改めて、「もう10年以上になるんだなー」と実感した。
そのゲームと出会ったのは、まだ学生だった頃。まだ「オタク」の肩身が狭かった当時、某泣きゲーがきっかけで深夜アニメを観るようになった自分が、初めてのオタク友達から勧められた作品だった。ちょうど、アニメ化される少し前くらいだったかしら。
学校帰りに、半ば押し付けられるように渡されたノベルゲーム。
何の事前知識もないまま、少しずつ進めていこうとパソコンで読みはじめた、次の瞬間──気がつくと、朝になっていた。あまりのおもしろさに、日常が殺された。それから数日、家に帰れば時間が許すかぎり読み耽り、生活に支障を来すレベルで夢中になっていた覚えがある。
あれから10年。
今となっては当時のことも懐かしく、「いやー、そういや学生時代、何日も徹夜して読んでたノベルゲーがあったわー、あの頃は若かったわー」なーんて思い出したように懐古するくらいかと思いきや……ところがどっこい。
驚いたことに、現在進行形で劇場版が展開中だよ! なんでさ!
2010年の映画化でも大喜びだったのに、まさかの再アニメ化に続き、ダメ押しの劇場版。2004年の発売から10数年を経て、ついに劇中の全ルートが映像化されることに。多分、当時の自分に聞いても信じないんだろうな……。あるいは「遅ぇよ!」とか言いそう。
2017年現在、相も変わらず僕は、『Fate』という作品世界の虜になっている。
それにしても、10年は長い。
原作の発売年から数えれば、13年。これまでに数多くの関連作品が発表され、しかもその世界観は今なお拡大中。2015年にリリースされたスマホアプリは1100万ダウンロードを突破し、海外でも人気を博しているという現状。パない。
しかし、10年以上──さらにそれ以前、同人時代の作品にまで遡れば、20年近くが経っていることもあり、その全容を把握するのは困難になりつつある。スピンオフ作品まで含めれば、古くからのファンですら、全体を整理し概括するには時間を要するはず。
どこかに、良い感じにまとまった資料はないのかしら……。
──というわけで、そんな需要に応じてかどうか……はわかりませんが、先日発売されたこちらの本『TYPE-MOONの軌跡』を読みました。待ってましたー! 筆者は、坂上秋成(@ssakagami)さん。最近だと、4Gamerのインタビュー記事などを担当しています。
近所の小さな書店をいくつかまわってみるも当然ながら見つからず、都心のメロンブックスまで出て、ようやく平積みされた本書を発見。特典のクリアファイルもゲットしたホクホク顔のまま、ポカポカ日和の公園で一気読みした次第です。
いやー! よかった! ホクホクがポカポカになって、ニッコニコだよ! 今なら、ガチャを回せばじいじが出る気がする!*1
そんなわけで、ざっくりと感想をば。
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なぜ、TYPE-MOONの作品はこれほどに魅力的なのか
やたらと長い前置きを混ぜっ返すようでアレですが、「TYPE-MOONについて整理して語ること」が難しいのは、何も「20年近くの歴史があるから」「派生作品を含め世界観があまりに広大だから」というだけではありません。
本書冒頭の言葉を借りるなら、それは「TYPE-MOONが誰にも真似することのできない、オリジナルの『世界』を創り続けてきた」*2から。
なくてはならない大前提として、メインライターである奈須きのこ*3さんの文章があり、原画を務める武内崇((武内崇 - Wikipedia))さんによる表情豊かなキャラクターイラストがあったこと。中学時代から続く2人の関係性があり、表現したい世界と物語があり、常軌を逸するほどの熱量で創作活動に打ちこんだこと。
そのうえで、同人の舞台で大成功を収め、商業展開においても歴史に残る大ヒットを記録し──などと時系列順に追いかけつつ、売り上げなどの数字を示すことで“歴史”を紐解くこともできますが、本書ではそれを良しとしていません。
むしろ語るべきはその背景にあり、個々の作品の魅力と誕生の経緯にあり、作品同士に跨がる世界観や通底するテーマにあるのではないか──と。本書は「何故TYPE-MOONの作品はこれほどに魅力的なのか」という問いに答えようとするものであり、「作家論であり、作品論であり、時代論でもある」と書いています*4。
「自分たちが面白いと思うものを全力で創る」という彼らの信念を伝え、作品が世に送り出されるまでの経緯や関わった人間たちにまつわるドラマを記録し、個々の作品の魅力を語ることによって、TYPE-MOONが成し遂げてきたことを一本の線として読者に提示すること。
それこそが、本書の最大の役割です。
(坂上秋成著『TYPE-MOONの軌跡』P.5より)
ゆえに始まりは、奈須きのこさんと武内崇さんの出会いから。
中学校の教室での一言「悪い、消しゴム貸してくれ」から始まる交流は、まるで少年漫画の第1話のよう。当時の2人が好んで読んでいた小説、遊んでいたゲームなども具体名を挙げて書かれています。
サークル「竹箒」*5の始動から、当初はホームページ上で連載されていた『空の境界』の執筆過程、そして同人ノベルゲームの舞台へ向かうまでの経緯もまとめられており、コアなファンほど楽しく読めるはず。このあたりのエピソードは、いつかご本人に自伝として書いてほしいと思えるほど。
なかでも印象的だったのが、武内さん目線のエピソード。
自らは仕事と漫画の二足のわらじを履きつつも、「奈須きのこという才能をどうにか送り出したい」*6と考え、奈須さんを焚きつけるべく動き、彼が執筆に専念できるようにサポートする──という献身っぷり、もとい創作にかける情熱がすごい。
奈須さんと共に夕日を見ながら告げた一言とか、マジで少年漫画のワンシーンでは……? 続く第2章でも武内さんの名サポーターっぷりが書かれていますが、当時からすでにプロデューサー的な役割を担っていたように読めておもしろい。
2人の “相棒” っぷりが光るだけでなく、どちらが欠けていてもTYPE-MOONは成り立たないような、そんな奇跡的な出会いであり、素敵な関係であることが伝わってきます。こういったエピソードは本書の節々で見られ、執筆に際して新たに話を伺ったのだそう。
それにしても、「生活費は俺が出すから、おまえは『月姫』に専念してくれ」*7の一言で貯金を切り崩すのはかっこよすぎるというか……武内さん、奈須さんのこと好きすぎでは……? 尊い……。
新規層を型月世界に招き入れる「指南書」
そんな濃密な第1章に始まり、本書で主に取り上げられるのは4つの作品。以下、目次を引用させていただきます。
- 第1章 TYPE-MOONの始まり──奈須きのこと武内崇
- 第2章 『月姫』の辿った道
- 第3章 「システム」の創造──『Fate/stay night』
- 第4章 境界線を切り裂くために──『空の境界』
- 第5章 拡大する「Fateシリーズ」と「TYPE-MOONらしさ」
- 第6章 ノベルゲームにおける達成──『魔法使いの夜』
- 第7章 スマホゲームの可能性を探る「旅」──『Fate/Grand Order』
- 終章 TYPE-MOONという星座
新旧含んだ代表作が並ぶため、古くからのファンは夢中になって読めること間違いなし! 前述のように、各作品の制作経緯はもちろんのこと、メディア展開にあたってのエピソードも盛りだくさん。個人的には、西尾維新さんと講談社ノベルスにまつわる話がおもしろかったです。『DDD』3巻マダー?
その一方で、じゃあTYPE-MOON作品をあまり知らない人──『FGO』で知ったとか、アニメ版『Fate/Zero』しか観ていないという人──にとってはつまらないかと言われると、決してそんなこともないと思います。
それどころか、これからTYPE-MOON作品を知ろうという人にこそ、ぜひとも本書を読んでほしい。そう思えるくらいには、非常に丁寧で魅力的な「指南書」となっているように感じました。
各作品の基本知識と背景のほか、ちょっとした考察を加えた解説も書かれており、作品の特徴と魅力がストレートに伝わってくる。さらには個々の紹介のみならず、他作品とのつながりが “一本の線” になるように描かれているため、自然と読者の興味を引くような構成になっています。
ただし、作品の魅力を説明するには大まかな物語展開に触れる必要もあり、一部では作品世界の核心を突く記述もあるため、ネタバレを回避したい人には向いていません。各所に注意書きが設けられてはいるものの、結構な文量で “核心に触れる記述” が含まれているので……。
“後に続くものたち”に手渡されるバトン
本書は、これからTYPE-MOON作品に触れる人へ向けた「指南書」であると同時に、往年のファンにとっては「歴史書」ともなり得るもの。
ただ、それは事実を淡々とまとめた「伝記」というよりは、読んだ人が過去作品を懐かしみ、思い出を思わず語りたくなってしまう「アルバム」のようにも感じました。
と言うのも、筆者・坂上さんの考察を交えつつ書かれた作品紹介が、自分にはとても魅力的に感じられたので。時に「そういえばそうだった!」と随分前に触れた作品を懐かく感じ、時に「そういう見方もあるのか!」と納得させられるような。賛否が分かれる部分かもしれませんが。
具体的には、直死の魔眼を持つ遠野志貴の「危うさ」、「歪な主人公」としての衛宮士郎、「断片性」が特徴である『空の境界』の物語構成、「文明」への皮肉と含蓄をはらんだ『魔法使いの夜』──などなど。
それは言わば、世間的な評価や個人の感想ではなく、「テーマ性」を切り口として作品を取り上げることによって、未読者にはその特徴と楽しみ方を、既読者には読んだ当時の記憶の想起と別視点からの気づきを、それぞれに与えてくれるもの。
特に、つい最近──と言っても1年前だけれど──にプレイし読み終えたばかりの『FGO』の考察部分は、読んでいて「ほんまそれ!!」と全力で頷きたくなるくらい。見出しの “永遠など少しも欲しくはない” の文字が目に入るだけで、グワーッ! ってなるやつでした。自分は「存在証明」とか書いていたけれど、本書の説明がしっくりきすぎて恥ずかしい……。
【FGO終章】2016年を共に駆け抜けた“色彩”と、“存在証明”の物語 - ぐるりみち。
そして終章、本書の締めくくりとして選ばれた言葉が、型月作品全体を通して特に自分が大好きな一説だったこともあり、最高の読後感を得られたのでした。上記記事でも引用した、『hollow ataraxia』作中の語り。この言葉は、今も自分の心中に息づいている。
──とまあそんな感じで、本記事の前置きがやたらと長くなったこと含め、これこそが本書の魅力なんじゃないかと思います。すなわち、「読めば自分も語りたくなる」こと。
TYPE-MOONの作品を振り返りつつ、自分が感じたあれこれを言葉にしてアウトプットしたくなる。Twitterなどで感想を検索してみても、そのような印象を受けました。もともと、型月ファンがそういった傾向にある、ということも否めませんが。
それこそ、「本書をきっかけにした、型月ファンたちによるトークイベントとかあったら絶対に行くのに!」とか思えてくるような。刊行記念イベントはすでに開催予定かつほぼ席が埋まっているようですが!
単なる “ファン” ならオフ会になっちゃいそうなので、作品に関わっているクリエイターさんたちのトークイベント・生放送が聴けたら理想なんだけどなー。カルデア放送局(ガチ)的なノリで。島崎信長さんや田中美海さんを筆頭に、全作品のネタバレを解禁してひたすら語り合うだけ……みたいな。5時間くらいの生放送でも聴けそうだ……。
そんなこんなで、『TYPE-MOONの軌跡』のざっくり感想でした。
むちゃくちゃコアなファンのなかには物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、新規層も往年のファンも引っくるめて、全方位に向けて「TYPE-MOONの魅力」を語った1冊としては、これ以上のものは出てこないんじゃないかと思います。
新書としての刊行ということもあり、お値段は税込み1,000円程度とお買い得。250ページ以上にわたってTYPE-MOON尽くしの最高の内容となっていますので、少なからず型月作品に触れたことのある人は、ぜひとも手に取って読んでみてください。
現在進行形で人理修復中のカルデアマスターにも、アニメの第4次聖杯戦争をきっかけに入った人にも、さっちんルートを心待ちにしている人にも。誰にも等しく届けられる、貴方のための物語。