「シャーデンフロイデ(Schadenfreude)」という言葉があります。独特の響きを伴う、どことなく強そうな横文字。某3DCGアニメ*1に出てくるサル型ロボや、ただひたすらに突き進む女の子の歌*2で聞いたことがある人も多いのではないかしら。
しかし言葉の響きから感じる印象とは裏腹に、その意味は甚だ後ろ暗い。Wikipediaによれば、シャーデンフロイデとは「他人の不幸を喜ぶ気持ち」を意味するドイツ語*3。誰かの失敗を見たときにこみ上げる「ざまあみろ」の感情であり、そこにポジティブなイメージは感じられません。
ネット的に言えば、ずばり「メシウマ」*4のことですね。
「他人の不幸で飯が美味い」という「メシウマ状態!」のやる夫のAAを見る機会は減ったものの、ネット上では割と当たり前のように漂っている(ように見える)感情。今回はそんな、「シャーデンフロイデ」について紐解いた本を読みました。
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「幸せホルモン」がシャーデンフロイデを呼び起こす
まずは改めて、「シャーデンフロイデ」という言葉の意味するところを確認しておきましょう。
本書の表現を借りれば、それは「誰かが失敗した時に、思わず湧き起こってしまう喜びの感情」を指すものであるとのこと。特にその相手に対して以前からネガティブな感情を持っていた場合、シャーデンフロイデの喜びはさらに強くなるそうな。それこそ「ざまぁww」といった感じで。
では、なぜ人はそのような後ろ暗い感情を抱いてしまうのか。筆者によれば、そこには「オキシトシン」という物質が大きく影響しているのだとか。
「愛情ホルモン」とも呼ばれるオキシトシンは、ストレスを緩和し安心感や幸福感をもたらしてくれるナイスなホルモン。愛と絆を増強する──と書くと微妙に胡散臭く感じますが、本書では「人と人とのつながりを強める」のがオキシトシンの本質的な働きだと説明しています。
これだけ聞くと「なーんだ、いいことばっかりじゃん」とも思えますが……一方で、勘の良い人はピンとくるはず。──そう、「人と人とのつながりを強める」ということは、同時にその「つながり」に依存してしまってもおかしくないわけです。
「こんなに尽くしているのに振り向いてもらえない」
「身を粉にして働いているのに評価されない」
「子供を思っての行動なのに理解してくれない」
行き過ぎた愛情は不審や不安につながり、時として妬みや憎しみにも結びつく。そしてそんなとき、自分に振り向いてくれない、自分を評価してくれない相手が小さな不幸に遭ったとしたら……もしかしたら、ちょっと胸のすくような気持ちになるかもしれない。それが、シャーデンフロイデです。
「愛」と「正義」が社会を形作り、個人を殺す
大きく「シャーデンフロイデ」と題している本書ですが、取り上げている話題はそこそこ多岐にわたります。
というか、むしろシャーデンフロイデの話はとっかかりに過ぎない印象。どちらかと言えば本書は、巷にあふれる「愛」や「正義」に対して、筆者の目線から警鐘を鳴らす内容となっているように読めました。
(中略)わかったことがあります。それは、「愛」や「正義」が、麻薬のように働いて、人々の心を 蕩かし、人々の理性を適度に麻痺させ、幸せな気持ちのまま誰かを攻撃できるようにしてしまう、ということです。
愛は人を救うどころか、それに異を唱える者を徹底的に排除しようという動機を強力に裏打ちする、危険な情動です。
(中野信子著『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』Kindle版 位置No.36より)
冒頭からしてこのように断言しているほど。筆者の主観に基づいた話も多いので全体的に読みやすくはありますが、それゆえにすべてを鵜呑みにはできない印象も受けました。本書の書評記事でもちらほらと指摘されていますが、参考文献の記載が少ないんですよね……。
とは言え、認知心理学の実験を引用しながらの説明はわかりやすく、知的好奇心を刺激される話ばかり。特に、日常生活で自分が属する「集団」の中で理不尽や不平等や非合理を感じてモヤモヤしたことがある人は、きっと興味深く読めるはずです。
もうすこし簡素な言い方をすると、「それは不謹慎だ」という糾弾が起きるのは、人々のなかに「本来はこうあるべきだ」という規範があるからとも言えます。
規範は社会にとって必要なものではありますが、使われ方次第で、本来、目指していたのとはまったく逆の方向に行ってしまうことがあります。
実は、「いじめは良くないことだ」という規範意識が高いところほど、いじめが起きやすいという調査もあります。規範意識から外れた人はいじめてもいい、という構造ができてしまいやすくなるからだと考えられています。
(中野信子著『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』Kindle版 位置No.709より)
「出る杭は打たれる」問題や、自分が損をしてでも他者に罰を与えようとする「利他的懲罰」、時として攻撃的な「正義」を行使させる社会通念としての「倫理」の話などなど。自分も気づかないうちに「愛に満ちた正義」を携え、集団の内外で攻撃的になってはいなかっただろうか──と、思わず読みながら考えてしまうくらいにはおもしろかったです。
「あなたのためを思って」という言葉の犠牲になったことがある人、あるいは自身がそのような感情をもって他人を傷つけてしまったことがある人。そのような経験がある人は、きっと珍しくないと思います。美しくものとして押し付けられる「愛」や「正義」に違和感のある人は、本書を読むことで何らかの気づきが得られる……かもしれません。
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