下北沢に『やじるし』というラーメン屋がある。
夜には大学生で賑わう南口方面ではなく、個性豊かなファッション・アクセサリーショップが密集する北口の奥。明らかに「道」とは呼べない建物と建物の隙間を通り抜けた先、アパートの1階部分に暖簾を出している、穴場のラーメン店。
過去に何度かメディアで取り上げられ、2011年には『お願い!ランキング』のスピンオフ企画「下北沢で本当に美味しい人気ラーメン店BEST5全て当てるまで帰れま5」にも登場したことで、有名と言えば有名な店舗。なので、厳密にはそこまで “穴場” というわけでもないのですが。
そんな『やじるし』さんのラーメンに、大学生時代の自分は、完全にやみつきになっておりました。正確にはラーメンじゃないっすね。看板メニューとも言える、塩つけめん。
さまざまな味を凝縮した濃厚スープは好みが分かれるところではあるものの、個人的にはドンピシャ。魚介系の風味が感じられるのが好きで、一緒に出てくる炭火で炙ったチャーシューがまた美味いんですよ。
「ラーメンには詳しくないけど、つけめんなら、断然ここ!!」と全力でおすすめするくらいには、大好きなお店でした。
しばらく足が遠のいていたこのお店に、先日、数年ぶりにお邪魔してきました。大学を卒業してから初めてなので、軽く3、4年は空いてしまった格好。ちょっと前に「味が変わった」という噂を耳にしていたこともあり、不安を覚えながら向かったのですが。
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相も変わらず場所がわかりづら……あれ?
初見では辿り着けるかも怪しい、割と本気で意味不明な場所に店を構えている、やじるし。数年のブランクがあるとは言え、何度も通ったあの場所を忘れるはずもなく、意気揚々と真っ昼間の下北沢を歩いて行くと。……あれれ?
……むちゃくちゃわかりやすい看板が出ている。
おかしい。僕が通っていた頃に、こんなあからさまな看板が出ていた記憶はない。さすがにわかりづらいので、いい加減に対応したのかしら。
店舗へ向かう道中はそのままだけれど、なんだか隣にシャレオツなお店が。数年前は保育所っぽい施設があった気がするのだけれど、いつの間にか変わっていた様子。
商店街の方も結構お店の入れ替わりが激しいっぽいし、しばらく来ないと知らないお店が増えていて大変だ。
で、やじるしの入り口……なんだけど、やっぱりおかしい。
ピッカピカの暖簾かけが存在感を放っている。絶対におかしい。僕の知っている、やじるしじゃない。なんとなく、タイムトラベルもので平行世界を訪れた主人公の気持ちがわかったような気がする。
暖簾をくぐると、はじめまして。
とにもかくにも、ここまで来た以上は食べていくべー、と暖簾をくぐり、扉を開けて入って行くと、元気な「いらっしゃいませー!」の声。
……え??
まさか、この店で、入った途端に、声をかけられるなんて、ありえるの……?
――というのは言い過ぎかもしれませんが、そのくらいの衝撃。やじるしの店主さんと言えば、「寡黙で無愛想、だけどそれが良い!」という独特の魅力(と自分は考えている)を持っており、帰り際の「……(ありがとうございま)した」はあっても、入ったときの「……(いらっ)しゃい」は聞いたことがあるかも怪しいレベルだというのに、入店直後に威勢の良い声にどーん!とお出迎えされるなんて、そんなことがこの店であってもいいのかというもはや違和感しかない状態に戸惑うどころか、完全に打ちのめされた格好。だって、そんなの、まるで、普通のラーメン屋さんみたいじゃないですか。いやいやいや、違うんですよ。別に“普通”が悪いとか、接客は最低限でいいとかそういう話ではなく、ラーメン屋に限らずあらゆるお店には個性があって然るべきだと思っていて、通い慣れたこの「やじるし」という店舗の魅力のひとつとして、店主さんのキャラと仕事ぶりがあったと、僕は考えているのです。「俺、つけめん、食う。お前、つけめん、作る」みたいなアレっすよ。確かに一方では、接客がなっていない、料理を提供する飲食店の店主としてはあるまじき態度だ、と批判する人も昔からずーっといたようですが、そこは完全に好みの問題。僕はこのお店に関しては、店の雰囲気と店主さんのキャラ、さらには提供されるラーメンも含めて、落ち着いた最低限のやり取りと、ただただ麺をすするひとときというものが気に入っており、すべて引っくるめて「やじるし」の魅力だと感じていたので。だからこそ、予期せぬ「いらっしゃいませー!」に強く戸惑い、動揺し、入り口で硬直したのです。これは、アレか。本気でリアルなパラレルワールドに迷い込んだ的な状況か。どこの世界線だこんちくしょう。
――と混乱しつつも、いつもの「塩つけめん」を注文し、いただきます。
カウンターを隔てて向こう側にいたのは “いつもの店主さん” ではなく、「ザ・ラーメン屋の店主」といった趣きのおじさんと、「ザ・ラーメン屋の見習い」といった格好のにーちゃんでしたが、まずは食うべし。
スープとチャーシューは、おそらく大きくは変わっていないと思う。久しぶりだし、心中は大きく動揺していたので味覚が正しい保証はないけれど――うん、知ってる味だ。パンチの効いた濃厚スープと、炭の香るチャーシュー。うましうまし。
問題は、「麺」でござる。チュルチュル&モッチモチが特徴の麺が、濃ゆいスープと絡んで、それこそ自分がやみつきになっていた一因だったはず。しかし、この麺は……なんか……固い……?
固麺っぽいことを除けば、他には特筆すべき点の思いつかない、よく食べる「麺」でございました。なんだろう……。いやもちろん美味しいんですよ。美味しいんだけど、なんだか……解せぬ。
店に入る前の違和感と、扉を開けてからの動揺と。それにもしかしたら、「大学時代の自分にとって最高のつけめんだった!」という思い出補正も相まって、美味しいんだけれど、コレジャナイ感を常に抱きながらの食事となりました。うーむ。
いろいろな要素が重なって正常な判断ができているか怪しかったので、近くに立ち寄った際に、もう一度お邪魔しようと思いまする。やじるしさん含め、下北沢のラーメンは全般的に好きな味のお店が多いので。うふふふふ。
後で確認してみたら……なるほど、リニューアルしていたんですね。となればやっぱり、何度か足を運んで他のメニューも食べてみるしかないでしょう。……とは言え、あの店主さんがいなくなっちゃったのは結構ショックだなあ……。