近くて遠い、お寺さん〜週末はお寺のイベントへ


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「テラ ヘ ユケ!」

 私はどうしても、洋風旅館へ戻らなければならなかった。昼食のためではない。実をいうと、私はその時間さえ惜しいくらいだった。ただ、お寺に行きたいという意志を、チャに伝えられなかったからだ。ようやくチャにわかってもらえた。宿の主人が、まじないめいた言葉を発してくれたからである。

「テラ ヘ ユケ!」

ラフカディオ・ハーン『日本の面影』

 

コンビニよりも身近な、あの建物

 僕らの生活に密着した身近な施設と言えば、まずコンビニエンスストアは外せない。「あなたと、コンビに、ホニャララマート♪」なんて全力で寄り添ってくるコンビニチェーンの存在は有名だけれど、たびたびミクさんとコラボしているから許せる。かわいいは正義。古事記にもそう書かれている。

 北は稚内、南は石垣にまで展開している、コンビニ*1。人通りの少ない地方では夜閉まるにしても、都心部はもちろん、ある程度は人通りのある国道沿いであれば、24時間営業は基本。その数、なんと全国50,000店舗以上にも及ぶとか*2。ひええ。

 しかし、そんなコンビニですらも、全国津々浦々に奉られた八百万の神々には敵わない。文化庁の『宗教年鑑』によれば、全国に点在する神社の数は80,000以上*3。流石に「800万」とは行かずとも、とんでもない戦闘力である。

 しかも神社とは別に、国内に現存する寺院は77,000を数えるという話だ。確かに「教会」の類は気をつけて探さないと見つからないが、寺社仏閣に関しては人里離れた山奥にちょこんと突っ立っているところもあるし、現代においては都心のビル街にも馴染んで存在感を発揮している。総数と目にする機会だけを考えれば、僕らにとって最も身近な施設と言えそうだ。

 

 寺社仏閣、年にどのくらい行く?

 とは言え、日常的に神社・寺院に足を運ぶ人がどのくらいいるかを考えると……その数は、さほど多くないのではないかしら。はっぴーにゅーにゃーで最低年1回。他には法事や地域のお祭、散歩の通り道といった辺りが関の山では……?

 毎週月曜日にはジャンプを買いに行ったり、ちょっと小腹が空いたら立ち寄ったりするコンビニと比べれば、その利用頻度は圧倒的に少ないのが現状であるように思う。どこへ行っても目に入る、最も近い存在。けれど、訪れても建物を眺めてお参りする程度の、遠い存在。若い人だと、そんなイメージを持っている人も少なくないと思う。

 かくいう自分も、小さい頃の「お寺さん」のイメージと言えば、脳裏に浮かぶのは京都&奈良。世界遺産をはじめとした、有名かつ壮大かつ荘厳かつ参拝客でどびゃーっと溢れかえった、大きく広い観光地。

 数百年前から存在しているという建物や仏具に歴史の息吹を感じ、決して記憶はしないだろう由来を読んで「ほへーっ」と息を漏らすような場所でしかなかった。もちろん男の子として「龍」をモチーフにした展示物には心惹かれたし、木刀は必須。そんなことより生八ツ橋食べたい。

 しかし一方で大学生くらいになると、ぶらり一人旅の道中で訪れた小さな寺社仏閣や、名も知らぬ社・祠などに畏敬の念を抱くようになり、自発的にお参りするような機会も増えた。

 道中の安全の祈願と、その土地におじゃましていることへの挨拶として。特段に信じている宗教や上位存在はないけれど、なんちゅーか、その土地土地を見守っている“なにか”がいてもおかしくないという思いはあるのですよ。狐耳のちびっ娘だったらいいな。みけつかみくんでもおk。

 

最近は「お寺」と「お坊さん」がアツい?

 そんなこんなで、近くに存在はあるけれど、どちらかと言えば自分にとっては「旅」という「非日常」の場と密接に関係していたお寺さんですが、最近は定期的に通うような機会ができた。四半世紀生きてきて、ようやっと僕のところにもTERAが来た。

 きっかけは、高野山東京別院阿字観(あじかん)実習『FREE TOKYO』で紹介されているのが目に留まって、誰にでもできるお手軽な「瞑想」という文言に心惹かれたので。“とくこう”と“とくぼう”が上がりそう。

 初めて訪れたお寺さんの「教室」は、老若男女100人以上が集まる活気溢れる催しだった。……とは言っても、瞑想体験自体は静かに、穏やかな流れでもって進行されていた。住職さんに言われるままに頭を垂れ、所作をこなし、座禅を組み、ただただ自身の内へ内へと向かっていく。初めての人も毎回結構な割合を占めており、参加の敷居は非常に低い印象。

 1回の参加で満足しきるかと思いきや、自分にしては珍しく、もう何回かこの「阿字観」に通っております。全てを消してリライトするのではなく、自分の内側をお掃除&整理整頓、ループ&ループ。月2回開催という頻度も程よく、寝坊しなければ向かうようにしている感じでござる。

 こういった「お寺さん」で催される教室の類は昔からあったのだろうけれど、最近はそれがネットやテレビで取り上げられる機会が増えたように思う。光明寺の“寺カフェ”こと神谷町オープンテラスを代表として、香林院の寺ヨガとか、四谷の坊主バーとか、テレビ朝日の『ぶっちゃけ寺』とか。

 坐禅や写経に限らず、音楽やアートとコラボしたイベントや映画の上映会など、もはや一種のイベントスペースとして機能しているまである。横文字を使うと違和感あるけれど、昔から行政的な役割を持っていたり、祭事に行事を取り仕切っていたりと何ら違和感のある光景ではないのかもしれない。これぞ現代の、寺フォーミング。

 何より、身近にある癒しの空間、あるいは非日常的な空気をもった異世界として、週末に訪れるには絶好のスポットだと個人的には思う次第であります。とりあえずイベントに参加してみたいという人は、「寺子屋ブッダ」あたりのサイトで探して足を運んでみてはいかがかしら。さあ、行こう、

 

 

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