やさしくてあったかい、1人のゲーマーが紡いだ言葉の数々『岩田さん』


ほぼ日刊イトイ新聞著『岩田さん』書影

 子供の頃の僕にとって、テレビゲームは一種の「ことば」のようなものだった。

 転勤族として、いくつもの小学校を転々としていた少年時代。どこへ行っても転校生として扱われてきた僕にとって、「友達づくり」はいつだって大問題だった。引っ越すたびに人間関係がリセットされる転校生は、そのたびに一から友達をつくる必要がある。

 ルールも文化も言葉づかいも異なる新しい環境──しかもすでに友達グループができあがっている──に、新参者が飛びこむのは難しい。ただでさえ学校という狭い世界で過ごす時間の多い子供は、いち早くそこに馴染まなければならないのに。さもなくばクラスで浮き、学校が楽しめなくなってしまう──。

 そんな自分を周囲と結びつけてくれたのが、「ゲーム」だったのです。

 テレビゲームと言えば、小学生(特に男子)にとっては一大コンテンツ。それは僕にとって、どこへ行っても通じる数少ない共通の話題だった。休み時間になったら周囲の会話に耳を澄まし、自分が知っているゲームの話が聞こえてきたら、勇気を出して「それ、僕も知ってる!」と話しかけてみる。転校初日はいつも、そうやってなんとか輪に入ろうと試みていた。

 最初は訝しげに見られることも多い。でも基本的に、小学生男子はノリがいい。知ったかぶりではなく、本当に好きで遊んでいることさえ相手に伝われば、いつも「わかってるじゃーん!」と快く受け入れてもらえた。そのまま放課後に遊ぶ約束を取り付けて、肩を並べて一緒にゲームを楽しめた。

 ゲームがあったからこそ、僕は転校先でもすぐに「友達」をつくることができた。

 あまりテレビを見ない自分でも、全国どこへ行っても通じる共通言語。それが幼い僕にとっての「ゲーム」であり、交友関係を築くきっかけとして、いつも助けられていたんですよね。そして、当時の自分にとって「テレビゲーム」と言えば、それはほぼ任天堂のゲームを指すものでした。

「星のカービィ ワンフロアまるごとミュージアム」より『星のカービィ スーパーデラックス』

「星のカービィ ワンフロアまるごとミュージアム」より

 通信ケーブルをつないで交換したモンスターは、僕らが友達になった証。3Dスティックが壊れるほどに白熱した、4人プレイの大乱闘。何十回とデータが消えたって、仲の良い友達と一緒にまんまるピンクの一頭身を操作し、何度も何度も100%完全クリアをめざすのは楽しかった。

 少年時代に任天堂のゲームと親しみ、全力で遊び、時には救われてすらいた自分。だからこそ、この本が出版されると聞いたときは絶対に買おうと思ったし、発売を楽しみにしておりました。いちユーザーとしては動画やインタビューでしか知らないものの、でも妙に身近に感じられていた、任天堂の元社長・岩田聡さんの言葉をまとめた1冊です。

社長としてではない、個人としての「岩田さん」の姿

 任天堂元代表取締役社長・岩田聡さんの言葉をまとめた、タイトルもずばり『岩田さん』と銘打たれた本書。ほぼ日刊イトイ新聞*1に掲載されたインタビューや対談、任天堂公式ホームページに掲載された「社長が訊く」*2シリーズから彼の言葉を抜粋し、再構成した内容となっています。

 「岩田さんが社長になるまで。」と題した第1章に始まり、彼のリーダーシップが感じられる文章をまとめた第2章、個性的な考え方やパーソナリティにふれた第3章など、それとなく共通する切り口で過去の読み物を分類し、章別にまとめている本書。1章が社長以前の話になっているため、岩田さんのことをよく知らない人でも読みやすいはず。

 そんな本書は、誰もが知る企業のトップを務めた人物に焦点を当てていることもあり、「社長目線の経営術の本」という印象を持つ人も少なからずいそうではあります。実際、彼の経営論やビジネス観が垣間見える内容であることは事実。ビジネス書として何かしらの学びを得ようとして手に取れば、参考になる部分もきっと多いのではないかしら。

 ところがどっこい。
 この本、思いのほか「ビジネス書」っぽくないんですよね。

 実用書やビジネス書を読んでいるような感覚はなく、それどころか、全体的にゆるい印象を受けるほど。そこに書かれているのは、任天堂のお偉いさんでも何でもない、1人の人間が紡いだ言葉。「岩田さん」という一個人がその経験や考え方を淡々と語っているような、そんなイメージを抱きました。

 本書に携わった糸井重里さんと永田泰大さんも、次のように話しています。

任天堂の「岩田社長」としてではなく、我々がいつも一緒に過ごさせてもらっていたときに見せてくれていた岩田さんの「わたくし(公私の“私”)」の面を残さなきゃと思って作った本です。「わたくし」のときの岩田さんが、楽しそうに仕事のことを語るのが、また面白くてね。そっちの岩田さんがすごく素敵だった、と伝えるのが、僕らの仕事なんだろうなあ、と思ったんです。

岩田さんは「おかげさまで、はかどりました」と言われるのが無上の喜びだった~糸井重里さんに聞く、任天堂元社長の岩田聡さん | ダイヤモンド・オンラインより)

私たちの知っている、
こういう人だったという「岩田さん」を、
過度にドラマチックに演出することなく、
見せたい姿にデフォルメすることなく、
そのままのことを知ってもらいたくて、つくった本です。

岩田さんの本をつくる - ほぼ日刊イトイ新聞より)

 もちろん、任天堂の「岩田社長」としての言葉を汲み取って学ぶことはできるし、彼のものづくり哲学や合理的な考え方を、自分の仕事の参考にしたっていい。そういう読み方だってできます。

 けれど、そのような読み方を忘れてしまうほどに、この本は「やさしく」感じられたんですよね。岩田さん自身の言葉もそうだし、携わっている人たちの思いもきっとそう。やさしくて、やわらかくて、楽しそうで──でも、情熱にもあふれていて。あったかいけれど、アツい読み物。

 それは、1人の人間が考えていたことや感じていたこと、仕事を通して向き合ってきたものを、1冊の本を通して覗かせてもらうような感覚。その言葉にふれていると、自然と「自分はどうだろう?」と胸に手を当てて考えたくなる。周囲の人間との関わりに思いを馳せ、仕事の意味を問い直し、自分が作り上げたい、成し遂げたいものは何だったかを再確認しようと、思考を巡らせたくなる。

 文章からはやわらかくてやさしい印象を受けるのに、気づけばそんなことを考えてしまう、不思議な1冊でした。

きっと何度も読み返すことになる

 読んでいて何よりも印象に残ったのが、既存の文章を再構成した本書において唯一の書き下ろし部分。宮本茂さんと糸井重里さんが語る「岩田さん」の姿が、あったかい。

 立場も関係性も違う2人が、1人の人間について、楽しそうに、懐かしそうに話している様子が文章からも伝わってきて、本当に素敵だなあと。私生活のちょっとしたエピソードなんかも登場して、思わずクスッと笑わされる場面も何度かありました。……途中、ちょっとさみしい気持ちになりつつも。

 なんでしょうね、やっぱり友だちだったんですよね。上司と部下じゃないし、怒られることもないし、喧嘩もしないし。ふつうの会社の感覚でいうと、いってみれば年齢も社歴も後輩の人が先に社長になったんですから、お互い気にしそうなものですけど、まったくなかったですから。岩田さんという人がいて、一緒に仕事をするうえで、「そら、あっちのほうが社長に向いてるやろう」っていうふうに仕事をしてたんで、それはよかったですね。
 だから、ほんとに、「友だちになった」んですよ。いつの間にかね。

(ほぼ日刊イトイ新聞著『岩田さん──岩田聡はこんなことを話していた。』P.189「宮本茂が語る岩田さん」より)

 岩田さんのことを知っている人と、知らない人。任天堂のゲームに親しんできた人と、遊んだことがない人。人によってまったく異なる読み方ができ、十人十色の感想を抱くことになるだろう本。でもきっと、読んだ多くの人がやさしくあったかい気持ちになれる、そんな1冊なのではないかと思います。

 いちユーザーに過ぎない自分にとっては、動画でたびたび目にしたことはあるものの、結局は他人でしかない「岩田さん」。

 ですが、子供の頃からずっと遊んできて、時には救われたこともあるゲームの向こう側に、こんなにも素敵な人がいたんだと、本書のおかげで再確認することができた。それは……なんというか……すごくありがたく、そして嬉しく感じたんですよね。もちろん、数多くの人が関わっているゲーム制作において、岩田さんはそのうちの1人に過ぎないのだけれど。

 それでも、何十回もクリアするほどに友達と繰り返し遊んできたまんまるピンクのゲームをはじめ、スタッフロールで何度も見てきた象徴的な「ゲームの中の人」の1人が、彼だったから。僕らが大人になってからも、ゲームの魅力を「直接!」伝えるべく動画に登場し、身近に感じられるようになっていたから。

 だからこそ、そんな遠いようで近しい、でもやっぱり遠い存在に感じていたままだった「岩田さん」のお人柄をこうして垣間見ることができたのは、いちユーザーとして、とっても嬉しい。心からそう思います。

 本棚の目立つところに置いて、これからも折に触れては読み返したい1冊。任天堂のゲームに親しんできた人は言うに及ばず、万人におすすめしたい、素敵な本です。

 

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