2021年の推しコンテンツを好き勝手に語る③『ボクのあしあと キミのゆくさき』『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』


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昨日は、2つの“背中”の話をしました。
今日は、2人のキャラクターの話をします。

 

ボクのあしあと キミのゆくさき(プロジェクトセカイ)

もう何回か同様のことを呟いているんだけど、マジでそう思う。

『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』は、2020年9月にリリースされたスマホ向けアプリ。「初音ミク」がタイトルに入っていることからも察せられるように、おなじみのボーカロイド曲を多数プレイできる音楽リズムゲームだ。

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https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000004060.000005397.htmlより

ゲームにはストーリーを読むアドベンチャーパートもあり、そのなかではミクさんをはじめとするボーカロイドたちも登場する。ただしその立ち位置は、少々独特だ。

物語の中心となるのは、5つの音楽ユニットと、それぞれに所属する計20名の高校生。バンドにアイドル、ストリートにミュージカル、そしてネットを通じた音楽サークルと、それぞれに異なる音楽性を持つグループで活動する少年少女たち。彼ら彼女らこそが、本作の「主人公」だ*1ボーカロイド――もとい“バーチャル・シンガー”として登場するミクさんたちは、「セカイ」と呼ばれる空間から彼ら彼女らの背中を押す役割を担っている。

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“セカイ”ごとに異なる姿で顕現している、バーチャル・シンガーたちの姿も魅力

そんな『プロセカ』の作品世界で描かれるストーリーは、複数のキャラクターが織りなす群像劇としては極上だ。もちろん昔なじみのボカロ曲でポチポチシャッシャッ*2するのも楽しいのだけれど、自分はそれ以上に「もっと彼ら彼女らの物語に浸らせてくださいお願いします!」という気持ちでプレイしている。

定期的に配信される新しいシナリオで、キャラクターたちはさまざまな出来事や課題に直面する。時にはメンバー同士で衝突し、時にはミクたちから助言をもらいつつ、悩み迷いながらも壁を乗り越えていく。そんな「成長を伴うキャラクターたちの変化を追い続けることができる」のが、『プロセカ』の物語の大きな魅力だ。

ここでは「各ユニットで描かれる『プロセカ』のストーリーがいかに魅力的か」という話をしたかったのだけれど、全部書こうとするとトンデモボリュームになりそうなので……。今回は、特に好きなユニットである「25時、ナイトコードで。」について、2021年に最も印象深かったシナリオの話をしようかなと。

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「プロジェクトセカイ」25時、ナイトコードで。ユニットPV - YouTubeより

「ニーゴ」と略して呼ばれるこのグループは、『プロセカ』に登場する5つのユニットの中では異彩を放つ存在だ。なんてったってリリース前の開発者インタビューで、「全年齢で表現できるギリギリまで“心の闇”に切り込んだ」なんて表現で説明されていたくらいなので*3

良い意味で若者向けの、思春期の少年少女の青春模様が描かれることが多い、『プロセカ』のシナリオ。しかしニーゴで紡がれる物語は、そのような作品全体の雰囲気とは若干の“ズレ”がある。個々のエピソードで示される問題は解消されるが、抜本的な解決にまでは至らない。そもそも「スタートの段階で各々が抱えている問題が重く、簡単に解決できるものではない」のも大きな特徴と言える。

もちろん、ニーゴの面々だって物語の中で成長しているし、4人の関係性も徐々に変化しつつはある。……のだけれど、ほかのユニットほどわかりやすくはないのだ。

小さな変化を積み重ねながら、どうにか前に進もうと、各々が自分なりに必死に足掻いている。けれど、求める結果は得られない。というかそれ以前に、「どうなってほしいのか自分でもわからない」場合すらある。ユニットとしては良い方向に働いているはずの変化が、ほかのキャラクターに苦しみを強く自覚させることだってある。

変化せずにはいられない関係性のなかで、救われながらも苦しんでいる。その「徐々に変わりゆく関係性」と「どうしようもない問題」が、ニーゴのシナリオでは本当に事細かく丁寧に描かれていくのだ。

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そのようなニーゴの物語の、ある意味では現時点での集大成的なシナリオのように感じられたのが、秋に配信された『ボクのあしあと キミのゆくさき』だった。

というか、改めて2021年に配信されたニーゴの物語を振り返ってみると、この年は「暁山瑞希」というキャラクターを徹底して掘り下げてきた1年だったようにも思う。

ユニット内ではムードメーカー的な立ち位置で、過去のエピソードでは率先して仲間に寄り添っていた瑞希。ずっと抱えている「秘密」についてたびたび示唆されつつも、表立って問題視する/されることはなかった。そんな瑞希が、取り繕えないくらいに追い詰められ、それまで見せていなかった表情を出した、出してしまったのが、このエピソードだった。ここ、「やりやがったなァ!」ポイントです。

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過去のトラウマと周囲の反応によって「本当の自分」をうまく見せられず、他人にも未来にも期待せずに振る舞ってきた瑞希。

それまではニーゴのシナリオといえば、主に朝比奈まふゆ――周囲の期待に沿うために優等生を演じ続けることで、「本当の自分」を喪失してしまった――を中心に展開してきた印象があった。しかし同時に、「まふゆは瑞希と似ている」ことも以前から言及されている。そして、ここに来て瑞希にスポットが当てられたことで、その類似性がくっきりと浮かび上がってきた。それが、今回のエピソードにおけるひとつのポイントとも言えるかもしれない。

ただ、その“類似性”が「似ているけれど真逆である」ことが、なんとも象徴的でやるせない。しかもその比較ができるようになったのも、「それまでのニーゴの物語の積み重ねによって、瑞希の『秘密』が隠しきれない段階に進んでしまった」のが大きな理由と言える。言うなれば、前向きだったはずの“変化”によって、今まさに追い詰められつつある状況にあるわけだ。つらい。

根本的な解決にまでは至らなくても、少しずつ積み重ねてきた変化によって4人の関係性は進展し、まふゆもまた変わりつつある。ところが、その“変化”が目に見えてわかるようになってしまったことで、「秘密」を抱える瑞希はにっちもさっちもいかない辛い状況に追い込まれていく。もちろん瑞希自身だって、その変化も関係性もかけがえのないものだとわかってはいるのに、だからこそ「言えない」ことに苦悩する。つらたん……。

そんな「悟空ー!!!! はやくきてくれーっ!!!!」状態に陥ってしまったとき、これがほかのユニットのシナリオであれば、バーチャル・シンガーたちが良い感じに助言をくれる場面……なのだけれど。ニーゴのシナリオにおいては、そこで背中を押す役割を持つはずのバーチャル・シンガーたちの立ち位置が、これまた独特なのだ。

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ニーゴのルカ/MEIKOの対立関係も「やりやがったなァ!」ポイントです

今回のエピソードで主に関わってきたのが、ルカとMEIKOの2人。まふゆに似て感情の起伏が少ないミクとリンと比べると*4、この2人はそれなりに感情に動きがある……ように見える。特にルカの性格は予想外で、当初は「ニーゴのルカさんは割とよく喋るんだな……」なんて思っていたのだけれど。蓋を開けてみると、なかなかの曲者だった。

ルカは「停滞なんざ揺さぶりをかけてぶっ壊してしまえ」というびっくり急進派であり、言い換えれば「毒をもって毒を制す」タイプ。対するMEIKOは「長い目で遠くから見守る傍観主義」という、ルカとは完全に対局に位置する慎重派。というかルカさん、ギスギスしようが全力で煽りにくるから、一周まわって笑えてきてた。すんごいキャラをぶっこんできやがった……!

このような2人、思想がまったく異なるルカとMEIKOをぶつけてきたのが、2021年のニーゴシナリオの大きな転換点だったようにも思う。

ストーリー上では彼女らによって2つの選択肢が示されるのだけれど、「どっちが正しい」とは言い切らない。そのうえで、作中では「ひとつの選択の結果」が物語として描かれるものの、それによって前進したのか後退したのかもわからない。にもかかわらず、このエピソードの最後には「第一部、完ッ!」と言わんばかりに特殊演出が入る。どういうことだよ……おい……!(めっちゃ好き)

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胸のすくような大団円はなく、黄昏時の屋上にとどまり続ける瑞希。

でもそこには、それまではなかったくらいに「お互いの気持ちを口に出して対話した」という事実もあり、それはそれでひとつの前進なのかもしれない。一見すると同じ場所にとどまっているようでも、言葉を交わせば、何かが変わる。前に進める。というか、はっきりとした選択をしようがしまいが、「前に進む」ことは止められない。物語の世界でも、現実の世界でも。

実際、キャラクターたちが抱える苦悩や、正しさを押し付けない選択肢、変わらずにはいられない関係性などを引っくるめたニーゴの物語展開は、現実のあれやこれやにも当てはまるように感じる。自己の在り方について考えさせられる時期があった人は多いだろうし、大人だって自分のことを完全には理解していない。ある選択が正しかったかどうかなんてわからないし、人間関係においては何かがはっきりと「決まる」ことのほうが珍しい。

物語である以上、「ご都合主義」は当然ある。それでもニーゴの物語には、現実の僕らが抱えている感情や体験の近いところに寄り添ってくれているような、そんな読後感もある。これからも小さな変化を丁寧に積み重ねて……でもやっぱり、最後にはみんな笑顔でハッピーになってほしいな、と思う。

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ロウワー / 25時、ナイトコードで。 × MEIKO - YouTubeより

というわけで以上、まふゆ&瑞希に感情移入しまくりおじさんのニーゴ語りでした。シナリオ読了後は『ロウワー』の歌詞とパート分け、MVの「月」の演出に情緒をぶっ壊されたので、無限に聴いて情緒をズタズタにされてきます。

 

妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ(Fate/Grand Order)

エヴァほどではないものの、『Fate』というコンテンツとも長い付き合いになる。自分が出会ったのはたしか、DEEN版のアニメが放送される少し前だから……って考えると、2005年くらいになるのかしら。17年前ってマジ……?(震え声)

当時は夢中になって徹夜で読みふけった、『Fate/stay night』の3つのルート。自然と関連タイトルも追いかけるようになり、当然『Fate/Grand Order』もプレイすることになる。リリース直後はアレがコレでソレな感じで、途中で離脱しそうになりつつも、それでもゆるっとメインシナリオを追いかけて、第六&第七特異点で完全に沼った。

そうして迎えた、2016年末。終局特異点のレイド戦とSNSでの盛り上がり、そしてその結末は、ある意味ではスマホアプリならではの特別な「ゲーム体験」として、今も自分のなかで強く記憶に残っている。

――とはいえとはいえ、でございます。さすがに6年も続いているゲームともなれば、少しは気持ちも離れてくるもの。メインシナリオが更新されるたびに「やっぱりFGOは最高だな〜〜〜!」などと熱量を補充されつつも、今年はちょいと疎かになっていたことは否めない。

ここまでに取り上げてきた魅力的なコンテンツの存在もあったし、時間もなかった。それに、『FGO』のメインストーリーを読むには時間が要る。パワーが要る。夜遅くまで没頭して読むことになるのが目に見えている――というか、せっかく読むならば、没頭したい。作品世界に浸りたい。それゆえになかなか手を付けることができなかった結果、第2部6章は12月中旬まで読み終えることができていなかった。

それだけではなく、季節イベントですら満足に周回ができないくらいに『FGO』から離れてしまっていた1年間。2021年はそんな年になる――かと思いきや、最後の最後で引き戻された。

第2部6章『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』

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Lostbelt No.6 妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ TVCM(オベロン ver.) - YouTubeより

「文庫本4冊分」というトンデモボリュームのテキストに「バカなの!?」とツッコみつつ、あっという間にその世界観に惹き込まれ、時間も忘れて連日早朝まで読みふけることになった。途中でダレることもない刺激的な道行きで、妖精圏の歴史を一気に駆け抜けた、本当に楽しい旅だった。

妖精圏の魅力的なキャラクターたちは言うに及ばず、ひとつの「歴史」としての妖精歴の強度、2人のクリプターが迎えた結末、妖精騎士たちの願いと最期、戴冠式に至るまでの物語構成と怒涛の展開――などなど、切り口はいくらでもあるし、考えるほどにあの旅路の思い出が蘇ってくる。

そんななかで、あえてひとつだけスポットを当てるとしたら……やっぱり何と言っても、「アルトリア・キャスター」という女の子の存在を取り上げずにはいられない。

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この妖精圏における「物語の主人公」であり、世界から選ばれた特別な存在。

そして、『Fate』という作品の代名詞的存在である騎士王、アルトリア・ペンドラゴンの別世界での姿。本質的には同一存在でありながら、ほかの「アルトリア」たちとはどこか異なるキャラクター。

年相応に悩み葛藤することもある、等身大の女の子――と見せかけて、その出自と背負わされたものの大きさゆえに、卑屈で、ネガティブで、とんでもなく達観した精神性を持つ、どうしようもなく特別で、どうしようもなく普通の女の子。

当初こそ「元気っ娘なアルトリア……いい……(ほっこり)」などとニコニコしていた自分も、彼女のモノローグが増えれば増えるほど「ふぇぇ……もうやめたげてよぉ……」などと読むのが辛くなっていったことを覚えている。重いよ……重すぎるよ……この重さ……まるで型月作品のようだ……。

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第2部6章は、そんなアルトリア・キャスターの物語。と同時に、「往年の型月ファンにとっては、『Fate/stay night』を追体験するような展開だったのでは……?」なんて、ふと考えてしまった。

クー・フーリンや千子村正の存在がどうの、という話ではなくて、「“星”を追い続ける物語」としての共通性。“星”とは、『stay night』においてはセイバーのことであり、この物語においてはアルトリア・キャスターが幻視した騎士王の姿であり――そしてもちろん、終盤の回想に繰り返し登場する、彼女を照らし続けてきた“星”のことだ。

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あの日見上げた星は今も
焼き付いて消えることはないよ

(PS2版『Fate/stay night[Realta Nua]』オープニングテーマ「黄金の輝き」より)

アルトリアという“星”を目指す物語だった、『stay night』のセイバールート。対する『アヴァロン・ル・フェ』では、主人公であるアルトリアが、ひとつの“星”を目指す。

それが何なのかもわからないのに。心底ではすべて投げ出したいと思っているのに。それでも手を伸ばさずにはいられない、ひとつの“星”。遥か彼方の輝きを追い続ける彼女の姿は、衛宮士郎のようでもあり、岸波白野のようでもあり、藤丸立香のようでもあった。誰よりも後ろ向きな女の子が、絶え間ない嵐の中でもがき苦しみながらも、“星”を見据えて歩んできた、巡礼の旅。

そんな物語を読まされて、そりゃあ感極まらないわけがないじゃないか。

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ずば抜けてぶっ刺さったのが、この部分。
というか、この2行だけで泣いた。

感動的な音楽とか、声優さんの真に迫る演技とか、そういうものは一切なしに、このテキストだけで、ボロッボロに泣くことになった。もちろん、それまでの積み重ねや演出の力もあっただろうけれど、それ以上に、このテキストにやられた。なんか知らんが涙が止まらなかった。ノベルゲーって、やっぱりすごい。

その後、終盤の■■■■■■■■の主張にスッ...と真顔にさせられつつも*5、それも含めて、2021年を締めくくる最高の「物語」だったと断言できる。戴冠式の配信が8月なので、本来は夏休み中に読むべきだったのだろうけれど……まあ結果オーライというか、季節の節目となるタイミングで読めたのはよかったのかもしれない。読み終わったあとに『躍動』のフルを聴いて、もっかい泣いた。

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当時は謎だったバレンタインイベントの意味を理解し、三度泣く

終局特異点を含め、第1部のストーリーだけでもあれだけすばらしい体験をユーザーに提供しておきながら、今なお負けず劣らない最高の物語を提供してくれる『FGO』というコンテンツに、改めて感謝。課金します。福袋ガチャ、回します。回しました。ライネスヤッターーー!!!

 

連載「2021年の推しコンテンツを好き勝手に語る」

  1. 『PUI PUI モルカー』『オッドタクシー』『ウマ娘プリティーダービー』
  2. 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『ルックバック』
  3. この記事
  4. 『ふたりでみるホロライブ』『SANRIO Virtual Fes』『PROJECT: SUMMER FLARE』

*1:各ユニットごとに「主人公」的な立ち位置のキャラクターはいるものの、エピソードごとに異なるキャラクターにスポットを当てて物語が展開していくため、「全員主人公の群像劇」と考えても間違いではない……はず。

*2:※音ゲーパートのスライド音。感覚をつかむまでは割とストレスになってた気もする。

*3:参考:『プロジェクトセカイ』は音楽と人間の関わりを支える“初音ミク”という存在を具現化した作品に【開発者インタビュー】

*4:※無感情というわけではなく、「無表情」に近いキャラクター性……と言いましょうか。リンについては、むしろ一番「感情的」な印象もありますし。

*5:「都合のいい存在を、誰もが夢見る物語を創造しておいて、その物語に人生を変えられてさえいて、その上で、“これは現実にはない空想(ゆめ)だから”と下に置き、あざ笑う、おまえたちが」