ぐるりみち。

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いろいろな「属性」を知りたいと感じたブログ日和 #ブロフェス2015

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 今年も行ってまいりました。
 “ブロガーのお祭り”こと「ブロガーズフェスティバル」

 

 去年は登壇者の名前に「株式会社はてな」の名前がある割に、はてなブログをやっている人が少なく、「ふぇぇ……何の話をしているのかわからないよぉ……」なんて隅っこで子馬のようにブルブルと震えていた自分。

 今年も隅っこを定位置にするべく足を運んでみたのですが、意外にも(?)はてなに限らず顔見知りのブロガーさんが多く、「ぼくはひとりじゃないんだ!」と心強さを感じながら隅っこで痙攣していた1日でございました。いやはや、純粋に楽しかった。

 

 というわけで、簡単な感想をば。

 

 

吾輩はブロガーである。名前はまだ無い。

 のっけから「はてなのみなさーん!」なんてことを言い出すあたり、使っている「ブログサービス」に対する帰属意識はそこそこ持っているらしい自分。それはこの1年間、ブログに関連したオフ会にお邪魔させていただくたびに感じていたことでもありました。

 そもそもの「ブログ」に対する姿勢はもちろんのこと、記事の書き方や読者との距離感、アフィリエイトに寛容であるか否かなど、漠然とではあるものの特徴――もとい「特性」があるというのも、一面的には事実であるのかもしれない。Ameba、ライブドア、はてな、WordPressといったサービスごとに、何かしらの「文化」があるような……ないような。

 

 しかし実際のところは、そういった「文化」もまた一面的なものでしかなく、特定のサービスのユーザー全体に跨るような、普遍的な「特性」というものはないのでしょう。“ネット民”が一枚岩でなく、“オタク”が細分化されているように。

 利用者数が多く用途も多岐にわたるWordPressは言うに及ばず、はてなブログの中にもさまざまなクラスタが共存しており、時にぶつかり合うこともあれば、それ以前にお互いが認知していないことだってある。此度のイベント会場でも、そんなやり取りが見受けられました。

 

 他方では、特定のブログサービスの文化圏に属していると、その中でも「有名」だとか「無名」だとか区別されることもしばしばある。――けれど、ちょいと外に出てみれば、みーんな等しく「ブロガー」でしかないんじゃないかと、この「ブロフェス」で改めて感じた格好です。

 極端な話、どこかのサービスでブログを始めたばかりの人がイベントに足を運んだら、「誰ひとりとして登壇者がわからねえ!」なんてことになってもおかしくはない。今回の登壇者勢にしても、ぶっちゃけ1年半くらい前の自分だったら、9割方「どちらさま?」って首を傾げるんじゃないかと。ごめんなさい。

 

 しかも、たとえブログ界隈に関する知識があったとしても、会場に足を踏み入れた段階ではその大半が知らない人。普段、ネット上ではハンドルネーム&顔の見えないアイコンで交流している人も少なくなく、誰が誰とも判別のつかない状況。こわい。

 開催前には「内輪向けっぽい」「“初心者お断り”に見えなくもない」という意見も目にしていましたが、実際に行ってみるとそんなこともなく。去年なんかは顔見知りがほぼゼロの状態でしたし、今年も場内でエンカウントするまでは、誰もがみーんな“名無しさん”。

 

 「はじめまして」から始まるコミュニケーションはいつものこと。けれど、そこには「ブロガー」という一風変わった共通項があり、それゆえに親しみやすい。

 なればこそ、この「ブロガーズフェスティバル」という空間は、むしろブログを始めようと考えている人にこそおすすめできるイベントでもあったように感じました。吾輩はブロガーである。名前はまだ無い。

 

ブロガーの形、ライターの形

 一口に「ブロガー」と言っても、「ブログ」の種類はさまざま、その目的も多岐にわたり、ぶっちゃけその分類自体にさして意味はないんじゃないかと感じる今日この頃。

 

自分のための“個人の日記”があり、広告収入を得る“まとめブログ”があり、企業の関わる“オウンドメディア”があり。同じ「ブログ」でありながら、営利目的か個人のログ目的か、まったく別の性質を孕んでいる場合も珍しくない。

個人ブログでは、誰もが自分だけの「枠」を作ることができる

 

 各々が考える「ブログ」がバラバラすぎて、たびたび衝突が発生するのもネットの常。争点としては、「アフィリエイター vs 嫌儲」「個人の日記 vs 価値あるメディア」などが代表例でしょうか。

 誰もがお手軽かつ当然のように広告を貼るようになった結果、そういった境界が曖昧になって、たびたび諍いが起こっているように見える現状。ブロガーはかくあるべし。安々とアフィリエイトを語るべからず。メディアとしての責任と自覚を持って活動に当たれ――などなど。

 

 そういったネット上でのカテゴライズ云々にちょっと関わってくる話題として、本イベント中のセッションで問題提起されていたのが、「ブロガーとライターの違い」。こちら、朽木誠一郎さんのセッションで論じられておりました。

 

 曰く、ブロガーとライターは、“違わない”。ただし付け加えるなら、「ブロガー」は「ライター」に含まれる一要素である、と。

 世に数多く存在するブロガーは(ほぼ)等しくライターであり、同様に記者、コラムニスト、ブックライター、PR・広報ライターなども「ライター」の枠に含まれるという話でした。――吾輩はライターである。その名をば、ブロガーの某と云う。

 

 徹底して「ライター」目線である朽木さんのお話は、自分がそれまで言語化できていなかった「メディア」への意識と役割、さらには「書く」という行為についてわかりやすく描き出してもらえたような印象を受ける、「聞いて良かった!」と全力で頷ける内容でした。

 メディアとは、情報をより速く、大きく、あるいは細やかに伝える媒体であるが、情報を伝達する際に選択される手段のひとつでしかない。伝わり方によっては、良くも悪くも受け手の感情を大きく動かしかねないため、その点は意識しておく必要がある、と。

 あまり「メディア」というイメージはないものの、これはそのまま「ブログ」にも当てはまる指摘でございましょう。あえて煽りに行くような方法も全否定するものではないけれど、大前提としての“ルール違反”はよろしくない。それは、どこでも同じですね。

 

ペタペタと「属性」を貼り替える

 朽木さんのセッションでは「商業ライター」と「ブロガー」の対比があり、その後のファーレンハイトさん・鳥井弘文さん・家入明子さんのセッションでは「コラムニスト」と「ライター」の比較がされていたように、ネット上の「情報発信者」の分類もさまざま

 「メディアにおける役割」という視点で見れば、商業ライターは他人の情報の編集者であり、ブロガーは自己表現者である。「記事の切り口」という視点で見れば、コラムニストは自身の個性とエピソードを切り売りする文体を持ち、ライターは個性を排した裏方に徹している――と。

 

 これらはそれぞれ別の文脈から論じられたものでありますが、比べてみると、「ブロガー」と「コラムニスト」は同一であるようにも見える。いずれも“書き手の個性”が前提として重視されているし、ブログを「個人のコラム集」と捉えてもそこまで違和感はない。

 けれど他方で、“ブログ媒体を使った情報発信者”という視点から「ブロガー」を考えると、淡々と情報発信を続けるニュースサイトがあり、煽りに特化したまとめブログがあり、必ずしも「自己表現」が必要条件となっているわけではないようにも思う。ブログはコラム集にあらず、メディアであるかもしれない。

 

 そのように考えると、やっぱり「ブログ」「ブロガー」といった括りはあまりに多義を含みすぎていて訳がわからない。「コラムニスト」という分類にせよ、どの程度の個性を記事中で表現するかは依頼にもよるだろうし、さらにはウェブと紙とでも書き口が異なるかもしれない。

 一方では、いまだ「プロブロガー」の定義はようとして知れず、「アフィリエイター」を名乗れど界隈からは否定されたり、逆に「お前はアフィリエイターだ」と周りからカテゴライズされたりすることもしばしば。うちのような雑多なブログをひとつ覗いてみるだけでも、いろいろな要素が混在しすぎていてよくわからない。

 

 なぜそのように分類し、分類されるのを好むのかと言えば、そりゃあもちろん「よくわからないもの」を外部から説明する際にはカテゴリーが必要になるし、本人としてもどこかに属していたほうが立ち回りやすいという事情があるのだと思います。

 もしくは、ファーレンハイトさんが話していたように、「ラベリングされると仕事をもらいやすくなる」という点が一番大きいのかもしれません。ゆとり世代、ミニマリスト、デジタルネイティブ――と何でもいいけれど。事実、そういった個人の「属性」を見て、仕事・取材の依頼をしているケースは多いのではないかしら。

 

 しかし、そういったカテゴライズによって、「それ以外ができなくなるおそれもある」という話も。自分を何かしらの集団に分類することで得られるメリットは大きいが、その「属性」が濃密すぎるとキャラクターの変更ができなくなりかねない。うまく路線変更できなければ、行くところまで行くしかなくなってしまう。

 ――であるなら、他の何者でもない「ブロガー」という分類は、まだ特定の属性が付与されていない、中庸な状態であるとも考えられるのではないかしら。ふわふわと曖昧なところを漂う、単なる“書き手”。器用貧乏だけれど、腰を据えて何かに取り組むことで「属性」を自らに付与し、“何者”かを目指すこともできる存在。

 

 セッションをすべて終えたあとの懇親会でも、ウェブライターにアフィリエイター、編集者にメディア運営者、エンジニアにコラムニストなどなど、いろいろな「属性」を持った人と言葉を交わす機会があり、それぞれに違った視点から「ブログ」を見ているようでおもしろかった。

 終わってみればこのイベントは、いまだ“無属性”に近しい単なるブロガーにとってなかなか知り得ない“属性”を持った人たちとの交流の場所として、ものすんごい意義ある空間だったんじゃないかと思います。ブログの方向性や目的を再考するための、整理整頓の機会となりました。

 

 そんなこんなで、相も変わらずまとまりのない感想記事となりましたが、本当に楽しいひとときを過ごすことができました。運営スタッフの皆様、貴重な機会をありがとうございました。また次回があれば、ぜひぜひおじゃまさせていただきます。

 

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