速すぎるSNSを見直し、“書く”ことへの再考を促す本『遅いインターネット』


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 タイトルにホイホイされるまま、割とノリと勢いで本を買った。

 筆者名すら確認せずにポチったため、ダウンロードした電子書籍を開いてようやく「あ、宇野さんの本だったのか」と気づいたくらい。そうやってろくに確認もせずに衝動買いしてしまうほど、ビビッとくるタイトルだったのです。

 本の名前は、『遅いインターネット』

 民主主義や拡張現実、コミュニティやコミュニケーションなど、多角的な視点から現代の「インターネット」を紐解き再考する──もとい “再考させられる” 、示唆に富んだ1冊でした。

 

たまには「速いインターネット」から離れたい

 情報の伝達速度にせよ、通信速度にせよ、はたまた「今日も推しがかわいい」と脊髄反射的に呟く自分のツイートにせよ、とにもかくにも「速さ」には定評があるインターネット。そんななかで「遅い」ことを謳ったタイトルは、否が応でも目に留まる。

 遡れば、ハイパーリンクを辿ってネットサーフィンをしていた時代から、インターネットは「速い」ものだった。それどころか、SNSのタイムラインで情報を追うようになった近年はさらに「速く」なっている印象もある。その「速さ」のおかげですぐに重要な情報を知れたり、問題が解決できたりと、助けられてきた人も多いのではないかしら。

 しかし一方で、そのような「速さ」の恩恵にあずかっていると……たまに、こう感じることもある。時には「速いインターネット」から離れて、立ち止まって考えることも、やっぱり大切なんじゃないかと。

インターネットの本質はむしろ、自分で情報にアクセスする速度を「自由に」決められる点にこそあるはずだ。

(宇野常寛著『遅いインターネット』Kindle版 No.2119より)

 デマはあっという間に拡散され、当たり前のように誹謗中傷がはびこり、感覚的・感情的な言葉をタップひとつで書き込めてしまう、現代のSNS。流されるままあらゆる話題に物申したくなり、見たくもない炎上を無意識に追ってしまい、時間ばかりが溶けていく。その結果、得られるのはモヤモヤした気持ちだけ。

 そうやって長年にわたってインターネットと接してきた人、現在のSNSのタイムラインを日々追いかけている人ほど、このタイトルには思うところがあるんじゃないだろうか。しかも読み始めてみると、「遅いインターネット」という結論に至るまでのアプローチは、まったく予想もしなかったものだったのです。

 自分とは縁があったりなかったりする分野の話に、「そういう話かー!」と良い意味で期待を裏切られた感覚。と同時に、本書で語られている「遅さ」の提案には共感できる部分も多く、気持ちよく、そして興味深く読めました。普段から感じていたモヤモヤを言語化してもらえたような実感すらあった。

現代社会にそびえ立つ、不可視の「壁」

 「オリンピック破壊計画」という、穏やかではない序章から始まる本書。

 筆者によって語られるのは、テレビショーであり、不採算事業であり、何よりも未来へのビジョンがまったく感じられない、2020年の東京オリンピックについて。その空虚な催しを「茶番」とまで言い切る筆者は、国立競技場を見て「壊れてしまえばいいのに」と考えている。

 とはいえ、何もオリンピックを返上するべきであるとまでは考えていないそうで、この話はあくまでも本筋に入る前のまくらに過ぎません。筆者が本当に“破壊”するべきだと考えているものは、他にある。

僕たちが破壊しなければならないのは、この2回目の(茶番としての)オリンピックそのものではない。こうした茶番を反復して再生産する目に見えない力の源を、僕らの思考を現実から遮断する目に見えない壁を僕たちは破壊しなければいけないのだ。

(宇野常寛著『遅いインターネット』Kindle版 No.285より)

 奇しくも「2020年の東京オリンピック」は感染症によって“破壊”されてしまったものの、現代社会には他にも数々の「壁」がある。

 その「壁」がどのようなものなのかを定義し、「壁」を突破するための解決策を考える。それが本書の狙いであり、その手段として最終的に示されるのが「遅いインターネット」だというわけです。

「問い」を立て、「書く」ことへの再考を促す本

 民主主義、フェイクニュース、シビックテック、拡張現実、共同幻想など、数々のキーワードが登場する本書。

 これだけを見て、「それってインターネットの話と関係あるの?」と怪訝な顔をする人もいるかもしれない。それにきっと、「政治の話とか興味ないんですが」と思う人もいることでしょう。僕も割とそうです。

 パッと見ではとっ散らかっているようにも見える、本書を形作るキーワードたち。しかし読み終えてみると、それぞれが決して無関係ではなく、水面下ではつながっていることがわかります。ただしそれはあくまでも「問い」に過ぎないため、あまりすっきりとした読後感を得られるものではありません。

 ゆえに本書を読み終えた人は、読んだ人は筆者の主張を参照しながら思索に耽ったり、改めてつながりを意識しながら読み返してみたりしていた様子。普段は本をすぐに再読することのない僕ですら、かるーく読み返さずにはいられなかったくらい。……まあ自分の場合、知識不足ゆえに「読み返さないと咀嚼できなかったから」という理由ではあるのですが。

 一言でまとめるのなら、「問い」を立てる本
 また同時に、「書く」ことへの再考を促す本

 自分が『遅いインターネット』を読み終えて抱いたのは、このような印象でした。全体としては興味深かったものの、すべてを鵜呑みにはできない。(あとがきを含めて)いろいろな意味でモヤモヤする部分もあったものの、最終的には「読んでよかった」とも思える。そんな1冊です。

 

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