銀座『喫茶ブリッヂ』で昔懐かしナポリタンと再会した


しばらくぶりに、「ナポリタン」の5文字を見た。

秋葉原から、ゆっくり歩いて約1時間。いつものようにランチタイムを逃して、たどり着いた有楽町駅。お店に入ってお昼ごはんを食べようと周囲を見回すも、駅前はチェーン店ばかりで気乗りがしない。

――いえ、違うのです。チェーン店がダメというわけではないのです。なんたって、こんなご時世でございます。ただでさえ外出の機会が減っている今、「出かけた先での外食」は貴重なイベント。自宅と近所の店々を行き来するルーチンライフでは決して摂取することの叶わない、普段は口に入れない食べ物を食べたい。そんな強い思いがあるのです。そう、「外食」とは、この停滞した基底現実の日常に彩りをもたらす「祭り」であるべきなのだ。「祭り」と書いて、「フェステイバル」と読む。

そんな折に入った喫茶店で見たのが、「ナポリタン」である。……ナポリタン、ナポリたん、なぽりたん。マスクの下で含むように何度か小さく呟いて、その響きにドキッとさせられた。まったく珍しい単語ではない。特別な料理というわけでもない。昔ながらの喫茶店においては鉄板メニューであり、むしろ当たり前の存在ですらある。

でもでも。だけどだけど。
だってだって、「なぽりたん」だよ?

――そうなのだ。自分でもすっかり意識していなかったのだけれど、僕はもう2年以上もナポリタンを喰らっていない。パスタ系のメニューとしては――いや、あえて「スパゲッティ」と言いたい気持ちもある――定番も定番。そのへんの喫茶店に入れば高い確率でメニューにあるし、家でだって作れる庶民派料理だし、なんならコンビニでだって食べられる。いや、それどころか、「ナポリタン食べよっと」などと考える暇すら与えず、時としてヤツは僕らの口に飛び込んでくる。「コンビニ弁当の付け合せ」として絶対的な地位を確立しているナポリタンは、隙あらば僕らの血肉になろうと進撃してくるのだ。ナポリたん……おそろしい子っ……!

そんなナポリタンを、僕はもう2年も食べていなかった。しばらくぶりに再会したカタカナ5文字としばし向き合い、穴が開くほどにメニューを見つめることしばし。ちょうど注文を聞きに来た店員さんに向かって、観念したかのように「なぽりたん……」と呟く自分がいた。やはりダメだった。勝てなかった。「貴重な外食イベント」「久々に入った昔ながらの喫茶店」「その定番メニュー」「もう2年食べていない」という諸々の要素に背中を押された結果、振り絞るように口から出てきた5文字だった。こうなりゃ今日は、ナポリタン・フェスティバルだ!

やがて運ばれてきたナポリタンは、紛うことなきナポリタンだった。すごくナポリタン。マジでナポリタン。とにもかくにもナポリタン。2年と2ヶ月ぶりの再会……いや、チェーン店でない喫茶店での邂逅は、もう何年ぶりかわからない。

どうもおひさしぶりです、と声をかけるような気持ちでフォークに絡めると、いえいえそんな、と言わんばかりに絡みついてくる。なんて愛おしいんだろう。麺の上にうっすらとあらかじめかけられていたチーズが、にっこりと笑ったような気がした。何を言っているんだ、おまえは。

もう夕方に差し掛かろうかという昼下がり。閉ざされた地下の空間で、アラアラオホホホと談笑するマダームの麗しい声を聞き流しながら、黙々と味わうナポリタン。もきゅもきゅと喰らうアルデンテ。一見するとほどほどのボリュームに見えて、なかなかに食べごたえのある昔懐かしスパゲッティ。お腹も膨れて、心も満たされ、今回のフェスティバルはこれにておしまい。

祭りのあとは、レモネードを1杯。染み渡る甘さと「ひさしぶり」の満足感をかかえて、さあさ街へと繰り出そう。

 

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