学生時代にぬるま湯に浸かってきた人が、いざ入社してしばらくすると「勉強しなくちゃ……!」と学習意欲に目覚めるのは、一種の「社会人あるある」だと思っている。僕がそうでした。
業務に関係のあることのみならず、それ以外の分野でも。特にここ数年、歴史や数学を「学び直す」たぐいの本を書店でよく見かけるのは、その手の需要が高まりつつあるからなのではないかしら。仕事が楽しくなってきた若手社員の学習意欲に答えるための、学び直し本。
そんな欲求に目覚めた人が、就活生──俗に「意識高い系」と呼ばれる──と異なるのは、「ある程度は『学び』の方向性がはっきりしている」点にあると思う。
と言うのも、漠然とした指針を頼りに進めるしかなかった就活に対して、実務の伴う会社員生活は、良くも悪くも自分を丸裸にしてくれる。力不足を嘆き、教養のなさに恥ずかしさを覚え、自分に「足りないもの」が自然と見えてくる。なかには「思ってたのと違う……」と違和感を抱き、退職してしまう人もいるかもしれないけれど。僕もそうでした。
いずれにせよ、そうした力不足の実感は、「勉強しなくちゃ……!」という学習意欲につながりやすい。降って湧いた欲求に突き動かされるように、教養を身につけるためにビジネス書を読み、見聞を広げるべくセミナーに参加し、資格を取るために勉強する。ある程度は目指すべき方向がわかっているため、就活のような焦燥感もなく、楽しみながら学べているという人も多いのではないかと思う。
ところが、そう簡単には事が運ばない場合もある。資格の勉強など、目標が明確ならばともかく、それ以外の分野では、「学び」のゴールや目的がはっきりとしていないことも珍しくないからだ。
マナー、会話術、文章の書き方、営業のノウハウ──など幅広く手を付け、知識は身につけることができた。しかし、必ずしもそれが実務で役立つとは限らない。学校の勉強のように試験があるわけでもなし、学んだことが実力に結びついてるのかも不明瞭だ。
成長が実感できなければ、やがて「自分が勉強していることに意味はあるのかな……?」などと疑念を抱くようになっても不思議ではない。学習それ自体を楽しめているうちはいいけれど、なんだかんだで、目標設定がないと勉強を続けるのは難しいようにも思う。僕はそうでした。
そのような問題と向き合い、大人の「学び」の方向性を示してくれるのが、本書『働く大人のための「学び」の教科書』です。
想定読者は「30代以上のホワイトカラーのビジネスパーソン」とのことだけれど、もっと幅広い層に勧められそう。なんたって、「20代の自営業(元ブルーカラーっぽい営業職)」という、まるでかすりもしない自分が読んでも役に立つ内容だったので。と同時に、「新入社員時代に読みたかった!」とも強く感じました。
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“大人は、何もしなければ、次世代の子どもよりも劣る存在になってしまう”
本書の筆者は、東京大学で人材開発研究に携わっている准教授。企業の人材開発・リーダーシップ開発に「研究者」として長年取り組んでいる方なので、そこらのハウツー本よりは説得力があるのではないかしら。かと言って難解な内容ではなく、専門用語はなるべく使わない、易しい1冊となっている。
まず、「大人の学び」とはそもそも何だろう。
ぶっちゃけ、ただ「勉強する」だけならば自分ひとりでもできる。改めて「学び方」を考える必要などなく、本を読むか、セミナーに通うか、大学院に入る選択肢だってあるのだから。学びの切り口や方法にルールはなく、それこそ “大人” の資金力でもって、多様な手段を用いて学ぶのは難しくなさそうにも見える。
しかし一方で、それは「自由すぎる」と言い換えることもできる。提示されるカリキュラムに従い、最適化された手順で学習し、先生に言われるがままに課題をこなしていればよかった学校とは異なり、「働く大人の学び方」は誰も教えてくれない。自由すぎるがために、戸惑ってしまう人もいるのではないだろうか。
それ以前に、大人にとって「学ぶ」とは、どういうことだろうか。なぜ学ぶ必要があるの? 目の前の仕事のほうが大切なのでは? 余暇を犠牲にしてまでやる価値のあるものなの? 学ぶにしてもその方法は? 学び続けることで得られるメリットって何?
──なぜ、大人は学び続けなければならないのか。
当たり前と言えば当たり前、でも改めて聞かれると、「これだ!」というピンとくる答えが咄嗟には思い浮かばない、ひとつの問い。この問いに対して筆者は、現代の社会構造を提示し、そこから「学び」の必要性を導き出している。
その “構造” とは、健康寿命がますます長くなる一方で、知識も技術も短いスパンで更新されていく変化の速度にある。仕事人生が長期化していく現代、かつ目まぐるしい変化にも対応していかなければならないなかで、自分のキャリアをどのように考えればいいか。
そのような現代日本の労働事情の問題にも軽く触れつつ、「学び」の大切さを説いていく第1章から、本書は始まる。そのなかでも、「大人は、何もしなければ、次世代の子どもよりも劣る存在になってしまう」という指摘は、まっこと象徴的に感じられた。
今なお進化し続ける現代社会においては、環境の変化に合わせて自分を適応させていかなければ、「大人は大人でいられなくなる」というのだ。価値観の変化を受け入れられず、あやまちを認めることもできず、自分の地位にしがみつこうとする “大人” の存在が、そんな現状を端的に示しているようにも思えてくる。そういや最近、そんなニュースもありましたね……。
では、そんな現代社会において必要な「大人の学び」とは、いったいどのようなものなのだろう。本書のテーマでもある「大人の学び」について、筆者は次のように定義しています。
「自ら行動するなかで経験を蓄積し、次の活躍の舞台に移行することをめざして変化すること」
本書が提示しているのは、そんな「大人の学び」の3つの原理原則と、学習を加速する7つの具体的な行動。
「勉強しなくちゃ……!」という学習意欲に突き動かされるまま闇雲に学ぶのではなく、自分に適したスタイルを確立するための「学び」の指針を提案している。
大人だからこそ、「背伸び」が必要
この手の「学び方」を紐解いた本を読んだことがある人は、もしかすると、「言っていることは他の本と同じじゃない?」と感じるかもしれない。
「多くの自己啓発書は、極端に単純化すれば、『行動しろ』『本を読め』『試行錯誤を忘れるな』という主張で共通している」という、アレ。実際、第3章の「7つの具体的な行動」では同様のことが書かれているし、本書の要約を見て、「あまり真新しさを感じない」という人がいてもおかしくはないように思う。
じゃあ、わざわざ読む必要はないんじゃないか──と思われるかもしれないけれど、当然、そうとは言い切れません。
むしろ本書には、多くの本ではスルーされがちな、「『学ぶ』ことの大前提から紐解いている」という特徴がある。しかも、複数人のエピソードを交えた実例も収録しているため、方法論だけを書いて投げっぱなしな本と比べれば、こちらのほうが親切であるように感じられた。
先ほどちらっと触れた「大人の学び」の原理原則が、その “大前提” に当てはまる。具体的な方法論に入る前、第2章で3つの原理原則を取り上げることで、その「学び」の前提をしっかりと確認している格好だ。
「行動しろ」と言うが、なぜ行動が大切なのか。「試行錯誤」とは言うが、どのように考えればいいのか。当たり前すぎるがために「なぜ」が欠落してしまいがちなポイントも、ひとつひとつ順番に確認してくれている。かゆいところに手が届くのが、本書の魅力のひとつだと感じた。
- 背伸びの原理
- 振り返りの原理
- つながりの原理
「振り返り」と「つながり」の原理については、改めて確認するまでもないかもしれない。ただ、「振り返り」の項目では具体的に3つの問いを立てることを、「つながり」の項目ではコネうんぬんではなく、成長の幅を広げるために必要な存在としての他者の大切さを説いており、興味深く読めた*1。
一方で重要だと感じたのが、「背伸び」の原理。これは一口に言えば、「人間が能力を伸ばすときにはなんらかの背伸びが必要である」という指摘。現在の能力では少し難しく感じること、他人の助けを借りなければ実現不可能なことに「背伸び」して挑戦することで、主体的に「学び」を得るための考え方だ。
これもいわゆる「成長には痛みを伴う」に相当する指摘ではあるとは思うのだけれど、本書ではそれを、よりマイルドかつ前向きに捉えているように読めて好感を持った*2。
と言うのも、これを「痛み」という言いまわしで理解してしまうと、「辛いことにも進んで取り組む」という方向で過大解釈してしまいかねないと思うので。もちろん、いざという時には辛いことにも立ち向かう必要はあるだろうが、それが許容範囲を超えてしまえば逆効果。不安ばかりが募るような精神的に苦しい状況下では、「学び」も何もあったもんじゃない。
もちろん、ぬるま湯に浸かっているばかりではいけない。けれど、無茶ぶりに対応するあまり、パニックに陥ってしまっては元も子もない。
ほどほどに「背伸び」をすることの大切さを前提のひとつとしてスタートしている本書は、前述の第1章に書かれた「学び」の大切さの説明とあわせて、現代的かつ現実的な「大人の学び」を提案しているように読める。そして、これら3つの原理を基盤として、第3章では具体的な7つの行動を取り上げていく。
七人七色の「学びの履歴書」がおもしろい
あまり詳しく書きすぎるのもアレなので、第3章は箇条書きにて割愛。詳しくはぜひ、実際に手に取って読んでみてくださいな。
- タフアサイメント=タフな仕事から学ぶ
- 本を1トン読む
- 人から教えられて学ぶ
- 越境する
- フィードバックをとりに行く
- 場をつくる
- 教えてみる
そのうえで最後の第4章では、以上のような「大人の学び」を実践する7人に話を聞き、その仕事人生をロールモデルとして紹介している。
メーカーに勤めながら復業を楽しむ人、エンジニアとして働きつつ宇宙開発ベンチャーにプロボノで参加するようになった人、外資系IT企業に16年勤めてから大学に入学した人など、34歳から49歳まで十人十色──もとい七人七色の「学びの履歴書」が読める。これが、思いのほかおもしろかった。
7人の文章はそれぞれがエッセイ風に書かれており、文末に筆者が解説を添えるという構成。現在の仕事環境を見れば、誰も彼もが「できる大人」という印象を受ける一方で、20代のころは悶々と過ごしていた人も多いように見受けられるのが印象的だった。そしてやはり、悶々と過ごすなかでも「自己投資は惜しまない」という共通点があることも。
それも、各々の仕事環境の移り変わりや、「学び」の方法をただ淡々と書くだけでは終わらない。方法論を一般化してまとめたハウツー本ではまず読むことができないだろう、「仕事人生での気づき」が一人ひとりの文章に書かれており、読み物としても純粋におもしろいのだ。たとえば、以下のような。
人生観・価値観って、所属する職場や参加しているコミュニティによって左右されるのだと痛感しましたね。(P.167より)
「何が起きてもいいように」という「備え」で学んだものは無駄なのだなと痛感しています。それより、「楽しく夢中になって、終わってみたら何かに使えた」というほうが自然なようです。(P.183より)
学び始めたころは、とにかく興味があったものは行ってみる、というスタンスでやってきましたが、自分の方向性が定まってきた最近は、「源流に学ぶ」ということと、「誰に学ぶか」を大事にしています。(P.245より)
7人の「履歴書」にどれひとつとして同じものはなく、しかし「学び」の目線で見ると共通点がある。7人の文章からは、ここまでに取り上げた「3つの原理原則」と「7つの行動」が垣間見えるのだ。それが、本書の説得力を増しているように感じられた。
若手だろうが中堅だろうが関係なく、これからはますます学ぶこと、学び続けることが大切になってくる時代で、どのような「学び」を育んでいけばいいのか。時には別の世界へ越境し、時にはせっかく得た経験を捨てることすら勧める本書は、変化の激しい現代を生き抜くための指針となるはずだ。
冒頭にも挙げた「30代以上のホワイトカラー」をはじめ、まだ年若い新入社員にもおすすめしたい1冊。