猫毛雨、狐雨、菜種梅雨──「雨」を表す日本語の表現をまとめてみた


 6月に入り、いよいよ全国的に雨の季節になりました。足元が濡れるのは好ましくないものの、雨そのものは嫌いじゃない。雨音を聞きながらの読書は捗りますしね。……いい雨だね。

 ところで、日本語における「雨」の表現と言えば、どんなものがあるでしょうか。

 たとえば、「狐の嫁入り*1。いわゆる「天気雨」を指す表現で、その由来には諸説あるとのこと。「晴れてるのに雨が降ってる! おかしい!」という異様さから、「キツネに化かされている」ような感覚を抱いたことで、そう呼ぶそうです。

 地方によっては、「狐雨」「狐のご祝儀」とも言うそうな。さらに、海外では同様に「天気雨」を表す言い回しとして、熊や虎、鼠やジャッカルが結婚することもあるのだとか。雨=結婚という発想は世界各地で見られるようですね。

 四季の変化に富み、天候も変わりやすい日本では、さまざまな時代や地方、場面場面において、多くの「自然」に関する言葉が生まれてきたそうです。ぶっちゃけ「作りすぎじゃね?」っていうレベル。昔から言葉作りが好きだったんですね……。

 今回はそんななかから、「雨」に関する一風変わった表現を20個、独断と偏見で選んでみました。言い回しや字面が好きなものだったり、あまりに限定的すぎて使う人がいるのか怪しいくらいのものまで。季語は〈 〉で捕捉しています。

 

いろいろな「雨」

朝夕立・朝白雨[あさゆだち]

 朝のうちに降る強いにわか雨。昼になれば晴れるものとされる。

卯の時雨[うのときあめ]

 早朝に降りだす雨。俗に「子は長し。丑は一日、寅は半、卯は一時」「卯の時雨に笠を脱げ」などのことわざもあり、すぐにやみ、むしろ天気になる前兆とされた。卯雨。卯の刻雨。

御下・御降[おさがり]〈新年〉

 ①雨が降ること、また、雨をいう女房詞*2
 ②特に、元旦または正月三が日のうちに降る雨や雪をいう。降れば豊年のしるしとされ、めでたいものとされた。

御山洗[おやまあらい]

 富士山麓地方で、旧暦7月26日の山閉じの頃に降る雨をいう。神霊の去来に風雨を伴うという信仰から、多く、祭りの前後に風雨や吹雪があると理解されていた。今は山開きの間に登山者がよごしたのを、この雨が洗い清めてくれると解されている。

茅屋の雨[かややのあめ]

 茅ぶきの家に降りそそぐ雨。音のしないことのたとえ。

神立[かんだち]

 東日本で、雷雨、夕立、にわか雨をいう。

高野の大糞流[こうやのおおくそながし]

 3月22日に降る雨。高野山の便所は、崖の上につくったもので、多数の参詣人の糞便を22日の雨が洗い流すという意。前日の21日は高野山の開基弘法大師の入寂の日にあたる。

黒風白雨[こくふうはくう]

 (「白雨」はにわか雨のこと)強い風が吹き荒れ、にわか雨が降ること。暴風雨。

洒涙雨・灑涙雨[さいるいう]〈秋〉

 (牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意)陰暦7月7日に降る雨。せいるいう。

小夜時雨[さよしぐれ]〈冬〉

 夜に降るしぐれ。

地蔵雨[じぞうあめ]

 地蔵盆*3の日に降る雨。この日には必ず雨が降るといわれた。

宿雨[しゅくう]

 連日降りつづく雨。ながあめ。また、前夜からの雨。

竹の時雨[たけのしぐれ]

 竹の葉に降りそそぐしぐれ。また、竹の葉のすれあう音をしぐれの降る音にたとえていう。

菜種梅雨[なたねづゆ]〈春〉

 3月下旬から4月にかけて、菜の花が咲く頃に降る暖かい長雨。

涙雨[なみだあめ]

 ①悲しみの涙が化して降ると思われる雨。涙の雨。
 ②「うめわか(梅若)の涙雨」「とら(虎)が涙雨」などの略。
 ③ほんの少しだけ降る雨。

猫毛雨[ねこんけあめ]

 ①佐賀県地方で、小雨。
 ②宮崎県地方で、霧雨。
 ③福岡県地方で、麦作に嫌う雨。ねこげあめ。ねこぎあめ。

運雨[はこびあめ]

 秋口に降るにわか雨。祖霊をはこんでくると信じられている。魄飛雨。

花の雨[はなのあめ]〈春〉

 桜の花の咲くころの雨。桜にふりそそぐ雨。また、桜の花のしきりに散るさまを雨に見立てていう。

身を知る雨[みをしるあめ]

 (「伊勢物語-107」の「数々に思ひ思はず問ひがたみ身をしる雨は降りぞまされる」による)わが身の上の幸、不幸を思い知らせて降る雨。多く涙にかけていう。身を知る袖の村雨。

不遣の雨[やらずのあめ]

 帰ろうとする人を、まるでひきとめるかのように降ってくる雨。また、出かけようとする時、折わるく降ってくる雨。

 

まとめ

 他にもさまざまな表現がざっと数百はありましたが、やはり「梅雨」「時雨」に関係のある言葉が多いようです。特に「時雨」は段違い。ほとんど同じ意味のものでも、言い回しが違ったり、地方によって微妙に意味が異なったりと、なかなかおもしろい。

 あとは「天気」という性質のせいか、神霊がどうのこうの、という意味を持つ言葉も多かったです。天候の仕組みが分からない時代ではその変化を説明するのに、神や霊といった「目に見えない何か」を理由としたほうが納得できたんでしょうね。

 これらの言葉を使う機会はそうそうないとは思いますが──「こんな表現もあるんだよ!」程度の雑学として。雨は、いつか止むさ。

 

※参考:『美しい日本語の辞典』

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*1:狐の嫁入り - Wikipedia

*2:室町時代初期頃から宮中や院に仕える女房が使い始め、その一部は現在でも用いられる隠語的な言葉(女房言葉 - Wikipedia

*3:地蔵菩薩の縁日(毎月24日)であり、なおかつお盆の期間中でもある旧暦7月24日に向け、その前日の宵縁日を中心とした3日間の期間を指し、またそのうちの日を選んで行われる地蔵菩薩の祭のこと(地蔵盆 - Wikipedia