30年以上のロングセラーには理由がある!『日本語の作文技術』で作文の基礎を学ぶ


 どのような分野においても、大勢に支持される「入門書」の存在がある。

 学問にせよ技術にせよ、何かを学ぶにあたって最初に読むことを勧められる1冊。常に新しい本が出版され、数多くのハウツー本が並ぶ書店の棚からも撤去されることなく、長年にわたって存在感を発揮し続ける良書。そんな「最初の1冊」が、きっとどのようなジャンルにもあるはずだ。

 こと「文章」の分野においても、多くの人の支持を集める「入門書」がいくつか挙げられる。『文章読本』の名を冠した良書は数多く、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫といった文豪たちのほか、丸谷才一や井上ひさしによる同名書籍も評価が高い*1

 とはいえ、数十年も前に書かれたそれらの本はどこか古めかしくも感じられる。どちらかと言えば近年出版されたハウツー本のほうが若者には親しみやすく、大勢に読まれているのではないだろうか。僕自身、これまでに読んできた「文章本」には00年代以降の本が多く、ブログでは「最初の1冊」として『新しい文章力の教室』(2015年発売)を勧めている*2。ビジネスシーンやインターネット上で書く文章に限れば、この本に書かれている知識だけでも事足りるように感じられたからだ。

 しかし一方で、「これだけは読んでおけ!」と並みいるライターが勧める本の存在も目に入っており、それがずっと気になっていた。仕事の企画書だろうが趣味のブログだろうが本格的な小説執筆だろうが関係なく、ありとあらゆる「文章」を書くにあたっては抑えておきたい──いや、抑えておかねばならない基礎がまとめられた必読書。それが、『日本語の作文技術』だ。

習熟度によって、読むべき「入門書」は異なる

 冒頭であれこれと書いてきたけれど、ぶっちゃけ、万人に当てはまる「最初の1冊」なんてものはないとも考えている。

 義務教育で学ぶとは言っても作文の習熟度は人によって異なるし、文章を書く目的だってさまざまだ。先に挙げた文豪による『文章読本』の解説は現代にも通じるが、それが現代人の誰もに必要な知識であるとは限らない。実際、数十年も前の作文技法を身につけるよりも、最新の「ビジネスで使える効率的な書き方」を学んだほうが実生活では役立つように感じられる。

 そのような書き方を学べる「最初の1冊」として自分がこれまでおすすめしてきたのが、『新しい文章力の教室』だった。「『良い文章』とは『完読される文章』である」と定義し、仕事上の文章にもネット上の文章にも当てはまる「書き方」がまとめられている本書は、このブログの読者層にもぴったりであるという実感があった。ほかの個人ブログの多くでも紹介されており、感想記事を読んでは「この本、やっぱりいいよねー!」と共感していた覚えもある。

 ところが、そうやって『新しい文章力の教室』を取り上げているブログをしばらく追いかけていたところ、ふと気がついたことがあった。本の内容を実践することによって、目に見えて文章が改善されたブログは少なくない。しかし同時に、記事全体の流れはしっかりしている一方で、個々の文章に拙さが見え隠れしてしまっているブログも散見されたのだ。

 理由ははっきりとしている。『新しい文章力の教室』を読んで内容を理解し、実践する能力はあっても、もともと持っている「作文」の知識が不完全なのだ。一読すれば違和感に気づけるような部分に読点が入っていたり、接続詞の使い方がおかしかったりするために、前後の文脈がぶった切られてしまっている。おそらくは文章を読み書きする習慣が少なく、一念発起して勉強しようとしたがゆえの事態だと推測される。

 もちろん、その人なりに書き続けることによって自然と矯正される部分もあるとは思う。作文も結局のところは試行錯誤の繰り返しであり、「真似て学ぶ」という側面がある。読み書きの習慣を持つことで文章力が培われれば、やがては自分の文章の違和感にも気づけるようになるはず。別に何の問題もない。

 ただ、「『新しい文章力の教室』は必ずしも “最初の1冊” に適していない」という事実は、自分にとっては大きな気づきだった。言われてみれば当たり前のことではあるものの、作文の知識にも個人差があり、文章を書く目的も各々に異なり、時と場合によっても適した本は変わってくる。他人に「書き方」の本をおすすめするにしても、その人の知識・技術・目的などによって、何を推薦するべきかは違ってきて当然なのだ。

 では、『新しい文章力の教室』が適していなかった人──それまでに読み書きの経験に乏しく、基礎となる作文技術に不安がある人──には、どの本を勧めればいいのだろうか。そこで候補として挙がってくるのが、ネット上でも頻繁に書名を見かける本『日本語の作文技術』だ。

『日本語の作文技術』と『理科系の作文技術』の違い

 1976年に初版が発行され、2015年には〈新版〉として改めて発売された本書。書店では「学生向けの文章本」として紹介されているイメージも強く、特に新年度の前後には『理科系の作文技術』と並べて平積みされている光景を目にする。30年以上にも及ぶロングセラー本であり、レビューサイトでの評価も高い。

 『日本語の作文技術』が長年にわたって売れ続けているのは、書かれている内容が誰にでも習得可能な「技術」であるからだ。「名文」や「うまい文章」を書くには一種の才能が必要となるが、「わかりやすい文章」ならば誰にでも書くことができる。本書が提示するのは、その「わかりやすい文章の書き方」だ。

 ところで、本書同様のロングセラー本として、今しがた挙げた『理科系の作文技術』の存在もある。 “理科系” の一語を見て「自分には関係なさそう……」とスルーする文系出身者もいるかもしれないが、むしろ文系の人にこそ読んでほしい。簡潔明瞭、かつ論理的な書き方を論じたこの本は、ひとまとまりの文章を質の高い「読み物」として完成させるにあたって役に立つ。特に「文章構成」を学ぶには最適な1冊であり、また「事実と意見」の書き分けを示した章は、仕事上の文書やブログ記事などを書く際の参考にもなる。

 そのように文章全体を見据えた『理科系~』に対して、『日本語の作文技術』は全体を構成する一文一文に焦点を当てた内容となっている。句読点はどのように打つか、漢字とカナのバランスはどうするか、助詞はどのように使えばいいか、修飾の順序に決まりはあるのか──などなど。ひとまとまりの「読み物」として全体を俯瞰して捉えるのではなく、ひとつひとつの「文」をいかに「わかりやすい文章」にするかをミクロな視点で考える。『日本語の作文技術』はそんな1冊だ。

 ゆえに、『新しい文章力の教室』を読んでも文章の上達が実感できなかったという人にこそ、本書をおすすめしたい。全体を見据えた「完読される文章」を考えるよりも前に、それよりも小さな単位である一文一文を検討することによって、「わかりやすい文章」を書くことを目指す。学校の国語の授業でも示してくれなかった真の意味での「作文技術」を教えてくれるのが、この本だ。

 どちらもロングセラーの文章本でありながら、微妙に方向性の異なる2冊。その違いについては、Amazonのレビューに書かれていた表現が的を射ているように感じた。曰く、「文書(document)の作成方法をまとめた『理科系の作文技術』に対して、文章(sentence)の記述方法を示したのが『日本語の作文技術』である」とのこと*3。読むことで得られる知識は異なるものの、いずれもが誰かにとっての「最初の1冊」たりえる内容であるし、2冊ともに読めば、マクロとミクロが合わさり最強に見える。

 また、「普段から人並みには読み書きをしているが、改めて基礎を確認したい」という人にも『日本語の作文技術』はおすすめだ。修飾の順序にせよ句読点の位置にせよ、「なんとなくフィーリングで決めていた」という人は少なくないはず。そんな人にとって、本書の説明は有意義に感じられることだろう。

 万人に勧められるわけではない。けれど、多くの人にとって「最初の1冊」たりえる本であることは間違いない。「長年にわたって売れ続けている」という事実こそが、その証左であるように思う。

 

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