内容。

 辞書的な解説に始まり、フィクションではメタバースの世界がどのように描かれてきたかを、具体例を示しつつ説明していく。この言葉の定義としては、2020年に示された「メタバースの7つの条件*1」を参照。と同時に、筆者独自の視点として「身体性」と「自己組織化」の2つを条件に追加し、メタバースの定義を2022年の現状に即した形でアップデートしている。また、さまざまな分野の企業がこの領域に力を注ぐ理由のひとつとして、「滞在時間」があることを補足しているのもポイントだ。

 続く第2章「メタバース市場とそのプレイヤーたち」では、今まさにメタバース市場でビジネスを展開している複数の業界のプレイヤーたちを紹介。

 個人的には、この2章こそ「メタバースの教科書」と言える内容だと感じた。ともすれば各業界のポジショントークになりがちな「メタバース」の現状と周縁を、比較的中立に整理してくれているからだ。網羅性・中立性・明解さの点では、過去に読んできた多くの解説記事と比べても、この章の説明が頭一つ抜けているように思う。

 槍玉にあがりやすいNFTも含め、2022年現在のメタバース市場にどのような業界が関わっているか。そして、具体的にはどのような企業・サービスがあるか。それもただ単にサービスの内容を説明するのではなく、「体験」「発見」「クリエイター・エコノミー」といった7つのレイヤーに分類することによって、各サービスの特徴と、この市場の多様性を整理してくれている。

 つまり、メタバースを「業界」や「ジャンル」で見るのではなく、それぞれの「性質」や「構造」に焦点を当てて捉えようとしているわけだ。2022年のメタバース市場と取り巻くコンテンツやコミュニティ、核となっている技術やビジネスを、具体的な名前を挙げながら説明してくれているこの章は、現在のメタバース市場の全貌を理解する手助けとなる。

 そもそもなぜメタバースが今このタイミングでブームになっているのかというと、技術や文化としての側面よりも、市場からの要請という側面が強い。

 主にゲーム業界、SNS業界、XR業界、クリプト業界あたりのめざすビジネスの未来が、今回「メタバース市場」という単語でひとくくりになった。それぞれの業界に根付く課題や思惑があり、それらがメタバースという概念を中心に交錯しているというのが現状である。

(加藤直人 著『メタバース さよならアトムの時代』P.60より)

最高にアツい、タイトル回収

 ここまでは「なんて教科書的でわかりやすいんだ……!」と軽く感動しながら読み進めていたのだけれど、続く第3章で急展開を迎える。

 なにもいきなり文体が変わったり、まったく関係のない話が始まるわけではない。……いや、どうだろう。導入を読むと、唐突と言えば唐突かもしれない。「この章では視点を引いて、メタバースを長い人類の歴史の中に位置づけてみたいと思う」という冒頭に始まり、次の瞬間には「計算」と「数字」、そして「十進法がなぜ10なのか」の話が始まるからだ。

 根っからの文系パーソンである自分は「グワーーーッ!!」などと内心で叫びつつ、難しい話が始まるんじゃないかとハラハラしながら読むことになる……のだけれど。これがまた、読み進めていくとおもしろい!

 もともとは人間の身体と強く結びついていた、「計算」の行為。しかしその結びつきは、やがて計算機の登場によって切り離されるようになる。計算機によってあらゆる事物や現象が計算されるようになり、科学技術が発達し、産業革命が起こる。そして筆者によれば、その変革の真っ只中でもたらされた最も大きな変化として、「人とモノの移動」が挙げられるのだそうだ。

 産業革命による世界の発展の背景にあったのは、物理学をはじめとした科学技術の進化であり、計算によってモノの移動をシミュレートし自動化や効率化が飛躍的に進んだことにある。

 モノの移動を計算することが、人間の生活を豊かにしてきたのである。産業革命から現代に至るまでの200年間を一言で称するならこの言葉がふさわしいと思う。

 「モビリティの時代」だ。

(加藤直人 著『メタバース さよならアトムの時代』P.158より)

 では一方で、200年後の未来から見た現在は、どのような時代なのだろうか。

 人やモノが当たり前のように世界中を行き交い、さらにウェブの登場によって、情報も瞬時にやり取りできるようになった現代。それどころか、人やモノ以上に「情報」の移動に価値が置かれているような印象すらある。「モビリティの時代」を経て現在進行形で起こっている変革とは、200年後の未来から見た現代は、こうこうこういう時代である──。

 以上が、ざっくりとした説明ではあるが、3章部分の内容だ。詳しくは実際に本書を手に取って読んでほしいのだけれど、ここで「今は『○○○○○○○の時代』です!」とドバーン! と示したあとに、例の“伏線回収”も待っている。そう、サブタイトルの「さよならアトムの時代」だ。

 突如として始まった「計算」の話を興味深く読み進めていたら、まさかのここで(サブ)タイトル回収。数学の解説と人類の進歩の話だけでもおもしろかったのに、それを巧みに「メタバース」に結び付けて論じる、あまりにも見事な展開。ビジネス書を好んで読んでいるような人なら、きっとこの章は刺さるんじゃないかしら。

メタバース世界へのワクワクを加速させられる

 続く第4章では、VR技術の発展と現状がざっくりと振り返られ、第5章では、メタバース市場でどのような経済活動が行われているか(行われることになるか)を解説。第6章では、メタバース市場の展望と、独自の魅力と発展経緯を持つ日本のカルチャーコンテンツがどのような強みを発揮できるかを整理。そして最後に「妄想力」の大切さを説きつつ、本文を結んでいる。

 改めて1冊を通して振り返ってみても、やはり本書は「教科書」にふさわしい本だと思う。繰り返しになるが、少なくとも2022年現在において、本書の網羅性と中立性は、関連書籍のなかでも特に際立っているように感じた。

 我ながら「さすがに言い過ぎでは~?」という気もしたので、書店&図書館で何冊かパラ読みしてきたのだけれど……その結果を踏まえても、そう言える。『メタバース さよならアトムの時代』は、2022年現在の「メタバース」の特性と市場をわかりやすく整理した、教科書的な1冊である、と。

 もちろん、教科書的だからと言って「本書が一番!」と断言するわけではない。カルチャーやコミュニティの話題に関しては、コアユーザーの目線で仮想世界の人間関係を紐解いた『メタバース進化論』をおすすめしたいし、将来も見据えたビジネス領域の解説であれば『メタバース未来戦略』が詳しい。本書でも明らかにされていたように、一口に「メタバース」と言っても切り口は多岐にわたるため、自分の興味関心に合わせて本を探すのがいいと思う。

 人並みにはメタバースの世界でキャッキャウフフしている1人のユーザーとして、そして本書を読み終えた読者としては、「この世界に対して自分が感じていたワクワクを再認識させられると同時に、さらに加速させられた1冊だった」という意味でも本書をおすすめしたい。

 特に印象的だったのが、「はじめに」で書かれていた、筆者が初めてオキュラスのVRゴーグルをかぶったときのエピソード。「インフォメーションしか乗っていなかったインターネットに、エクスペリエンスが乗る時代が到来するのだと感じた」という一言にめちゃくちゃ共感したし、メタバースの魅力と可能性を端的に示している指摘だと感じた。その体験を踏まえて、本書の後半から終盤にかけて紐解かれていく未来の話にも、ワクワクさせられずにはいられない。

 あ、でもひとつだけ、本書の指摘に対して、個人的に言い返したいことがあります。……僕は! 一般人です!!

 

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