フリーランス向け福利厚生も!フリーランス協会“ベネフィットプラン”の魅力

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一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会

前々から気になっていたフリーランス協会に入会し、一般会員になりました。「フリーランス」に特化した補償サービスは意外とないようなので、試しに入会してみた格好です。年会費1万円。

実際は9月の時点で登録していたのだけれど、自動付帯される福利厚生サービスがすぐには利用できなかったので……。1ヶ月の猶予期間が過ぎた今月、晴れてフル活用できるようになったわけです。ヒャッハー! 無駄に何度も健康診断に行けるぜー!

会員になるメリットの詳細は公式サイトで確認できますが、その魅力のひとつである「ベネフィットプラン」について、ここではざっくりとご紹介。福利厚生サービスが利用できるほか、いざという時のための損害責任補償・所得補償制度なども。

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すべての人見知りやコミュ障に読んでほしい本『内向型を強みにする』

5人以上の飲み会が苦手だ。

……いや、飲み会自体は楽しいし、呼ばれれば喜んで参加するのですが。

実際、昔から仲間内では「呼べば来る男」と称されるくらいに参加率は高かったし、僕自身、いつもその場を楽しめていた自覚はある。「ウェーイ!」すぎるノリは苦手だけど、「大勢でお酒を飲む」こと自体は好きなのです。

ただ、時にはそれが、憂鬱に感じることもある。

たとえば、飲み会の前。それがどれだけ気心の知れた友達グループの酒席だとしても、集合前に気分が落ちこむことがある。当日は数時間前に現地入りして、店の場所を確認。集合時間まで暇つぶしをして過ごす──というところまではいい。ところが、いざお店の前に立つと……なんだか無性に胸がドキドキして、苦しくなることがあるのです。もしかして:恋

何かやらかしてしまわないだろうか。変なことを口走ってしまわないだろうか。自分がいることで、誰かを不快にさせてしまわないだろうか……と、不安に駆られて憂鬱になる。それが無意味な妄想に過ぎないことは、わかっているのに*1

あるいは、飲み会の最中。

ワイワイと話しているなか、ふと居心地の悪さを覚えることがある。これはどちらかと言えば、立食パーティーや懇親会でよく感じるもの。複数人で話している途中、急に自分が浮いているように感じられる。うまく会話のキャッチボールができていない気がする。スムーズに楽しく話していたとしても、突如として倦怠感に襲われる。辛い。息苦しい。早くこの場を離れたい──。

そんなときは、決まって会場の隅っこに退避するか、トイレに逃げこむ。しばらく壁に寄りかかってぼーっとしたり、便座に座って “考える人” のポーズになったりしていると、次第に気持ちが落ち着いてくる。そうしたら、再び喧噪へと身を投じるのだ。

そのように不安定な自分を省みて、「精神面に問題があるんじゃないか」と考えたことは、一度や二度ではない。けれど、いくら「人見知り」や「コミュ障」を自称したところで、一応は「それなりに他者とコミュニケーションが取れている」という現状もある。それならば、気分の問題か、もしくはそういう性格なのだと認めて、付き合っていくしかないのだろう。そのように半ば諦めていた……のですが。

『内向型を強みにする』を読んで、少しその認識を改めた。

文字どおり、「内向型」の人に向けて書かれた1冊。タイトルから感じられる自己啓発的な印象とは異なり、本文は思いのほかロジカル。長年にわたって内向きな人々と向き合ってきた、自身もそうである心理療法士の筆者が、「内向型」の特徴と強みを解説した内容となっています。

振り返ってみれば、自分は内向きな人間であり、他者と比べて劣っていると感じていた。それは生来の気質であり、変えることが難しく、諦めるしかないと思っていた。そんな後ろ向きな自分が、思わず「ほんまそれな」と共感し、「こういう見方もあったのか!」と驚き、もうちょい前向きにがんばろうと思えた1冊です。

*1:実際、宴が始まってしまえば、そんな不安は吹き飛んでしまうことが多い。

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『東京トンテキ』池袋店で、とんてきデビューを果たした

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そういえば、トンテキを食べたことがない。

「とんてき」といえば、グルメ番組でもたびたび見かけるほどに有名なローカルフード。三重県四日市市をで生まれた「豚ステーキ」のことであり、ニンニクを使ったスタミナ料理──って、Wikipedia先生が言ってた。男子学生がめっちゃ好きそうなやつだ。

とはいえ、真っ昼間からニンニク料理を食べるのは少しためらわれるし、それ以前にトンテキを提供している飲食店はそこまで多くない。あるとすれば、豚肉料理をメインに扱うバルとか、大衆食堂あたりになるのかしら……? 少なくとも自分は、あまりお店で見たことがありませぬ。

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そんなある日、池袋駅からサンシャイン方面に向かって歩いていたら、見慣れない「トンテキ」の文字が目に入った。

見るからにできて間もない外観に、 “東京トンテキ” と書かれた看板。お隣の横浜家系ラーメンとの並びを見ると、なんとも「大食らいさんウェルカム!」な空気をひしひしと感じる。奥には伝説のすた丼屋も見えるし。すた丼はよく食べるけれど、トンテキは未体験。

──ということで、食ってきました。

 

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梨を求めて30km、稲城を目指した、ぶらりポタリング日記

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──冷蔵庫に、梨が、なかったんだ。
冷蔵庫に、梨が、ナッシング……そう、梨だけに(´・ω・`)

きっかけは、それだけで充分だった。僕の分の、昼メシのあとで食べようと楽しみにしていた梨が、妹に食われた。

……いや、正確には、現在進行形で食われている。僕の目の前で、シャリシャリとおいしそうな音を立てつつ、梨がナッシングっている。おのれ……。

 

許さんぞ、梨……。
許さんぞなっしぃぃぃぃいいぃぃいいいい! ヒャッハー!!!

 

この行き場のない感情と梨欲をどうしてくれようかと時計を見れば、14:00ちょうど。……今からなら、まだ間に合うぞ!

奮起した僕は、自転車にまたがり南へ向かった。目的地は、東京南部に位置する稲城市。1年前にOKPさんの記事で見かけて以来、ずっと気になっていた梨の名産地である。

梨のためならば、えんやこら。すでに走り出した思いは止めようがなく、はやる気持ちは梨の彼方へ。

せっかくのこの季節、おいしい梨を食べなければ、来る冬を乗り越えることなどできないのだ。──体は梨で出来ている。血潮は梨汁で、心は船橋。いざ行かん、稲城。

 

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幸せについてはよくわからないけれどそんなことよりメシがうまい

 

 改まって考えてみると、「幸せ」って随分と曖昧な感覚だよなーと思う。……あれ? そんなことない?

 別に、現在の自分が「不幸」だと思っているわけではありません。住む場所があり、なんとか暮らしていけるだけの稼ぎがあり、数は少ないけれど友達もいる。人並みの生活ができていて、趣味の活動をする時間もある。

 

 ……そんな状態を、まさか不幸だなんて!

 

 でも同時に、「今この瞬間が、とてつもなく幸せ!」というわけでもないように感じる。

 なんとなーく日々を消費し過ごしているような感覚で、「幸せひゃっほぅ!」とテンションが上がることは年に何回もないんじゃなかろうか。不幸ではないけれど、幸せかどうかを問われると……それも、どこか漠然としているような。「幸せ」って、意外と掴みどころがない……気がする。

 

 そう考えると、「不幸」のほうがまだわかりやすい。脈絡なく突如として自分に降りかかる「不幸せ」は、理不尽で苦しくて、多くの場合で不可避のもの。

 たとえば、事件に巻きこまれたとか、事故の被害に遭ったとか、大切なものをなくしてしまったとか、身近な人がいなくなってしまったとか。

 予測不能の外的要因によって降りかかる不幸は、僕らをたやすく失意のどん底に落とし、すぐには立ち直れなくしてしまう。なかには「寝れば忘れる!」という人もいるかもしれないけれど、誰もがそうとは限らない。絶望と失意の度合いが大きければ大きいほど、傷を癒やすには時間がかかる。

 でも同時に、 “外” からもたらされるのは、何も「不幸」に限った話でもない。外的要因によって得られる「幸せ」だって、いろいろある。

 受験に合格したとか、昇進が決まったとか、恋人ができたとか。周囲の環境や人間関係が自分の望む方向へと動き、欲求が満たされた瞬間にこそ感じられる、幸福感。――こうして見ると、日常的に得られる「幸せ」はむしろ、外部由来のものが多そうですね。

 

 ただ、「幸せ」については、 “外” からもたらされるだけでなく、 “内” からこみ上げてくる場合もあるんじゃないかと思う。

 趣味の時間が楽しくて幸せ。うまいもん食って幸せ。寝る前に湯船に浸かっている瞬間が幸せ。思う存分に眠れる週末が幸せ――などなど。

 趣味もうまいもんも “外” のものではあるけれど、それでも「不幸」とは明確に性質が異なるように思う。なぜって、これらの「幸せ」は予測不可能なものではなく、自分で選択した行動によってもたらされた結果だから。

 

 つまり、外的要因に大きく左右される「不幸」をコントロールするのは難しい。でも、「幸せ」はそうでもない。……ふと、そのように思ったわけです。

 であるならば、どうしても受け身になってしまう「不幸」に対抗する形で、能動的に「幸せ」をつくり出し自覚することができれば、楽しく日々を過ごすことが可能なのでは……?

 自ら「幸せ」をつくり出す――なんて書くと、なんかヤバい薬やら催眠やらの領域に突入しそうな怖さがあるけれど、自覚的に幸福感を得ることは難しくないとも思うんですよね。自ずから「幸せ」を生み出し、自覚できるようになれば、人生を最高にハッピーでヒャッハーにできるはず。

 

 で、どうして急にこんな話を始めたのかと言いますと。先日、そういった「幸せ」を、珍しく感じられる出来事があったんですよね。

 我ながらチョロいとは思うけれど、思わず「あ~~~~! しあわせ~~~~!!」と、どこぞのウサギさんのように叫んでしまうくらい。

 

 それが、メシである。お酒である。
 より具体的に言えば、日本酒
 具体名を挙げれば、喉黒磯自慢

 

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のどぐろ!日本酒!東京駅前の個室居酒屋『天地旬鮮 八吉』でまったり - ぐるりみち。

 

 ちょっと前に口にしたそれらが、なぜか無性に美味に感じられて、心底からハッピーな気持ちになったのでした。「うまい!」や「最高!」でなく、自然と「しあわせ~~~~!!」という感想が口をついて出てしまった感じ。我ながらびっくり。

 実際、その瞬間は本当に気持ちよかったし、その後もしばらく幸福感が持続していたように思う。家に帰ってもニッコニコ。寝て起きてもニッコニコ。さすがにそのまま外出すると通報されそうなので、玄関を出た瞬間にスッ……(・_・)と真顔に戻りましたが。

 

 ……でも、飲み会はほかにもあるのに、どうしてその日だけ多幸感に満ち満ちていたのだろう?

 

 理由はいくつか考えられるけれど、「普段は口にしないうまいもん」を「気心の知れた友人」と一緒に飲み食いしたことが大きかったのかなーと。

 いや、だって、喉黒なんて初めて食べましたもん。お高いだけあって、めっっっっっっちゃくちゃおいしかった! それを、ひさしぶりに会った大学の友人と一緒にもぐもぐできたことで、「おいしい!」メーターを振り切り、「しあわせ!」のレベルまで達したのではないかと。

 「うまいもん食って幸せを感じられるなんて、チョロい奴だな!」と思われるかもしれませんが……まあそのとおりっすよね、はい。しかしその一方で、自分がいつ、何に対して「幸せ」を感じるかというのは、その時々によって変わってくるんじゃないかとも思うんです。

 自分について振り返ってみても──たとえば会社員時代だったら、「メシ」よりも「風呂」が幸せの源泉となっていたので。

 毎週末、肉体労働で疲れ果てた体を癒やすべく、ド田舎から電車で1時間以上かけて通っていた、スーパー銭湯。その露天風呂──特に寝湯で寝転んで空を見上げる瞬間が、とてつもなく「幸せ」に感じられていたことを覚えています。風呂は命の洗濯よん☆

 

 つまるところ、「自己完結」できることが「幸せ」の強みなんじゃないかと。

 

 日常生活は忙しなく、人間関係はままならず、度し難い理不尽に見舞われながらも、「自分はこうすれば『幸せ』を感じられる」というものを持っておけば、毎日を楽しく過ごせるのではないかしら。

 自分の「幸せ」の在処を言語化しておけば、いざという時の避難場所にもなりますし。不幸を感じたら、うまいもんを食う。風呂に入る。早寝する。酒を飲む……のは、逆効果の場合もあるのかな。いずれにせよ、「ワシの幸せはこれじゃ!」と言えるものがひとつはあったほうが良さそう。

 

 そんなこんなで、自分がどういったときに「幸せ」を感じられるか、没頭できるほどに楽しめる活動は何かといった点を把握しておくことの大切さを、改めて感じたのでした。

 なんともわかりにくい、しかも自己啓発っぽい話になっちゃったけれど、要するに「うまいもんはうめえ!」ということが言いたかっただけなのです。1人では晩酌すらあまりしないけれど、友人と飲む日本酒は最高においしい。そこにうまい肴があれば、言うことなし。

 これから年末にかけて、「幸せ」を感じる機会を増やしていけたらいいな、っと。

 

 

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