新海誠特集「『ほしのこえ』から『君の名は。』へ」を読んだ(『ユリイカ』9月号)


 新海誠監督を特集した『ユリイカ』9月号を読んだ。最新作『君の名は。』のヒットに伴って多数の雑誌で特集が組まれるなか、映画公開直後に発売となった一冊。製作陣へのインタビューに始まり、20名近くにも及ぶ専門家による評論文はボリューム満点でございました。

 また、多くの雑誌があくまで『君の名は。』をメインに取り上げているなか、本書は「新海誠特集」を謳っている点にも注目したい。少し前に読んだ『新海誠Walker』も似た構成になっていたけれど、『ユリイカ』は雑誌の特性上、やはり論客による“批評”に重きを置いています。

 監督や俳優のコメントにとどまらない、外部視点による評論が読める本としては、現時点で最も示唆に富んだ一冊と言えるでしょう。しかも、その“視点”も作家論や作品論のみならず、文化面や映像技術面といった多彩な切り口から取り上げられているのも魅力的。

 映画を観るだけでは物足りず、自分で感想を書いてもなお熱が冷めず、他の人の「新海誠評」を読みたいと感じている人にぴったりの本書。もちろん、新海監督や神木隆之介さんへのインタビューも読みごたえがあり、ファンにおすすめできる一冊でございました。だいまんぞく。

 

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新海誠監督が描き、紡ぐ物語

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映画を作ったり、小説を書いたりして、人の関係性を物語で描くことが、もしかしたら自分にとっては神秘からなにかを汲み出す作業と言えるのかなっていうふうに、この数年でちょっと思えるようにはなってきたんです。特に『言の葉の庭』を作って、その小説を書きはじめたあたりから「自分は物語を紡ぐことができるんだ」と。自分にとって大事なものが、書く以前には存在していなかったけどその物語を書くことによって、自分のなかに生まれたような感覚が多少なりとも出てきたんです。

『ユリイカ 2016年9月号』インタビュー 新海誠 “かたわれ時”に出逢うもの P.56より

 まず印象的だったのが、新海監督のこの話。『ほしのこえ』発表当初から「映像美」を語られることが多かった新海作品において、監督自身の「物語」に対する向き合い方が垣間見えたポイントとして、興味深く読めました。僕自身、新海さんの描くストーリーが好きなので。

 しかもその、「新海さんの作る物語が好きだ!」とより強く感じるようになったのが、まさしくここで言及されている『言の葉の庭』だった。もちろん、監督自らが執筆した小説版として『秒速5センチメートル』も好きではあったのだけれど、当時はまだ映像ありきのノベライズという印象が拭えなかったんですよね。文体や情景描写に心惹かれつつも、読みながら想起されるのは常にアニメの映像だった。

 その点、『言の葉の庭』の小説版は単なるノベライズに収まらない、映画の再構成版でありながら別作品として切り分けられた、ひとつの小説としても楽しめる内容だった。群像劇としてパズルが組み合わさる爽快感と、情景描写と噛み合った独特の心理描写が、たまらなく大好き。

 そんな小説版『言の葉の庭』は、映画監督ではなく小説家としての新海誠さんの作品に惚れ込むきっかけとなる一冊だったので、上記の話にもいたく納得できたのでした。その前で語られていた、RADWIMPSとのコラボによって生まれた“奇跡”と“過剰さ”の話もおもしろかったです。

 

『君の名は。』に響きわたる「音」の話

声質というのはその人にしか出せないものだと思っています。声優さんは多彩な方たちばかりなので、基本的な声質とは別の色も出せますが、僕は役者なので、声優さんのようにはいろんな声を出せないんです。だけど、聞いていて心地よくなければいけないなとすごく思うんです。アニメーションは観るのもそうですが、耳で聞くものだとも思っています。特に映画館は音響設備も全部整っていて、それを目的に観にいくこともある。しかも新海監督の作品はたまに無音になったり、モノローグだけがただ流れたりするところもあるので、音の情報がより大事になってくる。それが心地よくなくてはならないと思ったので、果たして僕にその音を出せるかどうかというのはすごく不安でした。声質とか音って実写の映画でもそうですが、すごく大事な要素のひとつだと思います。

『ユリイカ 2016年9月号』インタビュー 神木隆之介 ふたりの声が合わさるとき P.77より

 続く神木隆之介さんへのインタビューは、他誌と比べると少し物足りない印象も受けるものの、変わらず「新海作品愛」が前面に出された受け答えとなっていました。

 というか、『新海誠Walker』のボリュームが異常なのよね。監督との過去作振り返り対談が良すぎた。

野田 監督もピアノの音が好きなんだなと思うんですけど、僕もピアノは今回の作品のなかでもキーになる楽器だと思っていて、何曲か重要な曲はピアノから手をつけていきました。たとえば瀧くんと奥寺先輩がデートにいくシーンで流れる「三葉のテーマ」は、監督から「そこにいない三葉の気持ちがどこかで流れているとすごくいいと思うんですよね」って言われてできたフレーズをピアノにして作っていきました。

『ユリイカ 2016年9月号』インタビュー RADWIMPS 音の走る場所 P.86より

 

 あと気になったのが、RADWIMPSのお三方へのインタビュー。こちらも他誌と被る部分はあるものの、メインとなるボーカル4曲だけでなく、各々が担当した劇伴にも言及されている点が興味深かったです。普段のバンド活動とは異なる「楽曲制作」の風景とか。

 なかでも印象的だったのが、上記の「ピアノ曲」に関する話。自分は映画鑑賞後にアルバムを購入し、聴き込んだうえで再び映画館へ足を運んだのですが、各曲の使用場面を知ったうえで改めて作品を観る(聴く)と、いろいろと新しい気づきがあっておもしろいんですよね。 

三葉のテーマ

三葉のテーマ

  • RADWIMPS
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 そのひとつが、劇中で何度も聞くことになる「三葉のテーマ」のメロディ。CDではこの曲と「デート」「デート2」がほぼ同じ旋律を持つ楽曲となっており、でもよくよく聴いてみると微妙に音が異なっている。使用場面ごとに変えていることはわかるけれど……?

 その点は、改めて映画を観ると同時に、上記インタビューの話も合わせることで得心がいきました。あと、この一連の曲もそうだけど、CDを聴いてから行くと、映画終盤の曲名もずばり「かたわれ時」のシーンで2人が出会うところがヤバい。「夢灯籠」のピアノアレンジじゃねーか! って。1回目じゃなく2回目で泣いた。

十人十色の切り口で語られる、新海誠作品

 で、このあとに続く評論家陣の論考がまた、むちゃくちゃおもしろいんですが、ひとつひとつ感想を書いていると長くなりそうなので……。とりあえず、目次を引用させていただきまする。

■『君の名は。』とここにあるもの

  • 新海誠のクラウドメディア / トーマス・ラマール 訳=大﨑晴美
  • 古代を橋渡す / 木村朗子
  • ぼくたちはいつかすべて忘れてしまう――『君の名は。』と『シン・ゴジラ』について / さやわか
  • 彗星の流れる「風景」 『君の名は。』試論 / 渡邊大輔
  • 新海誠の「風景」の展開 / 河野聡子
  • 新海誠の結節点/転回点としての『君の名は。』 / 石岡良治

■アニメーションという“光”のかたち

  • 色彩と陰影の向こうに / 丹治匠+中田健太郎
  • 横切っていくものをめぐって / 中田健太郎
  • この夢のような世界 / 土居伸彰
  • “新海誠らしさ”とは何か / 藤津亮太
  • 新海誠を「ポスト宮崎駿」「ポスト細田守」と呼ぶのは金輪際やめてもらいたい。 / 飯田一史

■ふたたび〈風景〉へ

  • はじめに声ありき 『彼女と彼女の猫』論 / 大久保清朗
  • 中味のない風景 新海誠と風景の「北関東性」をめぐって / 畠山宗明
  • 憧憬の鎮まる場所へ 新海誠作品の根底を貫くもの / 大野真
  • 緑の領域 『言の葉の庭』における光と影の中間的表現 / 細馬宏通
  • 砂漠の世界でのもつれ合い / イアン・コンドリー 訳=増田展大
  • 多挙動風景 動く絵画‐写真としての新海誠 / 荒川徹

■セカイ系から遠く離れて

  • 新海誠主要作品解説 / 渡邉大輔

 個人的におもしろかったのは、河野聡子さんによる“物語の語り手の「感情」や「気分」の総体”としての「風景」論、藤津亮太さんによる『ほしのこえ』における喪失感の指摘、細馬宏通さんによる『言の葉の庭』を彩る緑と光の表現分析、などなど。技術面の話も楽しく読めました。

 それと、中田健太郎さんによる、新海誠作品で見られる「横切っていくもの」に関する考察。空を渡る鳥や飛行機やロケットの軌跡を、“世界とうまく調和できない孤独のうちにいま居る場所を離れていこうとする、主人公たちの憧れにむかう運動の象徴”として論じながら、同時に細田守作品との比較として次のようにも書いていました。

 しかし、新海のアニメのなかでは、存在にかかわる出来事はY字路のうえではしめされない。それはむしろ一直線の道のうえで、いわばI字路で起こっていたのではないだろうか。『秒速』の第一話において、クラスメイトたちの囃子言葉を背に、ふたりは彼らの世界へとまっすぐな廊下を駆けていったのを思いだす。そして、やがて彼らがすれちがうのも、線路によって横切られた一本の道においてだった。新海にとっては、どの道を選択するかが問題なのではなく、彼らはかならず同じ道をとおるのだ。そして、だからこそふたりがすれちがってしまうこと、あいだをとおる電車に阻まれてしまうことが、より痛切に感じられる。

『ユリイカ 2016年9月号』中田健太郎 横切っていくものをめぐって P.138より

 二者択一ではなく、1本に連なった道の上で紡がれる物語であり、それゆえに2人が分かたれたときの哀切が強く感じられる、と。たしかに、最新作『君の名は。』の時間軸を含め、主要キャラクターとなる2人が明確にY字路を行くような描写はなかった……ように思う。

 ――とまあ、あーだこーだとここで書くよりも、実際に読んでもらったほうが早いでしょうし、とりあえずはこの辺で。本書の論考に感化されて何か書きたくなったら、また別の機会に触れてみようかと思いまする。

 他の『君の名は。』関連書籍と同様、本書もAmazonでは在庫切れとなっているようですが、ありがたいことにKindle版もある様子。本文では各論考が独立していることもあり、スキマ時間に電子書籍で少しずつ読み進めるのも悪くないと思うので、購入を検討している方はぜひに。

 

 

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