「学生の頃に読んでおきたかった!」
マクドナルドの片隅で本書を読み終えて、残っていたコーヒーをがぶ飲みし、最初に抱いた感想が、これ。ええもん読ませて頂きました。たまらんです。
「宇宙の話をしよう」
今回読んだのは、『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』。2009年に放送されたNHKの特集「宇宙飛行士はこうして生まれた〜密着・最終選抜試験〜」のスタッフによって執筆された、ドキュメンタリーとなっています。
本書を知るきっかけとなったのは、昨年11月に開催された、ビブリオバトル首都決戦でのこと*1。その決勝戦で紹介された本の一冊が、これだった。
決勝に勝ち進んだのは、5人の発表者と5冊の本。そのどれもが魅力的で、読みたい! と思わされるような内容でした。なかでも特に印象に残ったのが、本書とその発表者さん。本が与える感動や熱情は、それを語る人にも伝染するのか……と考えさせられるくらいに、静かながら熱さがにじみ出てくる発表でした。いいねぇ、しびれるねぇ。
そんな「熱さ」を感じる書評と、彼が発表で放った第一声「みんな、宇宙の話をしよう*2」が強く心に残り、本書を実際に手に取って読むに至ったわけでございます。
宇宙への憧れと、それぞれの物語
本書の魅力はずばり、「複数の視点から読んで、考えて、楽しめること」。
第一に、読んで字のごとく「宇宙飛行士選抜試験」の模様を窺い知ることができる点。それまで明らかにされていなかった試験の内容、意図、背景が余すところなく語られている。取材のすべてを詳細に記しているわけではないでしょうが、それでも、その全貌を把握するには十分すぎる内容だ。
僕のような根っからの文系人間で、しかも宇宙に関する知識なんて皆無な素人ちゃんにもわかりやすく、かつ楽しく読み進めることができた。それこそ電車の移動時間でちまちまと読むつもりだったのが、一気に読み切ってしまうくらい。夢中になって読んでおりました。
第二に、試験の内容を通じて現れてくる「候補者たちの物語」が主題のひとつとして取り上げられている点。2008年の選抜試験の志望者、約1,000人の中から残った10人が挑む最終試験の模様に焦点を当て、本書ではその内容が描かれることとなる。
さすがに10人全員を等しく取り上げるわけにはいかないものの、彼らの持つ背景——職業、家族、経験、そして人生に至るまで——にまで言及しつつ、その試験をこなしていく姿が語られている。各々に物語があり、まるでドラマを見ているかのような読み心地を覚えた。
NHK……というか、 “テレビっぽい構成” と言えるかもしれない。けれど、最終的に勝ち抜いた1人に絞って語るのではなく、誰が選ばれるか予想できない程度には均等に、それぞれの物語を挟みつつ進んでいく試験の様子を読むのは、とても楽しいものだった。
本書を読んだ他の方の感想に軽く目を通してみても、「◯◯さんが好き!」「あの人に共感できる」「ファンになった」という意見が散見されたので、読者の多くが似たような想いを持っているように感じました。ちなみに、僕は安竹さんが好きです。
「就職活動」という視点
本書の帯を見ると、「究極の “就活” 」という文言が目に入る。ぶっちゃけ、読むまでは「それっぽい煽り文句を付けただけなんでしょ」とか思ってた。――がしかし、だいたい帯さんの仰るとおりでした。すみません。
事実、読めるものなら就活前に読みたかった。いや、まあ読んだところで就活の大勢に影響があったかは怪しいし、似たようなことを言っている人の話も聞いたような記憶はあるけれど。それでも、方向性の指標のひとつにはなりえたし、強い動機付けとなったんじゃないだろうか、と。
宇宙という、逃げ場のない特殊な環境にも耐えうる強い精神力。国籍を超えて、誰からも慕われ、信頼される〝人としての魅力〟。候補者たちが、それぞれの人生を通して培ってきたいわば〝人間力〟が、徹底的に試されたのだった。
単なる「我慢」では乗り越えられないストレスフルな生活であり、それに打ち克つためには、「強い精神力」と、長期間の共同生活への「適応力」が必要不可欠なのである。
ストレス環境下であっても、チームワークを発揮できるかどうか。団体行動における、候補者それぞれの力を見たかったのだ。
JAXAはこれを、〝リーダーシップ=leadership〟と〝フォロワーシップ=followership〟と呼び、今回の試験で最も重要な採用基準としていた。
〝リーダーシップ〟は指導力。そして〝フォロワーシップ〟は、リーダーに従い、支援する力を指す。
宇宙飛行士に求められる資質とは何か。
「ストレスに耐える力」
「リーダーシップとフォロワーシップ」
「チームを盛り上げるユーモア」
そして――
「危機を乗り越える力」が備わってなければならない。
候補者たちが試されるのは、宇宙飛行士としての適性があるかどうか。そして、JAXAが求める人材としてふさわしいかどうか。その倍率や過酷さは段違いだが、いわゆる「就職試験」と同様のものだ。ゆえにこれは、「究極の “就活” 」である。
企業が求める人材は、常に同じではない。その都度、必要要件は変わってくる。相手が何を求めているか。自分の武器は何か。それは相手の求めているものなのか。通用するものなのか――。そして、いくら夢や憧れがあったところで、適性がなければふるい落とされる。
「誰にも人生の物語がある。その物語を聞くことで、候補者が成長してきた背景を理解し、また、どのような選択をしてきたのかを質問することで、その人の〝本質〟を理解することができます」
面接というものは、つまるところ「この人間と一緒に働きたいかどうか」を見ているものだからである。
そのような、選び、選ばれることの本質を、本書は感覚的に教えてくれる。「え? そんなの当たり前じゃね?」と思う人もいるかもしれない。でも、やることの多さに忙殺され、周囲の流れに振り回されがちな就活においては、意外と忘れちゃうことなんですよね……。
なので、読むとしたら就活前、もしくは就活中の息抜きにふと手に取ってみるといいかもしれない。就活サイトや大学の就職課が提供する、企業の選び方、ESの書き方、面接のマナー、受け答え。それらを追いかけるのに精一杯になっている方には、特に強くおすすめしたい。
昨今、書店には就職指南本が数多く並ぶ。面接の傾向や対策など、業種ごとに、攻略法が縷々として述べられている。しかし、こうしたノウハウやテクニックを駆使して〝憧れ〟の仕事に就くことが、果たして本当に幸せなのだろうか。
今回の試験は、まさにそれを問いかけるものだった。10人の候補者は、試験を受ける中で、ありのままの自分で勝負しなければならないことに気づいていく。自らを飾ったり、背伸びしたりしても意味がない。たとえそれで選ばれても、自分を永遠に偽り続けなければならなくなるからだ。そして試験では、宇宙飛行士という仕事が〝憧れ〟だけではこなせない仕事であることが、徐々に明らかになっていくのである。
誰かの示す「夢」や、なんとなく良さそうだと感じて抱いた曖昧な「憧れ」に振り回されず、自分にとってのそれを見出し、力として、追い求めること。ひとりの人間として、そのような “人間力” は忘れずにいたい。
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*2:漫画『宇宙兄弟』より