ぐるりみち。

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いつも手の届くところに置いておきたい『美しい日本語の辞典』

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 パソコンや多機能携帯電話、スマートフォンの発達によって使う機会が減ったツールのひとつに、「辞典」の存在があるように思う。

 小中学校くらいまでは紙の辞書、高校では電子辞書を常に手元に置いて、わからない言葉や漢字があればすぐに調べていたが、今やそんなことをする機会もめっきり減ってしまった。

 紙を捲ったり、電子辞書の小さなボタンを押したりするくらいならPCやスマホに向かった方が早いし、多機能な割にコンパクトで場所も取らない。結果、我が家に昔ながらの「辞典」は居場所がなくなってしまった。

 

 一方、そんななか最近増えているのが、テーマ性があり、特定の分野に焦点を当てている、ちょっとコンパクトな「辞典」だ。

 「コンセプト辞典」とでも呼べるだろうか。「◯◯で使いたい言葉」といったある場面を想定した単語集だったり、あるいは「季節」「花」「色」などの意味を掲載しつつ解説している読み物だったり。一般的な辞典とは色が異なり、そこそこ楽しめる内容が多いように思う。

 

 

 そのひとつが、書店でふらふらと本棚を眺めていて気になった本書、『美しい日本語の辞典』だ。装丁がきれい。

 正直、ここ数年は “美しい日本語” という煽り文句自体を目にしすぎて食傷気味ではあるものの、本書の出版は2006年。当時の安倍晋三官房長官が同年、著書『美しい国へ』を出版する少し前には出ていたようなので、その先駆け的な本でもあるのではないかしら。簡単にご紹介します。

 

「忘れてはいけない日本語を再確認する」

 本書の「はじめに」の部分で示されているコンセプトが、この「忘れてはいけない日本語を再確認する」ということ。

 時代の移り変わりの中で新たに生まれ、他方では消えていく「ことば」。そのなかには、日本人独特の心情によって長年にわたって育まれてきたものも少なくなく、消滅させてしまうには惜しい。

 そこで本書では、そのような歴史を持ちながらも馴染みの薄い日本語を項目別に取り上げ、忘れてはいけない日本語を再確認するきっかけとしたい――という話でした。

 

 具体的には、以下の3項目に分かれています。

  • 後世に残したい日本語
  • 自然を友として――雨・風・雲・雪・空の名前
  • 擬音語・擬態語

 

 割合的に見れば、全478ページである本文中、半分以上が〈後世〉にカテゴライズされており、〈自然〉〈擬音・擬態〉はおまけであるように見えなくもない。「資料集」としては優れているようにも思うけれど。

 しかし考えようによっては、本書のタイトルにもある “日本語の美しさ” が誰の目にも明らかなのは〈自然〉の項目だ、と見ることもできる。なぜなら、雨も風も雲も雪も空も、誰でも知っている「自然」はイメージがしやすく、意味も明白だからだ。

 極論、解説を読まずとも漢字を見ればそれとなく意味は伝わるし、字面や発音がなんとなく好き、という言葉も見つけやすいように感じる。

 昨年、本書を参考に以下のような記事をブログで書きましたが、「雨」だけでも本当にいろいろあっておもしろい。猫毛雨、洒涙雨、不遣の雨。特に「時雨」の多さがすごい。

 一括りにすれば同じ「雨」でしかないものを、季節や時間帯、祭事や心持ちに合わせて個別化し、「ことば」にしようと考えた日本人の感性が見て取れる。単調に見えて、実は多彩な自然現象をひとつひとつ言語化するって、すごい。

 

知っているけれど、知らない「ことば」

 メインコンテンツとなる〈後世〉の項目では、今も日常的に使っている「よく知る言葉」から、たまに耳にする「なんとなく知っている言葉」、さらにはまったく聞き覚えのない「知らない言葉」まで、種類も意味も使い方も千差万別な言葉が並んでいる。

 その雑多っぷりと言ったら、あまりに脈絡がなさすぎて何が何やら。こちらは文字どおり “辞典” の形式で五十音順に並んでいるため、現象ごとに分けられた〈自然〉の項目と比べると、どうても目が泳いでしまう。

 「眼福」「完膚なきまで」「雁風呂」が並んでいるのを見て、お風呂シーンを覗いて目の保養に預かっていたらぶっ飛ばされた、というようなラブコメ展開を幻視するレベル。キャー! のび太さんのエッチー!

 

 一方では、同音異義語が並んでいることで発見もある。 例えば、次のような。

  • 交誼:親しいつきあい。心の通い合った交際。
  • 好誼:心からの親しみ。好意ある交際の気持。よしみ。
  • 厚誼:深い親しみの気持。手厚いよしみ。

 いずれも「こうぎ」と発音する言葉であり、しかも「誼」の字が同じ。とくれば、「誼」という漢字単体の意味するところも見えてくる。 “よしみ” って、漢字にするとこうなるんだ……と。

 

 このように、適当にパラパラと捲って読むのには楽しい「辞典」ではあるものの、よっぽどの「ことば」好き、それこそ一般的な辞典を最初から最後まで舐めるように読める人でなければ、本書を「読み物」として読むことは難しいように思う。

 また、 “後世に残したい” と書いている割に、その理由も何もなく単語が列挙されているだけというのも、どこか淡白で物足りないと感じる人もいるかもしれない。コンセプトや構成、装丁などは違えど、やはり本書は読んで字の如くの「辞典」でしかない。

 

 そういった意味では、例えば『基礎日本語辞典』『学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方』の方がおもしろい、という人も少なくないと思う。

 前者は、「おおよそ」と「だいたい」など、当たり前に使っている類語の違いを分析・解説した本。後者は、文字通りの “辞典” のススメ。いずれも、「読み物」として楽しめるものかと。

 とは言え、本書『美しい日本語の辞典』も使い方次第では、「ことば」の世界を広げる指針となる本であることは間違いない。それぞれの単語について、著名な文学作品や歌舞伎、落語などの用例も示されているので、そこから気になった作品に触れてみる――というのも悪くないでしょう。

 時間を取って、集中して読み耽るような「本」ではないけれど、手の届くところに置いておいて、ふとしたときにページを捲り知らない言葉の世界に浸るには最適の「辞典」。これからも、お世話になります。

 

 

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