『砕け散るところを見せてあげる』2周目でわかる、恋と罪と家族の物語


 最初は、王道のボーイミーツガールかと思った。ヒーローに憧れる少年と、いじめられっ子の少女。テンポの良い会話は読んでいて楽しく、気づけば時間を忘れて読みふけっていた。

 ところが中盤から、「これはおかしい……というか、どっかで読んだような……?」と既視感を覚えた。急展開を見せる物語展開と、撃ち落とすべき「UFO」の比喩から思い出されたのは、無力な2人の少女が「砂糖菓子」でもって抗う物語。大好きな作品だ。

 甘くも残酷、やるせない結末に落ち着いたそれとは異なり、本作はハッピーエンドで終わるかと思われた。……が、その期待は辛くも終盤でひっくり返され、地の文による怒涛の展開が繰り広げられる。撃ち落とされたUFOと、2人の死んだ人間。最後には、訳のわからなさだけが残った。

 頭の中が大量の疑問符で埋め尽くされ、改めて冒頭部分を読み返し、再び最後の数十ページを追いかけて、追いかけて、追いかけて――ようやく、腑に落ちた。

 これは、いじめに立ち向かう少年少女の青春小説であり、独特の構造を持ったミステリーであり、そしてなによりも、喪失すらも温かく受け入れる「家族」の物語。何度も読み返したくなる、不思議な魅力を持った作品です。

“小説家・竹宮ゆゆこ”が拓く、新境地

 ――というわけで、竹宮ゆゆこさんの『砕け散るところを見せてあげる』を読みました。ぶっちゃけ、帯に書かれた「最後の一文、その意味を理解したとき、あなたは絶対、涙する。」の文句は、ちょっと方向性が違うんじゃないかと思った。……わかるんだけど! わかるんだけどー!

 竹宮さんと言えば、世間的には『とらドラ!』『ゴールデンタイム』といった作品で有名な、ライトノベル作家さん。思春期・青年期の男女ならではの心の機微と恋愛模様を主に描いており、ラノベ作品としてはドロドロの人間関係を読むことができます。大好物です、はい。

 その一方で、2014年に創刊された新レーベル「新潮文庫nex」にも参加し、一般文芸に近い文体で書き下ろされた『知らない映画のサントラを聴く』は、そこそこ評判だった様子。ある意味では、弊ブログにもぴったりの作品でござった。ぐーるぐるっ。

 そんな竹宮さんの新作として、同じく新潮文庫nexから新たに刊行されたのが、本作『砕け散るところを見せてあげる』です。ふゆの春秋さんの淡く鮮やかなイラストもお気に入りの『知らない映画〜』に対して、本作の表紙絵は浅野いにおさん。……なんだか、「タダ事では終わらなそう」な予感がしてしまうのは、浅野さんの漫画作品の印象が強いせいかしら。

 実際にページを捲ってみると、案の定。

 やはり、タダ事では終わらなかった。
 こんなん、1回じゃわからんでよ……。

少女が抱える“UFO”と、撃ち落とすことで生まれた新たな円盤

 本作の主人公は、大学受験を控えた高校3年生・濱田清澄。ある日の全校集会の最中、いじめに遭う1年生の女子生徒・蔵本玻璃を助けようと割って入るが、彼女から返ってきたのは「あああああああ!」という絶叫と拒絶だった――というのが、裏表紙にも書かれているあらすじだ。

 「いじめ」という重苦しいテーマを抱えていながらも、この物語は読んでいて相当におもしろい。ギャグと言葉遊びを交えて繰り広げられるキャラクター同士の掛け合いは楽しく、“竹宮ゆゆこ節”は健在。メインの2人だけでなく、周囲を取り巻く友人も魅力的でござる。

 他方で、本文を読み進めていると、繰り返し使われている象徴的な単語がいくつか目に留まる。徹底して玻璃の味方であろうとする清澄が語る「ヒーロー」に始まり、関連して「孤独」を肯定的に捉えていることもよくわかる。そして、その対極に位置するのが、冒頭にも書いた「UFO」だ。

「それでいい、って思ってたんです。いつの間にか、私は全部、それでいいってことにしてました。いじめられるのも、他のこともです。いろんなこと全部です。私の思い通りにならないことは全部。目には見えないしても届かない、あるって言っても誰も信じてくれない、私の空のUFOのせい。だから私にはなんにもできない。どうしようもない。諦めるしかない。……なのに、」

 寂しくて深い闇の中で、玻璃の瞳だけがキラキラと強く光っている。

「先輩は、私のUFOを見つけてくれた」

 両親の離婚や、学校でのいじめ、理不尽なことをすべて押し付ける仮想敵として、いつも玻璃の上空を漂っている未確認飛行物体。その比喩が「UFO」であり、清澄が立ち向かうべき相手である――はずだった。途中までは。終盤、実はそれが単なる“仮想敵”ではないことが明らかになる。

 ところで、思春期の少年少女が“理不尽”と戦う物語中に登場する比喩として、本作を読みながら真っ先に思い浮かんだ表現・作品があった。アレです、桜庭一樹さんの『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』。Amazonレビューを見たら、他にも思い浮かんだ人がちらほらいた様子。やっぱり。

 個人的にも大好きな作品なので、気になる方はぜひ読んでいただきたいのだけれど……コミック版もおすすめよ!)、架空の甘ったるい“弾丸”を撃つしかなかった少女2人と、そのやるせない結末と比べて、本作はまだ救いがあるように見えた。なんたって、ヒーローがいるんだから。

 “UFO”を撃ち落とさんとする“ヒーロー”こと、主人公・清澄は好青年として描かれており、なんとなく安心感があったのです。――これはきっと、理不尽を覆す正義の味方の物語なんだ、と。

 ところがどっこい。撃ち落とされたUFOは、また新たな円盤を生んだ。何の力も持たない少年少女が戦うべき現実の理不尽、“仮想敵”として漂っていたはずのそれは、その実、まったく別の意味合いを持つ存在だった。文中でははっきりと明言されていないけれど、僕は「トラウマ」もしくは「罪」と呼べるようなものなんじゃないかと考えている。……どうかしら?

読み返すことでやっと気づける、温かな「家族」の物語

 そんな本作を最後まで読み終えて最初に感じたのは、一口に言えば「戸惑い」だった。というか、ぶっちゃけ理解不能。何かが起こり、誰かが死に、そして何かが残ったことはわかったけれど、前後の文脈がつかめない。“あなたは絶対、涙する。”とは、なんだったのか……。

 そこで、「どうせ最後まで読みきったし、ネタバレ上等じゃオラァ!」と言わんばかりにふらふらとAmazonレビューを読みに行ったところで、ひとつの感想……もとい「助言」が目に入った。

ラストの意味が分からなかった方はネットのネタバレ解説をあさる前に冒頭の20ページまでを読み返してみてください。
その上でもう一度293ページ辺りからラストまで読んでみれば自分自身で理解できると思います。

Amazon.co.jp: 砕け散るところを見せてあげる (新潮文庫nex)の ハギさんのレビュー

 なるほど、了解した!
 そこで改めて読んでみて……やっと理解した。

 冒頭の謎のやり取りと、ただの自室のワンシーンに過ぎないはずの文章が持っていた意味が。誰が何を語り、2人を襲った“事件”の顛末と、その先の未来で誰が死に、“UFO”が如何にして撃ち落とされたか。こいつは……すごい。

 ひとつの構造が明らかになって、目の前の景色が急に開けて広がるように、物語全体の構造とテーマが一挙に腑に落ちる感じ。長らく味わっていなかった爽快感を、読み終えた最後の最後に感じることができて、感無量。そして本当に最後の瞬間、明らかになった主題を知って、確かに、ちょっとだけ、涙ぐんだ。でもそれは、“最後の一文”ではない。ここだ。

 白い息を吐きながら、俺はひそかに母さんとの間をすこしだけ空けた。もし来るなら、ここへどうぞ。いつでもどうぞ。

 最初はどんなものかと思ったけれど、読了したあとになって見れば、「これは、いいものだ!」と自信を持って勧められる1冊です。筆者の作品が好きな人はもちろん、ラノベを読まない人にも。

 でも一方では、賛否両論があって当然の小説だとも思う。それまで感情移入していても、終盤の展開で「我に返る」人は少なからずいそうだし、それが終わったあとの文体・構成もなかなかわかりづらい。そういう構造だと理解した今ですら「まわりくどい!」とツッコめるくらいなので。

 とは言っても、そういった“くどさ”があったからこそ、読み返して「わかった」ときの感動もひとしお。この感想文もいつも以上に筆が乗っているあたり、あれこれと語りたくなる魅力もある。まずは書店で、冒頭の数ページだけでもちょろっと、ぜひ手に取って読んでみてくださいな。

 

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