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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

小説『君の名は。Another Side:Earthbound』で描かれる“宮水家”のサイドストーリー

 『君の名は。』関連書籍  

 

 大ヒット上映中の映画『君の名は。』がの勢いが止まらない。作品それ自体の人気と話題性は言うまでもない一方、映画から派生した関連書籍がどれもこれもアツくてたまらない。とりあえず、『新海誠Walker』はみんな読んでおきませう。これは外せぬ。

 他方では、新海誠監督自身が執筆した小説版も評判でござる。同じく監督執筆による過去作品『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』のノベライズを読み、“小説家”としての新海さんの文章にも惚れ込んだ自分としては、持っておきたい保存版。公開前の発売ということもあってか、“原作”として物語の大筋を追いかけることに主眼が置かれているように読めて少々の物足りなさを感じはしたけれど。

 そして、『君の名は。』と言えば欠かすことのできない本がもう一冊ある。過去にも新海映画のノベライズを担当してきた加納新太さんによる小説『君の名は。 Another Side:Earthbound』だ。

 

 

 タイトルにも“Another Side”の文字が踊っているように、あくまでも映画本編とは別のサイドストーリー。サブキャラクターたちに焦点が当てられ、彼ら彼女らの魅力を深掘りする外伝的な本――なのかと思っていたのだけれど。……のだけれど!

 テッシーや四葉、サブキャラクターたちの視点で紡がれる物語はおもしろい。でも、それだけじゃあない。まさか、物語上で鍵となる「宮水家」の設定を補完する内容にもなっているとは思わなんだ。本書を読むことで、さらに映画本編が楽しめるのではないかという予感があった。

 ――で、先ほど実際に『Another Side:Earthbound』を読んだうえで、改めて映画を観てきたわけです。案の定でした。例のシーンに小説の文脈が追加されたことで、父ちゃんに泣かされた。

 

 

瀧とおっぱいに始まり、三葉と父で終わる

 『君の名は。Another Side:Earthbound』は4話構成。話ごとに主役が異なり、映画本編あるいは過去の物語が、各々の視点から紡がれる短編集となっている。順番に、瀧(in 三葉の身体)、テッシーこと勅使河原、四葉、そして三葉&四葉の父・俊樹の4人。

 文庫本ながらそこそこボリュームがあり、全268ページにわたって各々の物語が紡がれる。前半はコメディ色が強く、後半は世界観の核心に迫るという構成は、映画本編とも通ずるようにも。特に前半は各キャラの喜怒哀楽をかいま見ることができて、純粋におもしろかったです。

 

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 第一話「ブラジャーに関する一考察」では、三葉と入れ替わり状態の瀧が糸守で過ごす日常(?)を描く。――タイトルから容易に察せるように、本作のなかでもコメディ色の強い話でござる。

 慣れない肉体に戸惑いつつも、“とりあえず胸を揉んでから”なんて一節が違和感なく溶け込んでいるあたり、なんやかんやで楽しんでいる模様。でも一方では、自分が入れ替わっているときと普段の三葉とのギャップを周囲の反応から感じ取り、“三葉”という人間に対して強い関心を持ちはじめる描写も。本編でのその後の瀧の行動とも、自然にリンクしているように読めました。

 

 第二話「スクラップ・アンド・ビルド」は、テッシー視点で見た三葉の変化と、糸守の街に対する複雑な思いを語った内容。ほのかな恋愛感情でも描かれるのかと思いきや、主眼が置かれていたのはどちらかと言うと、「糸守」という地元への悲喜こもごも。

 本編でもこぼしていた「腐敗のにおい」をはじめとするモヤモヤを抱えつつも、大好きな糸守をどうにかしたいという熱い思いが汲み取れて、テッシーに対する印象がちょっと変わった。

 “〈こんな町〉から絶対に出ていけないのだとしたら、この町を変えるしかない”と内心では思い、冷め切った女子2人を楽しませようと動くテッシー。もはやただのイケメンである。劇中の「前前前世」が流れる場面で一瞬出ていた“カフェ”の制作過程も取り上げており、それに協力する瀧(三葉's body)との信頼関係も良い。この2人、出会ったらめっちゃ仲良くなれそうだよなあ……。

 

紡がれる「宮水」の歴史と、「家族」の物語

 続く第三話「アースバウンド」からは、徐々に話の色合いが変わってくる。序盤こそ、「最近うちのお姉ちゃんが乳揉みマシーンと化していてマジヤバい」と本気で心配する四葉の妄想と姉妹愛が繰り広げられるコメディ調ではあるものの、後半で「宮水」の核心へと向かっていく。

 ここからは主に「宮水家」の物語であり、映画で一要素としては描かれていても主題ではなかった、「家族」に焦点を当てた内容となる。三葉と同様に「宮水の女」として“ムスビ”の経験を経た四葉が祖母(一葉)を気遣い、お姉ちゃん大好き! であることを実感しながら成長していく流れは、実に温かくて良い。あの神秘体験のシーンを新海監督が映像化すると、どうなるんだろう……などと妄想しつつ読むのも楽しい。個人的に好きなエピソードです。おっぱいも忘れない。

 

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 そして第四話「あなたが結んだもの」は、三葉たちの両親、溝口俊樹と宮水二葉の出会いと別れの物語。本編で口噛み酒を飲み、三葉の身体で町長のもとへと向かった瀧と向かい合うシーンから始まる。自分の娘に向かって彼が放った「お前は……誰だ?」から始まる回想。

 映画終盤、ゴシップ誌か何かのページで「民俗学者→神職→町長」という宮水父の経歴が映されていたけれど、第四話はその設定を踏襲したストーリー。調査のために糸守を訪れた“溝口”俊樹が宮水二葉と出会い、親交を深め、結婚し、三葉と四葉が生まれ……そして、妻を亡くす。

 

 本編では「厳格な父親」という印象の強かった俊樹に対するイメージが変わるだけでなく、映画とも明確に紐付いた前日譚。むしろ、本編の納得度を増す内容となっていることに舌を巻いた。

 宮水の家を離れ、町長となるに至った経緯と悔恨の念。テッシーが“腐敗”とこぼした大人の関係性の当事者でありながら、「その土地に根付いた関係性を破壊してしまいたい」という点では、2人に共通点があるように読めるのも興味深い。映画では言葉足らずに感じた「宮水家」の設定も、先の四葉のエピソードと合わせて非常に理解しやすい。

 孤独に戦うことを選び、宮水の血に畏怖の念を覚えながらも、空からもたらされた鍵と、眼前に現れた娘の姿を見て、最後にはすべてが結び紡がれる。映画本編同様、迫り来る彗星に対して父娘がどのようなやり取りを交わしたかは描かれていない。けれど、本作を読んだあとならば納得も想像もできる。宮水父はすべてを理解したうえで娘の言葉を聞き入れ、宮水家はあの場で再び結びついたのではないか――と。それだけ、見事なまとめ方でした。

 

 本作『君の名は。Another Side:Earthbound』の最後は、映画にもあったシーンで幕を閉じる。読んだあとに映画を見たところ、最後のページのイラストが見事に映像のワンシーンとダブり、小説で描かれていたその背景の感情を思いだし、軽く鳥肌が立った。

 言わば、外伝として物語を拡張するだけでなく、新たな文脈を加えることによって、映画本編にもうひとつの感動が加わった格好。それこそ組紐のように織り紡がれた『君の名は。』の作品世界は、本作をはじめとする関連書籍と組み合わせることによって、もっともっと楽しむことができるのではないかしら。これから2回目、3回目と映画館に行くつもりの方は、ぜひ外伝もどうぞ。

 

 

 『君の名は。』関連書籍