ふと気になり、手に取ったマンガ『甘えたい日はそばにいて。』。
『まんがタイムきらら』で連載中の4コママンガであり、作者は『幸腹グラフィティ』の川井マコト(@kwimkt05)先生──という前情報しか知らなかったので、完全に油断していた。
だって『きらら』と言えば、「ゆるふわ日常もの」の作風を持つマンガを多く掲載するコミック誌*1。しかも、おいしいごはんとあたたかな交流を描いた『幸腹グラフィティ』の作者さんの新作とくれば、同様の日常ものを想像してしまっても不思議じゃないように思う。
ところがどっこい。
いざ読みはじめてみると、思いのほかシリアス要素マシマシだったので驚いた。
たしかに序盤は日常もの、ほんわか系お姉さんアンドロイドと無表情系男子高校生の生活を描く、ラブコメマンガではある……のだけれど。物語が進むにつれて高まる不安感は、想像すらしていなかったもの。「4コマでもこんな物語が描けるのか!」とドキドキさせられ、すっかり惹きこまれていたのでした。
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「かわいらしい」「あたたかい」という表現がしっくりくる
書店で見かけたポップが気になり、手に取った本作。
やわらかなイラストと女の子の涙に目を奪われ、実は読み終えるまで気がついていなかったのですが……。よくよく見ると、『甘えたい日はそばにいて。』というタイトルの近くに、サブタイトル的に英文が挿入されているんですよね。
“This love is illegal” と。
──そう、本作の主題は、アンドロイドの少女が抱いた恋心。
アンドロイドの存在が一般的になった世界、しかし偏見や問題もまだ当たり前に蔓延している社会で、どこか歪んでいるようにも映る、アンドロイドの在り方。「アンドロイドが恋をすること」「人間とアンドロイドが結婚すること」を禁止された世界で、それでも生まれてしまった恋心があった。
その小さなひとつの「恋」を隠したまま描かれるのは、2人の少年少女の関係性。周囲の人間も巻きこみ、少しずつ変わりゆく2人の距離感は、「切ない」とか「苦しい」とか思う以前に、「かわいらしく」「あたたかい」もの。4コマ特有の空気感も合わさり、なんとも不思議な読み心地の作品となっています。
とは言え、基本的にはやわらかな雰囲気──それこそ「ゆるふわ日常もの」のように、日常生活のちょっとしたやり取りを楽しめるのが、本作の魅力かと。
ころころと変わる表情がかわいらしい、お手伝いアンドロイドのひなげし。そんな彼女とは裏腹に、無表情で淡々と話す雇い主・楓との対比がおもしろい。というか、かわいい。
若干のポンコツ感もあるものの、恋する女の子の一途さや一生懸命さも垣間見えるひなげしは、本当に人間そのものであるかのよう。一方、なんでもこなせる割には年相応の脆さも感じられる楓もまた、ひなげしを(家族のように)大切に想っているようでいて、しかし恋愛面では鈍感な様子。
真逆に見えて、しっかりと噛み合っている2人のやり取り。とにもかくにも、そんな2人の様子が読んでいて微笑ましく、そしてあたたかく感じられるのです。
4コママンガで展開される、(ほどほどに)重く切ないストーリー
他方で、本作を「人間とアンドロイドの恋愛を描いた物語」と一言で表すと、特に目立つところはないというか、ぶっちゃけ、ありきたりな作品だと捉えることもできる。映画・アニメ・マンガと媒体を問わず、昔から繰り返し語られてきたテーマですしね。
もちろん、一口に「アンドロイド」と言っても定義はさまざま*2。アンドロイド側の「心」の在り処に焦点を当てるか、両者の恋愛を倫理面で問題視するか、寿命の違いによる別離を描くか──というテーマ性も多種多彩であり、作品ごとに独自の魅力があると思います*3。
その点、この『甘えたい日はそばにいて。』の場合は、
- 「アンドロイドは恋愛ができないように作られている」こと、
- そのうえで「恋愛感情を持ったら即処分(or別人格へ変更)」し、
- かつ「欠陥品を見つけた場合には報告義務がある」
という世界設定が、大きな特徴として挙げられます。──これらは実際に本編を読めばわかりますし、今後の展開にも関わってくると思われるので、ここでは詳しくは書きませんが。
本作に関してはそれ以上に、「4コママンガで物語が展開する」というのが大きな特徴なんじゃないかと、個人的には思いまして。と言うのも、4コマという限られた枠内でここまでシリアスなストーリーをがっつり描く作品って、結構珍しいのでは……?
『琴浦さん』や『信長の忍び』といった例もあるけれど、前者はここぞという場面で通常のコマ割になることもあるし、後者はギャグ色も強く、ジャンルも別。そんななか、「ラブコメ」かつ「(ちょっとした)SF」の要素を持ち、それを4コマオンリー*4で展開している本作は、思いのほか新鮮に感じられたのです。
正直に言って、当初は若干の違和感があったことは否定できません。「4コマにしないほうが表現の幅も広がるし、ストーリーに集中して読めるのでは……?」と。随所で4コマならではの演出も取り入れられているものの、それが「4コマ」を選ぶ必然性にはつながらないんじゃないかなーと。
しかし、1巻を最後まで読み終えて、「じゃあもう1周」と読み返してみたら──なんだか、ものすごいしっくりきたんですよね。
中盤以降のシリアスな展開のなかでも、ところどころで挿入される「ラブコメ感」に癒される。変にシリアスになりすぎず、でもストーリーの魅力を損なわず、キャラクターのかわいらしさに触れ、会話を楽しむことができるという、絶妙なバランス感。それを担保しているのが、「4コマ」なんじゃないかと。
これが通常のマンガであれば、おそらくは「ラブコメ回」「シリアス回」といった感じで、エピソードごとに雰囲気を変えてくるのではないかしら。「そのほうがメリハリがあって楽しめる」「ストーリーに没入できる」という見方も当然できるし、そういった描き方が主流なのだと思う。
ただ、本作については、「4コマがしっくりくる」と感じられたんですよね。
だって、それなりに重い世界観があり、ひなげしの葛藤があり、ついでにラスト1ページの衝撃があったにもかかわらず、読み終えて最初に抱いた感想が「かわいらしい」「あたたかい」だったから。「切ない」とか「苦しい」とか思うよりも前に、本作のイメージとして、そういったポジティブな表現が想起されたから。その理由が、4コマによるストーリー構成と、シリアス&ラブコメのバランスにあるのではないかと。
よくある世界観とか、おなじみのきららマンガだとか、そういった先入観を吹き飛ばすくらいにおもしろかった、『甘えたい日はそばにいて。』。4コママンガということで、個人的には刊行スピードが気になるところだけれど、続きが非常に楽しみな作品です。
© Makoto Kawai