タイトル通り。それ以上でもそれ以下でもないです。
もう2年も前の、8月の話です。
大学4年の夏休み。周りの友達が次々と内定を手に入れている中、最終選考にすら辿りつけない僕は、やべえやべえ言いながら就職活動に励んでおりました。パソコンとにらめっこしながら、就職情報サイトで説明会の予約を入れまくりつつ、同じ内容のエントリーシートを大量生産し続ける日々。しかも、我が家にはクーラーがありません。気が狂うかと思いました。
これはあかん、と悟った僕は、電車に乗って都内に出ることにしました。気晴らしは大切です。車内の無駄に強い冷房にブルブルしつつ、さて、どこへ行こうか、と考えて、真っ先に「おさけ!」という単語が浮かぶ僕。もはや場所ですらありません。ならば、飲んでみたかった「アレ」を飲もうと、浅草へ向かうことにしました。
そう、アレです。電気ブランです。ビリビリしちゃうヤツです。「偽」の方ではございません。浅草の神谷バーさんはデンキブラン(神谷バーは「デンキ」のカタカナ表記)発祥の地として名高く、飲み会で口にして魅了された僕は、元祖の味を一度味わってみたいと考えていたのです。
お店に入り、レジのおばちゃんに「デンキブランひとつ!」とドヤ顔で注文して席に着きます。本を開く間もなく、すぐにデンキブランが運ばれてきました。うまそう。飲むぞ飲むぞ。
就活をサボって浅草まで来ている背徳感と、普段とは違うことをしている高揚感の狭間でぐわんぐわんしながら、デンキブランをちびちび。そんなとき。「電気ブランと言えば太宰治」という謎の固定観念と共に、ドヤ顔でそれを飲みながら高尚な文学作品(ラノベ)を読んでいると、突然前に座っていた人に声をかけられたのです。
「それ、アニメか?」
そこにいらっしゃったのは、黒髪の乙女……ではなく、バカボンのパパでした。
※参考画像
ななななぜブックカバーもしてるし挿絵のあるページを開いているわけでもないのにそれがーっ!?…などと軽く錯乱しかけた僕。いや、だがしかし、就活で鍛えられた精神力ですぐに落ち着きを取り戻します。キメ顔で「そそそそうでござるよwwwデュフフwww」と華麗に返した僕、ちょーかっこいい。
と、同時に、「ここここれは一人で大人っぽいバーに行ったところで偶然出会った大人っぽい人と大人っぽいトークに花を咲かせつつ大人っぽい空間を演出して大人の階段を上るチャンス!」と考えたらしい、当時の若い僕は、おっちゃんとのトーキングを試みます。
しかし、そこには2つの誤算がありました。
- おっちゃんは、声が小さかった
- おっちゃんは、呂律が回っていなかった
結論:おっちゃんは、かなり酔っ払っていた!
それでも、僕は挫けません。就活で鍛えられ(以下省略)を駆使して、話したがりなおっちゃんに合わせて会話を続けます。ふはは、日本社会よ、これがコミュ力だ。
そこそこ酔っていることもあり、こみゅりょくばつぐんだった僕の聞き出したところによると、おっちゃんのステータスは以下の様なものでした。
名前:おっちゃん
年齢:66
家:浅草
仕事:鉄の加工とかいろいろ
出身校:早稲田大学商学部
趣味:いんぐりっしゅ
海外渡航歴:ハワイ、あと、どっか
無駄に横文字をまくし立ててくる大学教授もびっくりな頻度で、会話に英語を混ぜてくるのが印象的でした。
リスニングだけは英語の成績が良かった僕。しかし、そんなスキルを活かそうにも、前述したように声は小さいし呂律は回っていないしで、お手上げ状態。仕方なく限界まで耳を近づけて、英語力に乏しい日本人の最終奥義、「ぱーどぅん?」を連呼することに。中学生の頃に受験した、英検の面接を思い出しました。
「こう見えてもしゅうかつせーっす!(・ω<)☆」
と言えば、「おみゃーには軸がない!」という感じのお説教をしていただいたり、
「夢は世界一周です!(面接で鍛えたキメ顔」
と言えば、「んだばまずはいんぐりっしゅ学ぶずら!」と激励してくれたり、
とても若者思いの優しいおじいさまでした。これが癒しか。ほっこり。
そんなこんなで時間も流れ、そろそろ出よっかなーと思っていたところ、おっちゃんの一言。
「これから、寿司、食いに行くか?」
……コレカラ、スシ、クイニイクカ?
その呪文を聞いた瞬間、僕の頭に浮かぶのは板前の技。浅草で、寿司!それは、もしや、ガチの寿司では!?
テンションだだ上がりの中でも、「え~っ!そんな~悪いっすよ~(チラッチラッ」という遠慮を示せる僕は、とてもしんしてきだと思います。
結局、断りきれずに着いていく風を装って、わくわくしながら立ち上がった僕に、おっちゃんから一言。
おっちゃん「よっしゃ!行くぞ!回転寿司!」
ぼく「( ゜ д ゜ )」
うん、知ってた。
それでも、滅多に行かない回転寿司だひゃっほーぅ! とテンションを上げてお店へ。 とはいえ、お昼ごはんの後であまりお腹が空いてなかったり、さすがにあまり奢ってもらうのは気が引ける……ということで、一番安い皿2枚分の寿司と、ビールをご馳走になりました。
ほかに客のいない回転寿司屋で、しばらく他愛のない話をした後、おっちゃんとはお店の前でお別れ。
――そんな話。
今、改めて考えてみると、見知らぬ他人と、偶然に出会った場所で話して、飲んで、奢ってもらうなんて経験は、これが最初で、それ以来ありません。そもそも一人でバーや居酒屋に行く機会がないということもありますが。
その後、浅草でおっちゃんと会ったことはないし、あの時に何を話したかも、今となっては曖昧ですが。それでも、この出来事は、なんとなく僕の中で忘れられない経験になっています。
僕も、もうちょっと大人になったら、見知らぬ若者に寿司を奢ってあげられるような、素敵なおっちゃんになりたいな。