「なんかつまらん」を打破し「好き」を見つけるための技術『没頭力』


 この世で一番強いのは、「夢中マン」だと思っている。
 そう、いつだって、何かに「夢中」になっている人は最強に見えるのだ。

 「無我夢中」という言葉にもあるように、 “自身(我)” を “無” くすほどの勢いで物事に当たっている人。批判や中傷の声も気にせず、自分の感情に従うまま、淡々と事に当たり続ける人。その姿はどこか現実離れしており、それこそ “夢” の “中” にいるようにも映る。

 そして、そのように自然と「夢中」になれる人は、往々にして何かを成し遂げる。学問でも、スポーツでも、仕事でも、趣味でも。本人はただ楽しいから、好きだから取り組み続けてきただけ。にもかかわらず、ふと気がつけば、彼らは周囲に認められるほどの結果を出してしまう。

 ゆえに、「夢中マン」は最強なのだ。

 たとえ天賦の才能を持っていなくとも、「夢中になれる」というただそれだけで、一定以上の知識や実力が自然と身についてしまう。彼らの多くは凡人かもしれないが、それ以外の大多数が途中でやめてしまうことを鑑みれば、「夢中になれる」ことも一種の才能……なのかもしれない。

 でも、それならば、こうも考えられるのではないだろうか。

 自ずから「夢中になる」方法を習得することができれば、ある活動について一定以上の知識や実力を身につけつつ、毎日を楽しく過ごすことができるのでは──?

 というわけで、そのような「夢中になる」方法を紐解いた本、『没頭力 「なんかつまらない」を解決する技術』を読みました。本書では「没頭」という言葉で表現しているけれど、「夢中」とほぼ同義と考えても問題はないように思います。

 この本が取り上げているのは、即物的な快楽ではなく、意識高く語られがちな成功や承認でもなく、ある意味では自己完結的な「没頭」によって、毎日を楽しく過ごすための方法。なんとなくモヤモヤを抱えながら過ごしている人や、自分が夢中になれるものを見つけられない人に、ぜひともおすすめしたい1冊です。

 

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「何かに『没頭』できる人は、幸せそうに見える」法則

 没頭、夢中、ゾーン……そして、最近よく耳にするようになった、フロー体験。言い方はいろいろありますが、本書が取り扱うのは、そのような「集中状態」に入るための考え方と方法論。しかし一方で、その目的は「成功」や「結果を出す」ことではありません。

 本書が目指すのは、ずばり “「なんかつまらない」を解決する” こと。

 不幸ではないけれど、幸福とも言い切れない。大きな絶望を抱えてはいないけれど、将来に希望を抱いているわけでもない。そんな「漠然とした不安」への対処法として、本書の言う「没頭力」があるわけです。

 もう少し身近な視点へと持っていくと、たとえば、せっかくの週末をぐだぐだと過ごしてしまいがちだとか。これといって熱中できる趣味がなく、なんとなくモヤモヤしているとか。夢も目標もなく、先行きが見えないことに漠然とした不安を感じているとか。そんな人、実は結構いるのでは……?

 逆に、そのような不安やモヤモヤとは無縁の生活を送っている人も当然います。

 普段から笑顔で過ごしている人、自分が好きな仕事や勉学に励んでいる人、趣味に熱中し休日を全力で楽しんでいる人。もちろん、不安がゼロという人はそうそういないでしょうが、それでも「人生を楽しんでいる」ことが傍目にもよくわかる人たち。どうして彼らは、あんなにも幸せそうなんだろう……?

没頭=幸せ?「なんかつまらない」を打破する「没頭」とは

 というか、そもそも「幸せ」とはなんだろう。こう書くと哲学的な問いっぽくなるけれど、今回取り上げるのは哲学視点の話題ではありません。

 本書がまず参照しているのは、「ポジティブ心理学」の考え方。これは、アメリカの心理学者、マーティン・セリグマンによって提唱された分野であり、一口に言えば「人生をより充実にする」ための研究。ポジティブ心理学では、まず「幸せ」という曖昧な言葉を再定義するべく、次の3つの要素に分割しています。

人の幸福度を計る3要素

快楽(ポジティブ感情):楽しさや心地よさを感じるもの、三大欲求
意味(意味・意義):有意義な人生を送ること、承認欲求
没頭(エンゲージメント):時間を忘れるほどの強烈な集中状態にあること

 「快楽」と「意味」はわかりやすいですね。いつの世も「快楽」はシンプルな幸福のテンプレートと言えますし、「意味」は現代社会において特に重視されている印象。というかむしろ、社会全体で「成功」や「承認」や「やりがい」を絶対的な基準として持ち上げた結果が、多くの人を不幸にしているような気もする……。

 そしてもうひとつ、ここで「没頭」が登場するわけです。あっという間に時間が過ぎ去り、終わったあとはスッキリ満足できる活動。いわゆる「趣味」と言える活動の多くが当てはまりそうだけれど、なかには仕事や勉強で「没頭」できる人も結構いるのではないかしら。

 自分がそれを「好き」と認識しているかどうかはさておき、「没頭」している最中やその直後は、なんとなく「楽しい」と感じている。しかも無我夢中になっている以上、少なくともネガティブな感情は抱いていない。そう考えれば、たしかに「没頭」は「幸せ」のひとつの形と言えるのかもしれません。

ある活動に「没頭」しやすくなるための3つの条件

 とは言え、人それぞれに夢中になる対象は異なるし、「没頭している」と言えるほどに集中できる趣味を誰もが持っているとは限らない。そうでなければ、「仕事がある平日は1日が長く感じるのに、楽しい週末はあっという間に終わってしまう」なんて悲壮感を覚えることもないわけで……。

 もちろん、上に挙げた別の要素から幸せを感じられれば良いけれど、「快楽」を得る時間はなく、仕事や学習に「意味」を求めることもできない──という人も少なくないはず。そんな人にとって、「没頭」の考え方はひとつの救いになるのではないかと思うのです。

 そこで、自ずから何かに「没頭」するための具体的な方法を考えるにあたって登場するのが、ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー」の概念。最近はスポーツやビジネスの分野でも聞きますよね。

 本書ではまず、チクセントミハイの論説から「フロー状態を構成する8要素」を参照しつつ、そのなかから特に「没頭」と関係の深いものを選別。そのうえで、「没頭しやすくなる条件」を明らかにしていく流れになっています。「フロー状態を構成する8要素」については本文を参照いただくとして、その結果導き出される3つの条件が、こちら。

没頭しやすくなる3つの条件

・自分なりのルールを決める
・結果が得られるまでのスパンを短くする
・自分のスキルより4%難しいことに挑戦する

 これだけだとシンプルすぎるような気もするけれど……なんとなく、ピンときたという人もいるのではないかしら。

①「自分なりのルールを決める」

 まず、「自分なりのルールを決める」。特に、何か新しい活動を始めるにあたって、「ルール」や「ゴール」の設定が重要であることは言うまでもありません。

 スポーツなどはわかりやすいですね。ルールがあるからこそ、その制限のなかで試行錯誤する楽しみが生まれる。ゴールがあるからこそ、勝ったり成功したりすれば喜びが生まれ、負けたり失敗したりすれば悔しさを感じる。これは、楽器でも勉強でも、何にでも当てはまるはず。

 また、本文では「絵」を例に挙げて、元からある程度の能力・技術がある人はともかく、素人はそもそも「描きたい絵」のゴールを思い描けない──と指摘していますが、これにも納得。「自分の中で完成図が書けるかどうか」は、「没頭」の前提条件だと言えそうです。

②「結果が得られるまでのスパンを短くする」

 次の「結果が得られるまでのスパンを短くする」は、逆に言い換えれば、「結果がすぐにわからない活動は没頭しづらい」ということ。

 これは、勉強などが顕著なのではないかと。成功か失敗かが一発でわからない活動には、なんとなく身が入らない。その行為自体が楽しければ、自分の手を動かしている最中は没頭することができるかもしれない。けれど、フィードバックがすぐには返ってこないため、どうもヤキモキさせられてしまう。

 加えて、そのような「結果がすぐにはわからない活動」には、往々にして「その場の状況を自分でコントロールできない」という特徴もあります。

 「やるだけやって、あとは結果を待つ」ような状況を強いられる活動、しかも成否が複数の要因によって左右されるものは、なかなか没頭しづらい。たとえば、受験とか。自分がどれだけ努力しても、周囲の人間がそれ以上の成果を出せば不合格になるのだから、そりゃあ苦しいのも当然ですよね……。

③「自分のスキルより4%難しいことに挑戦する」

 最後の「自分のスキルより4%難しいことに挑戦する」は、いわゆる「俺より強い奴に会いに行く」的な考え方と言っても間違いではないかと。先ほどの「ゴール」の考え方と少し被りますが、「ちょっと難しい」くらいの挑戦を積み重ねていくことの大切さ。

 当然、難しすぎるとやる気を削がれかねないし、簡単すぎると作業的にこなしてしまいかねないので、この「4%」という数値は絶妙に感じます。曰く、 “少し背伸びが必要だけれど、絶対にできないとは思わない程度の難易度” 。4%分の “背伸び” を定着させつつ、小さな成功体験を積み重ねていくかたち。

「不安」を種に、「開き直り」の水をやり、「没頭」の花を咲かせる

 以上が2章までの内容であり、本書では全5章にわたって「没頭力」を掘り下げていきます。

 なかでも印象的だったのが、「没頭するためには不安が不可欠」という指摘。

 不安なくして没頭することはできず、言い換えれば、それは「絶望」からしか生まれない。まあ「絶望」は言いすぎな気もするけれど、小さな不安やストレスこそが「没頭」の種である──というのは、たしかに自分にも心当たりのある話でした。

何かに対して不安だというのは、そのことを畏れ敬う気持ちの表れでもある。特定の人に好かれることに価値があると思っていたら、その人の前で緊張していていいと思うし、それが下世話な感情だとも全然思わない。すごくいいことだと僕は思います。

(中略)

自分にとって価値があるものに対しては不安が生まれる。そして、そこに立ち向かわないと没頭は訪れない、ということです。

(吉田尚記著『没頭力 「なんかつまらない」を解決する技術』Kindle版 位置No.786より)

 と言うのも、自分が過去に「気づけば夢中になっていた」活動のいくつかを振り返ってみると、実際に行動する前の感情は必ずしもポジティブではなかったようにも思うんですよね。新生活が始まる前の不安とか、イベントで大勢の人の前で話す前の緊張感とか、嫌々ながら取り組む仕事とか。

 もっと身近な例で言えば、部屋の掃除なんかもそう。物は散らかり、埃は積もり、ダルいなあと思いながら始めたはずの掃除が、ふと気がつくと、隅々まで掃除機をかけ、本棚はきれいに著者名順に整理していた──みたいな。掃除でも勉強でも仕事でも良いけれど……そんな経験、ありません?

 実際に取り組む前にはストレスでしかなかったものが、いつの間にやら楽しく没頭できる活動に。この「不安」と「没頭」の間には何があるのかと思ったら、答えは思いのほか単純でした。

 それが、「開き直り」

 「どうせやるしかない」と開き直ることで、不安と絶望は、没頭と希望に変換されるのだそう。「開き直り」の大切さはしばしば語られることではあるけれど、「フロー」についてもそれが当てはまるとは知らなかったので、軽く驚きました。批判も知ったこっちゃないという人は強いし、やはり開き直りマンが最強なのか……。

 そして、つまるところ、「開き直り」とは「動く」ことである。漠然とした不安や違和感、ストレスに対して、具体的な行動を起こせるかどうか。一度でも突っ込むことさえできれば、それが没頭できるものか否かは自ずと明らかになる。──動かなければ、何も始まらない。

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嵐を呼ぶ VRけもみみ帝国の野望【004】 - YouTubeより

 そう、バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん*1も言っていたように、「やらなければはじまらない」のだ。のじゃ。不安でいっぱい、世知辛い世の中でも、何はともあれ、まずやってみること。開き直り、やってみた先にこそ「没頭」があり、そうして、けもみみおーこくは誕生したのだ。のじゃ。

 ──とまあ、こうして文字にすると、ビジネス書や自己啓発本でも割と見られる、当たり前の結論に落ち着いたようにも読めるかもしれません。しかし同時に、そこには本書ならではの考え方も含まれています。

 冒頭でも書いたように、この本が目指すのは、 “「なんかつまらない」を解決する” こと。実績を上げるのが狙いはなく、スキルを磨くためでもなく、その行為に意味を見出す必要すらない。

 ただ、夢中になれれば良い

 それゆえに本書は、「フロー」や「集中力」の解説書としては、むちゃくちゃハードルが低い1冊だと言えます。何かしらの不安を抱えている人であれば、読み終えた瞬間から実践できるから。これと言って趣味がない人にも行動を促す力があり、きっと「好き」を見つけるヒントになるように思います。

 なにより、筆者である吉田さんの考え方に勇気づけられる。既刊『なぜ、この人とは話をすると楽になるのか』でも感じましたが、苦手意識や不安を出発点にして考えているため、ネガティブ感情を抱きがちな人に寄り添ってくれているような印象を受ける。だからか、読後は自然と元気をもらえるのです。

 特に本書の場合、ツイキャスやニコニコ生放送での配信を下地に書かれていることもあって、それこそラジオ番組やトークイベントのような文体で読みやすいんですよね。ちょうど自分が視聴していた配信の内容も語られていたので、放送を追体験するように読めておもしろかった。

 なんとなくモヤモヤを抱えている人、自分の中の違和感を持て余している人、物事に集中して取り組めない人、自分の「好き」が見つけられない人──。幅広い層に勧められる本ではありますが、特にそのような人たちに強くおすすめしたい1冊です。

ただ、僕は「偽りの希望」でも、「没頭」に入れればいいと思うんです。僕が見つけたいのは、何かを達成するための方法ではなくて、「上機嫌」で生きるための方法だから。

(吉田尚記著『没頭力 「なんかつまらない」を解決する技術』Kindle版 位置No.816より)

 

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