『面白ければなんでもあり』? 加点法で考えるラノベ編集者のコンテンツ論


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 「そげぶ」*1を知ったのは、高校生の頃だったと記憶している。

 当時、ケータイのSNSでつながっていたネット友達がやたらと「禁書目録」なる単語を叫んでおり、いまだ中二病が完治していなかった高校男子の目に留まったのがきっかけ。──“禁書目録”と書いて、“インデックス”と読むとな? 異能力バトルもの? なにそれ面白そう。

 案の定ハマり、アニメ化決定の報に狂喜乱舞し、なんやかんやでずーっと追いかけてきたライトノベル、『とある魔術の禁書目録』シリーズ。その担当編集者であり、他にも数々の大ヒット作品に携わってきた三木一馬さん、初の著書が『面白ければなんでもあり』でござる。

 「編集者」としての方法論・考え方を記したハウツー書であり、筆者自身の経歴をまとめた自伝であり、面白い作品の作り方や売り方を分析したコンテンツ論、マーケティング本でもある本書。

 編集志望の学生さんはもちろんのこと、ライトノベル文化が好きな人にとってはその実情と裏話を断片的に知ることもできる、幅広い層へ向けた本であるという印象を受けました。ざっくりと、その感想をば*2

あのライトノベルは、如何にして生まれたか

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面白ければなんでもあり | アスキー・メディアワークスの単行本公式サイト

 公式サイトがあるのはともかくとして、担当作品のキャラクターたちを『ソードアート・オンライン』のabecさんがイラスト化しているという時点でいろいろズルい。しかも気になる目次と試し読みまで載せられたら、こんなの買って読むしかないじゃないですかー! やったー!

 目次にもあるとおり、本書では『とある魔術の禁書目録』『灼眼のシャナ』『撲殺天使ドクロちゃん』『電波女と青春男』など、筆者の担当作品における物語やキャラクターの作り方が具体的に示されている。作家さんとのやり取りも登場し、読み物としても純粋に面白い。

 特に目を引くのは、第二章「 『とある魔術の禁書目録』御坂美琴はなぜ短パンを穿いているのか」でしょう。章タイトルのインパクト勝ちかと思いきや、読んでみると、決定に至るまでの経緯と理由が思いのほか納得できる形で示されていて驚いた。ビリビリかわいいよビリビリ。

作品を志向する大事な要素「家訓」「想定読者」「トレンド」

 本書の前半部分は主に「作品の作り方」に焦点が当てられており、実際に参考となる考え方も多いように思う。僕自身は別に作家志望ではございませんが、広い意味での「表現」の手法として、腑に落ちる指摘ばかりであるように感じました。

 第一章では、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』が爆誕したときの伏見つかさ*3さんとのやりとりを冒頭3ページで描きつつ、作品の作り方を説明していく展開。曰く、作品づくりの前提として重要なのは「家訓」である

その小説で『やりたいこと』を、何をおいても優先すべき『家訓』として定義する

 「家訓」とは、言い換えれば作家のこだわりであり、フェティシズムであり、ひいては個性のこと。それを「性癖」と表現してしまうのは、一部から白い目線が突き刺さりかねないとも思うけれど……割としっくりくるから怖い。──さあ、お前の性癖を数えろ。

 続いて、作品づくりで意識しなければならないのが、言うまでもなく「想定読者」の存在。当然と言えば当然の指摘ではあるものの、そこで、“想定読者にすら刺さらない作品が、想定読者を超えた読者に刺さるはずがない”と言い切っている点は印象的でした。

 さらにもう一点、キーワードとして取り上げられているのが「トレンド」。一般的な意味のそれではなく、本書では「読者の期待すること」「物語のベクトル」という説明でもって書かれております。読んでスッキリできる意味での「期待」と、作品の特徴、あるいは方向性。

 これらの要素を『俺妹』に当てはめると、次のようになるそうな。

  • 家訓:お兄ちゃんと生意気な妹の兄妹愛
  • 想定読者:電撃文庫や電撃G'sマガジンが好きな読者
  • トレンド:可愛い女の子とオタクトーク

 他方、本書の後半部分では「『俺妹』は先のストーリー展開を決めずに打ち合わせを重ねていた」という旨の記述もありましたが、終わってみればあの結末は、たしかに「家訓」の部分はブレていないのかな、と。

 「家訓」こと当初の方針を変更することなく、大人気作品としての話題もそのままに、最終的には賛否両論で完結。これって、実はすごいバランス感なんじゃなかろうか。Amazonで見ても、レビュー数600以上でぴったり「☆3.0」の評価。……大絶賛で終わるよりもすごくね?

いち編集者による、「面白さ」を生むための考え方

 本書は筆者にとっての「仕事目録」であり、穿った見方をすれば「たまたま何作品かヒットしたに過ぎない編集者が、それを自分の手柄としてドヤ顔で語った本」であると読める……かもしれない。いや、そういう人もいるんじゃないか、という可能性の話ですよ。

 自身もそれは重々承知しているようで、本文中ではたびたび「予防線」のようなものも読み取れます。基本的には事実を列挙しているだけですし、普通に読み進めていれば気にするものでもないとは思いますが、それでも言い回しには気を遣っているような読後感があった。

 そんな筆者が一点だけ、他の編集者と自分との違いとして挙げているのが、自分ルールとしての「加点法」の考え方。本文では“人生の加点法”という大々的な表現でもって説明していますが、「編集」という視点ではとても得心のいく指摘であると感じました。

目の前のすべての出来事を「加点法」で考える

 というのも身近に触れることのできる「読者の声」として、現在はインターネットの存在がある。ファンサイトに評論ブログにSNSとその論調はさまざまだけれど、どうしても目立つのは「批判」の声になってしまうんですよね。センセーショナルであるがゆえに、拡散されやすい。

 基本的には「ダメ出し会」になってしまうのが打ち合わせです。作家にとっては一番良いと思っている原稿に文句を言われ続けるのですから、良い気分になる人はいないでしょう。

 だからこそ、いかに「楽しい打ち合わせ」にするかが重要なのです。

 ただでさえ容赦のないツッコミで溢れているところに、クリエイターの理解者であるべき編集者までもが「ダメ出し」に専念してしまったら、いい作品も生まれないのではないか。「ちくしょうやったるわ!」と奮起できる作家さんも中にはいるでしょうが、全員がそうとも思えない。

 そこで筆者が実践しているのが、「加点」を前提とした原稿読み。

 第1稿目では、面白いフレーズや気持ちいい文章表現、キャラクターの個性的な公道、意外なストーリー展開などの「いいね!」ポイントを探る読み方をする。その点をどうやってさらに伸ばすかを話しつつ、裏では「よくないね……」ポイントもチェック。

 第2稿目では、打ち合わせを経て「いいね!」ポイントが増えているかどうかの確認と、細かい整合性のチェック。そして、作家さんには伝えずメモするだけにとどめていた「よくないね……」ポイントが自然に消えているかどうかを確認するのだそうな。

 なるほどと思ったのが、この「よくない部分をすぐには指摘しない」という方針。思い返してみると僕にも経験があるのですが、記事執筆においてスムーズなやり取りができていた編集さんって、まさにこのような方針でもって動いていたような気がするんですよ。

 「褒めて伸ばす」ではないけれど、「いいね!」を増やすための提案に沿って再執筆することで、ふさわしくない「よくないね……」が自然と押し出されて削除される格好。それでも消えなかったポイントは第3稿目で伝えるそうですが、お互いに気持ちよく仕事を進めるひとつの方法として、強く頷ける視点だと思います。

「面白ければなんでもあり」だから、声なき声を汲み取ろう

 先ほどちょろっと「ネット上のツッコミ」について言及しましたが、筆者はそこで「静かなるBUYサイン」を大事にしてほしい、と書いています。いわゆる、サイレントマジョリティ層の話。

 ポジティブだろうがネガティブだろうが、実際の行動に起こして「意見」を発信する人は少数派。それらの「声」を汲み取ることが必要とされる場合もあるけれど、基本的には大多数の「いつも買ってくれる人」を大切にしよう、という考え方ですね。

 これは何も作家に限った話ではなく、あらゆる表現者・職業に当てはまるもの。アニメも、テレビも、ブログも、製品も、サービスも、全部がそう。当然、クレームには真摯な対応が求められるし、ご意見はありがたく頂戴するべき。けれど、一部の悪意に飲まれて身動きが取れなくなってしまっては、誰も幸せにならない。それは……本当にもったいないこと。

 もちろん、これも行き過ぎると自己満足や駄サイクルに陥りかねない考え方だとは思います。しかし、極端な意見や罵詈雑言ばかりが拡張されてしまっている現状では、そのくらいのポジティブさでもって対抗しなければ、縮こまって何もできなくなってしまうようにも感じる。

 そういった事情も鑑みての“人生の加点法”という表現だと考えれば、決して大げさな主張でもないのかな、と思います。第一線で活躍している編集者さんがこうした意見を発することは、同じ悩みを抱えるエディター・クリエイターさんたちにとっての励みとなるのではないかしら。

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 ──と、個人的にも思うところのある精神論の箇所を取り上げさせていただきましたが、 本書には、作家志望向けのハウツーあり、売るための編集術あり、ラノベにおけるイラスト論ありと、多彩な分野の言説を読むことができる一冊でございます。

 「あらすじ」の考え方はブログにも当てはまりそうだし、イラストやタイトル選定の基準も興味深い。『シャナ』の話は首をぶんぶん縦に振りながら読んだ。あと個人的には「その幻想を二桁増やす(ぶちころす)!」のくだりと、『可愛い女の子だと思った? 残念、アフィブログ管理人でした』が好きです。

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*1:鎌池和馬著『とある魔術の禁書目録』主人公・上条当麻の決め台詞を略したもの。/その幻想をぶち殺す!!とは - ニコニコ大百科

*2:ネット上では悪い噂もありますが、こちらでは純粋に「一冊の本の感想記事」としてまとめております。

*3:同作品の著者。/俺の妹がこんなに可愛いわけがない - Wikipedia