平成最後のハロウィン当日。
渋谷の街に、ひとつの魔境が顕現した。
場所は渋谷駅近くのイベントスペース。集まったのは約80人の男たち。年齢は20~30代が多いように見える。数えられるほどの女性も中にはいたものの、パッと見るかぎりでは男ばかりの空間が広がっていた。
それは、とある「ナイトクラブ」を称するイベント。
フロアには音楽が流れ、控えめながら体を揺らしている人も目に入るなど、たしかに一見すると “クラブ” のよう。しかしステージ上にDJの姿はなく、そこには3枚のモニターが鎮座するだけ。ステージの前には観客用の椅子がいくらか用意されており、その後方では立ち見の男たちが開演を今か今かと待ち構えていた。
独特な空気が漂う場内で、時計の針が午後3時を指し示した頃。ややあって登壇した司会の呼びかけに答えるように、ステージ上のモニターに3人の “女の子” が映し出された。
──途端に、場内に歓声が響き渡る。
割れんばかりの拍手と共に、場内のボルテージは急上昇。「かわいーー!!」「好きだーーーー!!」という野太い声も聞こえるなど、数分前のふわふわとした空気は一瞬で霧散した。彼らの視線の先には、画面の中でえへへと笑う女の子の姿がある。かわいい。
ただし、彼女たちは “彼女” ではない。
画面の中で微笑む女の子の正体は──おじさんである。
そして、口々に「結婚してくれー!」と叫んでいるのもまた、おじさんである。
今ここに、ひとつの優しい地獄が生まれた。
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ここは地獄の一丁目
──というわけで、行ってきました。
10月31日に渋谷のイベントスペースで開催されたイベント、その名も『バ美肉ナイトクラブ』に。昼と夜の2部に分けて開催されたうちの、自分は昼の部に参加した格好です。
「ナイトクラブの “昼” の部って、どういうこっちゃねん……」と思わなくもないけれど、その程度の矛盾はご愛敬。このイベント名を耳にした人は、そんなことよりも「バ美肉」というパワーワードに自然と意識が向いてしまうのではないかしら。昼か夜かなんて、大きな問題ではないのだ。
本イベントを一言で説明するなら、「美少女のガワを被った3人のおじさんと画面越しに交流ができるトークショー」。──この時点で、きっと「?」と頭に疑問符が浮かぶ人もいることでしょう。大丈夫、あなたは正常です。
訓練されたファンにとっては自明の理ではあるものの、「美少女のガワを被ったおじさん」と聞いてピンとこない人も中にはいるかもしれない。これは簡単に言えば、「魂(中の人)はおじさんだが、女の子のキャラクターの姿で活動しているバーチャルYouTuber」のこと。このナイトクラブは、そんな「おじさん」たちのめくるめくトークイベントなのだ。なんとなく「おじさん」が通称になっていますが、特定の年齢層の人を指すものではないので、念のため(むしろお兄さんやぞ)。
他方では、「結局は画面越しのやり取りになるのに、なんでリアルのイベントとして開催するの?」という疑問を持つ人もいるかもしれない。
トークが中心ならばライブストリーミングでも事足りるし、視聴者との交流だってネット上で完結する。それをわざわざ、会場を押さえて、機材を用意して、さらに配信環境まで整えて──とお金をかけて準備するのは非効率極まりない。それなのに、どうしてリアルイベントとして開催するのだろう──と。そのように考える人がいても不思議ではないように思う。
しかし、そのような疑問が消し飛んでしまうくらいの熱量が、そこにはあった。
多くのおじさんがバーチャル美少女として受肉を果たした2018年、その平成最後のハロウィンの日。渋谷の一角では、モニターに映る美少女おじさんに向かっておじさんが愛を叫び、おじさんのkawaiiムーブを見たおじさんが悶絶し黄色い声を上げるという、まるで地獄のような光景が広がっていたのです。
そもそも「バ美肉」って何?
ところで、先ほどからバ美肉バ美肉と繰り返しているけれど、もしかしたら意味を知らない人もいるかもしれない。
その定義は当事者たる「バ美肉おじさん」たちが語っていますが、同時にそれが「意図せず広まってしまった」単語であるとも断っている。実際、此度のイベントの登壇者である魔王マグロナ(@ukyo_rst)ちゃんも、「こんなにかわいくない単語を広めるつもりはなかったんだよ~」と話しておりました。かわいい。
考察も含めた定義については、ニコニコ大百科の記事が詳しいかと*1。ただ、ここでは、夏のコミックマーケットで頒布された「バ美肉おじさん誕生記念本」における説明を参照させていただきます(DL版がBOOTHで購入できるので、おじさんファンは要チェックだ!)。
ばびにく【バ美肉】
「バーチャル美少女(セルフ)受肉」の略称。「バーチャル美少女セルフ受肉おじさん女子会ワンナイト人狼」という配信が行われた際に、略して「バ美肉おワ人狼」と呼んでいたところから、「バ美肉」の部分だけ抜き出されて広まったもの。Live2Dや3D等で作られた仮想美少女の器に、自ら入って活動する行為を示す。「──おじさん」
(おじさんじ出版『ビバ・バ美肉!』裏表紙より)
「セルフ」という表現から、当初は「イラストレーターが自分で描いた美少女に声を当てる」という意味合いが強かったことがわかる。こちらの本にも寄稿している「りむとまき」*2の2人が受肉講座の動画を配信したことで、まずは絵描きさんの間で広まっていったようです。
そうやって、2018年前半はイラストレーターを中心に広がっていったバ美肉の輪。それが最近は、『Vカツ』や『カスタムキャスト』といったアバター作成アプリの選択肢が増えたことで、デザインやモデリングの技術を持たない人でも “受肉” が可能になっている。そんな現状があります。
VTuberとして活動する際のスタンスは十人十色。自ら積極的に「おじさん」を名乗る人もいれば、それとなく匂わせるだけに留める人もいる。ボイスチェンジャーを使い倒す人もいれば、地声のまま配信する人もいる。「美少女おじさん」にも多様性があり、現状はクリエイター活動の延長として “バ美活” に励んでいる人が多いようです。
特に「声」についての考え方は人それぞれであり、放送などで話を聞くと各々にこだわりがあっておもしろい。たとえばマグロナちゃんは先ほどの本のインタビューで、「セルフ受肉した当初は素の声で放送していた」ことを振り返りつつ、次のように話していました。
自分のモデルをFaceRigとかで動かしていると、ウィンクとか出来てすごく可愛くて、たくさん自撮りとかをしていたんですよね。そんなことをしているうちに、この子がおじさんの声で喋っていることに対して腹が立ってきて、「原作と違う!」みたいに思ってしまって……。
(おじさんじ出版『ビバ・バ美肉!』P.9より)
最初にこの話を読んだときには、あまりピンとこなかったけれど……今ならわかる。
僕自身、カスタムキャストでアバターを作り、「やべえ……俺かわいい……」と自撮りを楽しんだうえで声を当ててみると、やはりコレジャナイ感を感じたので。手軽なアプリで作ったキャラですらそう感じるのだから、イラストレーターさん自らが生み出した「うちの娘」の声に違和感を覚えるのはもっとものはず。
ただ同時に、「声」はあくまでも一要素に過ぎないという見方もあります。声色が萌え萌えだろうとおっさんだろうと、バ美肉おじさんはかわいい。地声で話すねこます(@kemomimi_oukoku)さんの姿にTOKIMEKIを感じるように、VTuberとして女の子の肉体を持つおじさんは皆かわいい。これは自身を持って断言できる。
たとえ地声であっても、kawaiiを極めるべくVの世界に飛びこんだおじさんたちは、誰も彼もがかわいいのだ。
「おじさん」と「かわいい」が織り成す、優しい世界
前置きが長くなりましたが、そんなバ美肉の勇士──登壇者側も参加者側も訓練されている──が集うイベントが、此度の『バ美肉ナイトクラブ』だったわけです。
当日は入場の時点で「バーチャル受付」的なものが用意されており、開演前には「バーチャルDJ」がフロアを温めているなど、小規模ながらVTuber尽くしのイベント。
画面越しにPeatixのチケットを見せてリストバンドを受け取るときにはドキドキしたし、壁面のモニターの中でDJ機器に向かい、そこから場内の音楽をコントロールしている(ように見える)のも不思議な感じ。KMNZやYuNiちゃんといったVTuberのオリジナル楽曲のほか、Ujicoさんの曲などもかかっていてテンション上がる……!
#バ美肉ナイトクラブ
— yanap (@yanap) 2018年10月31日
もうちょっとでお昼の部が終わります。そして、もうすぐ夜の部です。
お昼の部の受付がニアちゃん
夜の部の受付はえりちゃん
です。 pic.twitter.com/Qw2O5cJsxO
渋谷で開催中のバ美肉ナイトクラブ、オープニングでのバ美肉DJやらせていたまきました!👍昼も夜もバ美肉溢れる宴になってます!🎃🎃🎃
— DJ SHARPNEL@VRDJ (@sharpnelsound) 2018年10月31日
さらに渋谷現地はバ美肉なしでもおじさんに萌え始めようとする新たな地獄に突入👻#バ美肉ナイトクラブ pic.twitter.com/J7csaFGTTo
そしていざイベントが始まれば、地獄の釜の蓋を開けたような盛り上がりに。
冒頭でも触れたような「かわいーー!!」「好きだーーーー!!」という声だけを聞けば、それはまるでアイドルのイベントのよう。しかし同時に、「助かる!」「エッッッッッ」「てぇてぇ」「マ゛マ゛ーーーー!!!」などという動画配信のチャット欄さながらの声も上がり、そこがVTuberのイベント会場であることを実感させられる。ってか、「エッッッッッ」ってリアルに大声で発音できたんだ……すげぇな……。
場内に広がっていたのは、おじさんの、おじさんによる、おじさんのための宴。モニターに映る3人の女の子(おじさん)の一挙手一投足に心奪われ、歓声を上げ、ガチ恋を宣言し、kawaiiムーブの1フレームも逃すまいとスマホで連写し、熱狂する観客たち(おじさん)が、そこにはいた。
おじさんに向かって、愛を叫ぶおじさん。
おじさんのあまりのかわいさに、悶絶するおじさん。
おじさんの告白に対して、「いいんじゃない~?」と答えるおじさん。
あの時あの瞬間、たしかに世界は、おじさんでまわっていた。
リアルのイベント空間なのに、そこで交わされる会話や飛び交う声はよく見る配信のよう。でも同時に──周囲に自分と同じ生身のファンがいて、しかもリアルタイムで会話が成立しているからだろうか──モニター越しに話す3人の声は、いつも以上に「現実感」を伴ったものであるように感じられたのでした。
詳しいイベントレポートはPANORAさんで公開されているので、そちらをどうぞ!
至福の90秒間と、現実感を伴うバーチャル体験
MAXEND回、ほんますこ。
──とんでもねぇトークイベントが終わった後。
物販購入者限定の「お話会」の列に並んだ僕は、これまでにないほどの緊張に打ち震えていた。
こんなにも鬼気迫るような緊張感は、1,000人の観衆を前に和太鼓を叩いたときですら味わったことがない。別に目の前に大勢の人がいるわけでもなく、そこにあるのは3つのモニターだけ。しかもその画面越しにいるのは3人のおじさんに過ぎないはずなのに(女の子やぞ)、心臓のバクバクが止まらない。
1,000人の観衆よりも、3人のおじさん。
1人はかわいく、1人はかわいく、1人は……かわいい。
……なんてこった! みんなかわいいじゃないか!(錯乱)
絶対的な「かわいい」の前において、人は無力だ。圧倒的に「かわいい」存在と相見えたとき、僕らはしばしば言語能力を失ってしまう。猫に対して「にゃあ」と呟き、赤ん坊相手に「でちゅねー」と破顔し、美少女を前に「アッ……アッ……」とどもってしまうように。
かわいい女の子を前にすると、オタクはしばしばカオナシと化す。たとえそれが「かわいい女の子の姿をしたおじさん」であってもだ。しかもモニターの中の3人ときたら、「お話」に並んだ人が入れ替わる際の待機中は、楽しげに横に揺れたりウィンクしたりと、ここぞとばかりにkawaiiムーブを繰り出してくれちゃってからに……ああもうちくしょうかわいいなぁ!!
──1人に対して30秒、3人合わせて90秒間の「お話」は、あっという間だった。
いつも動画で楽しませてもらっていることへの感謝と、応援の言葉と、いかにお三方がかわいくて魅力的であるかを、自分なりの言葉で伝えることができた──と思う。緊張のあまり、ちょっと脈絡のない話をしてしまった気もするけれど。
自分にとっては初めての「VTuberと生で話す」体験。
それは、想像していた以上の高揚感を伴うものだった。
なんたってこの「お話会」は、不特定多数へ向けた普段の配信ではなく、リアルタイムの1対1のやり取りなのだ。ネットを介して声を聴き、チャットでコメントをしていた動画の配信とは異なり、普通の会話さながらにコミュニケーションができる。それも、相手はキャラクターの姿と声のままで。
──そんなん、最高やん!
その瞬間だけは、ヘッドセットから聞こえる声は自分だけに向けられたもの。竹花ノート(@nano_phan)ママの声に癒やされ、マグロナちゃんの声に脳が蕩け、兎鞠まり(@tomari_mari)ちゃんと一緒にキャッキャと横に揺れながらはしゃぐ。動画やSNSとは異なる「生」ならではの体験は、わずかな時間ながら濃密なものだった。なんとなく、アイドルオタクの気持ちがわかった気がする……。
いや、でもどうなんだろう。「生身の自分が画面越しにキャラクターと話す」ことを、はたして「生で話す」と表現していいのかしら。「バーチャル」を主体に考えるのなら、「VR空間でお互いにアバターの姿で話す」状態のほうが、「生」と言い表すのに相応しいのでは……?
2DVTuberの活動も、間違いなく「バーチャル」のものではある。でも一方では、人気のVTuberが次々と3Dの肉体を手に入れ、活動の幅を広げている現状もある。
やがてVR空間を舞台としたイベントが増えていき、そこでの交流が当たり前のものとなったら──。「画面」という明確な境界線があるリアルイベントよりも、同じ空間を共有する「VR世界」での交流のほうが、実体験としての「現実感」は大きいのかもしれない。バーチャルなのに。
何はともあれ、まずはパソコンとHMDを買わないと始まらないので、がんばって年内には最低限の環境をそろえたいところ。あと2ヶ月もないけど。つよつよPC買って……(※追記:つよつよPC、買った → VR目的でツクモのゲーミングPCを買った【G-GEAR GA7J-E180】 - ぐるりみち。)。
VR空間でおじ百合を眺めるだけの壁になりたい
そんなこんなで、バ美肉ナイトクラブの感想──というより、それに関連して考えた取り留めのない話になってしまった感じではありますが……イベント自体は、言うまでもなく最高に楽しかったです! それこそ第2回があったら全力で行くし、バ美肉に限らず好きなVTuberさんのイベントにもガンガン参加したい。
特に今回は「お話会」という貴重な体験もすることができて、記憶に残るイベントになりました。8月末の輝夜月(@_KaguyaLuna)ちゃんのライブ*3もエモかったけれど、こちらもまた別の意味でエモかった。「おじさんがおじさんを愛でる」的な意味で。マジでどうしちゃったんだ……2018年……。
ただ、「推しと話したい」という欲求も少なからずあるけれど、基本的には「VTuber同士のキャッキャウフフを外から見ているだけで満足」という感情もあるんですよね。もし自分が同じVR空間で交流できるような日がきたとしても、自分のアバターは必ずしも必要ではないというか。
──そう、私は、VR空間の壁になりたい。
バ美肉おじさんたちがイチャコラしている空間の壁となって、ただひたすらに「てぇてぇ……」と見ているだけでもいいのです。それだけでもきっと、何かが満たされる感覚があるから。別に「おじさん同士」にこだわる必要はないのだけれど……でも、だって、おじさんってかわいいじゃん??
バーチャル界のおじ百合有識者にして、おじさんじCOOを名乗るVTuber・名取さな(@sana_natori)氏は、次のように話しています。
これからもおじさんたちをおだてて地獄の釜の蓋をカジュアルに開けたり、開けっ放しにさせたりしましょうね!! 2018年の地獄はこんなにも心地良い! やったー!
(おじさんじ出版『ビバ・バ美肉!』P.17より)
やったーーー!!!
かくして地獄の釜の蓋は開かれ、おじさんは解き放たれた。思い思いの「かわいい」を身にまとった彼らは “彼女ら” となり、各々のkawaiiを極めるべく試行錯誤しつつ、今なお勢力を拡大している。
──いつかは自分も、バ美肉する日を夢見て。
カボチャの馬車をDIYする技術も資金もなく、シンデレラになれないおじさんな僕は、今日もおじさんの動画から夢をもらうのです。
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*2:マンガ家のリムコロ(@rimukoro)さんと、イラストレーターの巻羊(@rollsheeeep)さん。2人とも個人的に絵が好きで追いかけていたので、気づいたら美少女になってて驚いた記憶があります。『世話焼きキツネの仙狐さん』はいいぞ。