「読む」だけじゃない「読書体験」の切り口を考える


 読書体験

『アイデア大全』はいいぞ。

 「読書体験」という言葉がある。

 読んで字のごとく、「読書」と「体験」の2語を組み合わせた言葉。

 厳密な定義はなさそうだけれど──字義をそのまま捉えるなら、「読書によって得られる体験」を指している感じかしら。

 しかし一方で、そもそも「読書」それ自体が「本の体験」であると考えることもできる。「本を読む」という活動は、紛れもなく「体験」と言えるもの。それをわざわざ、「読書体験」などという言葉で表現する必要はないのでは……?

 そこで、「読書体験」という言葉をあえて用いる場面を考えてみると、そこには「読書」によってもたらされる効用の多様性が見て取れる。「本を読む」という行為のみならず、本を通して得られる知識や学び、そして感情や感動といった心の動きは、かけがえのない「体験」であると言えるのではないだろうか。

 さらに、「本を読む」という行為の前後にも目を向けてみると、そこにも「読書体験」の一貫として数えられそうな活動があることがわかる。本を買ったり、読んだ本を他者と共有したり。それらは直接的な「読書」行為ではないものの、一連の流れを汲んだ「体験」の一種であることは間違いない。

 そんな「読書体験」の流れを、簡単に辿ってみた。

スポンサーリンク
 

1. 書店に行く

f:id:ornith:20181023011520j:plain

 「家に帰るまでが遠足です!」ではないけれど、家を出た瞬間から「読書体験」は始まっている──と見ることもできる。特に近年は個性的な書店が増えていることもあり、「どの本屋さんに行こうか」と考えるだけでも楽しい。

 今日は新刊をチェックしたいからジュンク堂に行こう。いや、たまには古本をあさりに神保町に行ってみようか。それとも、B&Bでビールを飲みながら品定めしようか──などなど。

 品揃えや規模だけが「本屋さん」の魅力ではなく、独自のラインナップや売り場展開をしている店舗には、大型書店にはない魅力がある。その日の目的によって使い分けることもできるし、お店の雰囲気や客層を重視して選んだっていい。

 そのように考えると、書店を選ぶ段階から「読書体験」に含めてしまっても、何ら問題はないのではないかしら。もちろん、あえて「選ばない」のだって選択肢のひとつだ。店舗を定めず、目的も決めず、神保町のような書店街をぶらぶらと歩いたっていい。

 書物を目にする前、家を出た瞬間から、「体験」は始まっている。

2. 店内を歩く

f:id:ornith:20181023011036j:plain

 さあ、いざ書店に入ったら、あなたはどのような行動を取るだろうか。

 ──目的の本へ向かって一直線? とりあえず新刊コーナーをチェックする? 週刊誌を立ち読みする? イベント案内の掲示を眺める?

 書店に足を運ぶ目的が人それぞれであるように、店内での行動も十人十色。ならば当然、そこで得られる「体験」も百人百様であるのは間違いない。

 加えて、書店にはある種の魔力がある。その空間がその人にとって魅力的であればあるほど、人は往々にして予定外の行動を取ってしまうものだ。

 欲しい本を買いに来たつもりが、話題書のポップを見て思わず手に取ってしまったり。流行を知るべく新刊コーナーを見るだけのつもりで訪れたのに、週刊誌の立ち読みを始めてしまったり。友人へのプレゼントを買うはずが、ふと目に入った子供時代の愛読書の愛蔵版を一緒にレジに持っていってしまったり。

 予期せぬ出会いや体験があるからこそ、書店に行くのはやめられない。電子ではなかなか得ることのできない、リアル店舗ならではの体験。人それぞれの「書店の歩き方」を聞くだけでも楽しそうだし、書店で得られる「偶然性」という刺激は、読書体験の中でも極上のものだと思う。

3. 本を買う

f:id:ornith:20181023011039j:plain

 「本を買う」という、ただそれだけの行為。

 そこには現金払いかカード払いかくらいの違いしかなく、特別な「体験」はないようにも見える。

 でも、もしかしたら……お店によっては、ちょっとした「体験」が待っているかもしれない。たとえば──場面が限定されるけれど──トークイベントのあと、新刊を買う際に筆者さん直々にサインをもらうとか。

 あるいは、会計時に限定のしおりやブックカバーを一緒に挟んでくれるとか。個人経営の小さな書店だと、たまにそういった「おまけ」をもらえることがある。そういえば過去に、注文したドリンクのコースターが書評になっているのを見て興奮したことがあった。本ではないけれど、あれも一種の「体験」と言えそう。

4. 本を読む

f:id:ornith:20181023011043j:plain

 説明するまでもない、「読書体験」の核となる部分。

 というか、「読書」という言葉が示す行為そのもの。

 読み方は人それぞれ。1ページも飛ばさずじっくり読む人もいれば、気になる部分だけを掻い摘まんで読む人もいる。電子書籍でマーカーを引きながら読む人もいれば、ペンを片手にノートを取りながら読む人もいる。速読、味読、精読、黙読、音読──読書法もさまざまだ。

 そのうえで、ある本を読んで何を感じたか──読み進めるなかでどのように感情を動かされ、何を考え、何を思い、何を得たか──も千差万別。読者の数だけ解釈があると言っても過言ではない。たとえ同じ本を読んだとしても、その本から何を得たかは人によって異なるし、その「体験」はその人だけのものだ。

 しかし、だからこそ、読了後も「読書体験」は続いていく。

5. 読んだ本のことを他人に話す(ブログ・SNSに書く)

f:id:ornith:20181023011041j:plain

 本を読み終えたら、それで終わり。誰にも話すことなく、ふと思い出すような瞬間もなく、消化して忘れるだけ──という人は、なかなかいないと思う。

 おもしろい本を読んだら、誰かにその魅力を話したくなる(あるいは自分なりに記録したくなる)自分がその本のどこに惹かれて、何を感じ、考えたのか。もしうまく言語化できなかったとしても、「おもしろかった!」のたった一言を誰かに伝えるだけでも、それは立派な「体験」であると思う。

 特に、現在はSNSがあるため、「本について話せる相手が身近にいない」という人でも気軽に感想をアウトプットできる。それが特定の誰かに向けたわけではない、個人的な「呟き」の感想だったとしても、やはり読書体験のひとつであることに変わりはない。

 その感想はもしかしたら作者に届くかもしれないし、ブログに投稿すれば、少なからず誰かの目には入るはず。誰かと語り合う「コミュニケーション」の形でなくとも、本を読み、頭に浮かんだ思考や感情を言葉にのせてアウトプットしたそれは、まさしく「読書」によって生まれた「体験」であると言える。

6. 読書会(イベント)に参加する

f:id:ornith:20181023011522j:plain

 読書会をはじめとした、本関係のイベントへの参加。音楽で言えば、CDやデジタルミュージックに対する「ライブ」的な立ち位置になるだろうか。

 オンラインでのコミュニケーションとは異なり、リアルイベントには独特の「熱」があるように感じる。同じ空間に同好の士が何人も集まれば、そりゃあ熱も帯びようというもの。そこで交わされる言葉や感情は、1人で活字に向かうのとは違った感動をもたらしてくれる。

 他方で、「読書会」と聞いてハードルの高さを感じる人もいるかもしれない。テーマとなる本を読み込むのは大前提として、著者の既刊や関連本も読んでおく必要があるんじゃないかと。ろくに知識のない自分が行ったところで、交流の邪魔になってしまうんじゃないかと。そう考えると、なかなか参加に踏み切れない。

 当然そんなことはないし、読書会の大多数は「誰でもウェルカム」のはず。というか、星の数ほどある本を読んで記憶している人などいるはずもなく、人それぞれに知識の濃淡はあって当たり前。逆に「知らない」がゆえの指摘が周囲の関心を集めたり、その場を(いい意味で)盛り上げたりするケースもある。

 また、必ずしも本を読んでおく必要のないイベントもある。興味本位で新刊イベントに足を運んだっていいし、ざっくばらんに「本」や「出版」について語るようなトークイベントもある。どのような本を取り上げるかわからない「ビブリオバトル」のような催しは、普段は本を読まない人でも楽しめるはずだ。

本を読まない人に向けた、入り口としての「読書体験」

f:id:ornith:20181023011034j:plain

 以上、「読書体験」という言葉に当てはまりそうな活動をまとめてみました。他にもいろいろと挙げられそうではあるけれど、ざっくりと流れを追うならこんな感じになるんじゃないかしら。

 このような「体験」としての読書──言い換えれば、「モノ」ではなく「コト」としての読書についての議論は、すでにあちこちで交わされてきたものではあります。あまり本を読まない人に読書を勧める取っ掛かりとして、「本」それ自体ではなく、周縁から行動を喚起するための考え方。

 月に1冊も本を読まないような人でも、おしゃれなブックカフェがあれば、行きたくなるかもしれない。好きな芸能人が本の話をするイベントだったら、足を運びたくなるかもしれない。事前に本を読まなくてもOKの楽しそうなコミュニティがあれば、参加したくなるかもしれない。

 また、そういった「コト」としての読書を企画することは、日頃から本を読んでいる人の世界を広げることにもつながるはず。他の書店では見られない独特な特設コーナーを設けたり、興味関心が近い人とつながれるウェブサービスを作ったり、普段は読まないようなジャンルの本と出会えるイベントを企画したり。

 「読書」という行為それ自体を勧めるのではなく、かと言って特定の「本」をプッシュするわけでもなく。参加や交流といった観点──すなわち「体験」の切り口から「読書」の魅力を伝え、一人ひとりが持つ「本」の世界を広げること。そのような視点から「読書」について考えてみるのは、結構おもしろい。

 僕自身はそんなに多くの本を読んでいる人間ではありませんが、上記のような「体験」にたびたび刺激を受けている身。自分でも何か企画できないかなーと考えることもあり、もっともっと本の世界に触れてみたいと考えている今日この頃です。結局は行動に移すことができていないのですが……。

 

関連記事