書店をぶらついていたら、文庫本の「深愛」という文字が目に入った。「お? 深愛? 奈々様かな? ……って、奈々様じゃねーか!!」と、びっくり。思わず購入。そして、帰り道で一気読み。
「水樹奈々」って、だれ?
水樹奈々とは、今をときめくアイドル声優のことである……と一言でまとめてしまうのは簡単だけれど、なんとなく僕の中では「アイドル」というイメージがあまりない。それは、抜群に歌唱力が高いせいかもしれないし、「偶像」という単語が似合わないせいかもしれない。
そもそも、もう何年も連続で紅白歌合戦に出場していることもあって、名前だけは知っている人も多いと思う。断片的な特徴として挙げられそうなのは、前述のような「アイドル声優」という立ち位置、その「抜群の歌唱力」「紅白出場歌手」「もともとは演歌歌手志望」「プリキュアの人」などなどだろうか。
僕が水樹奈々さんの楽曲を初めて聴いたのは、当時中学生の2005年のこと。それまで忌み嫌っていたオタク文化への印象が180度変わって、いろいろと調べていた矢先のことでした。たまたま耳にした「ETERNAL BLAZE」*1に衝撃を受けて、めちゃくそハマった記憶がある。友達にCDを借りて、しばらくはヘビーローテーションする日々が続いた。
「カッコいい」というのが第一印象。そして、後で声優だということを教えてもらって、目をひん剥いた。え?歌手じゃないの?声優って、いわゆる「キャラソン」的なものを歌うもんじゃないの?いろいろな意味で、衝撃体験でした。
それはともかくとして、そんなとんでもスーパー声優で歌手の、水樹奈々さん。彼女の半生をまとめた自叙伝が、本書『深愛』になります。文庫版が発売されたということで、ようやっと読むことができました。
目次
- プロローグ
- 父と娘 ~演歌の花道~
- 青春 ~女子高生の事情~
- デビュー ~近藤奈々から水樹奈々へ~
- 父との別れ ~パパとママのこと~
- 心と声 ~わたしの仕事~
- エピローグ
- [文庫版・特別対談] 水樹奈々×三嶋章夫
目次は、このようになっております。加えて、撮りおろしのグラビアと、巻末にはあとがき+石原真(NHK エグゼクティブ・プロデューサー)さんの解説が収録。ページ数にして、およそ280。結構なボリュームになっております。
内容は文字通り、水樹奈々さんの半生を綴ったもの。父から厳しく演歌歌手になるための教育を受け、学校ではいじめられていた少女時代。努力の末に東京への切符を掴みとり、高校入学とともに上京、レッスンに明け暮れる日々。
出会いと別れ、そしてまた出会いを経て、声優として、歌手としてのデビュー。父との別れに際して、自分の夢、周囲との絆を再認識し、想いを新たにする。そして、本書のタイトルであり、初のオリコン1位獲得曲となった楽曲*2でもある、「深愛」の意味するところ。
文章は、自叙伝らしく、奈々さん自身の心理描写が多い、通して主観的な内容。重要な出来事に関してはかなり細かく、赤裸々に書かれているような印象を受けました。おそらく、彼女のことを全く1ミリたりとも知らない人が読んでも楽しめる、そんな物語が描かれています。
「前例がないなら、私がその前例になる!」
本書を読んで感じたのは、一言で表すならば「情熱」、それに尽きる。それも、読んでいるこちらまでもが「っしゃあああ!やってやらあああ!!」と熱くさせられるほどの。
彼女は天才でも何でもなく、本当に「努力の人」なんだなあと思わされた。多くの人が無理だろうと思っていまいそうな場面でも、「やってやる!」と心に決めて、やり遂げてしまう。その過程では、失敗や失望もあるけれど、自身の根っこの部分だけは決して曲げない。
それが、「歌手になる」という、物心ついた頃からの夢。どんなに辛いことがあっても、それだけは絶対に諦めない、強い心と情熱を感じる文章です。
「二兎を追うものは何とやら。世間ではそう言われるけれど、二兎を追ってはいけないというルールはない!前例がないなら、私がその前例になる!」
「前例なんていらない」
これは私の人生のテーマだ。『Young Alive!』の歌詞にも書いた。
今日まで多くの人が、私をその前例に当てはめようとしてきた。当てはまらないことは、間違ったことだと幾度となく諭された。
でも、私はそうは思わなかった。
前例がないのなら、それを作ってしまえばいい。新しい手法を見つけて、新たな道を切り拓けばいい。ただそれだけのことだと思った。今まではこうだったとか、誰かがこうしていたとか、そんなっことに縛られるのはつまらない。私は、我が道を突き進もうと思う。前例がないことを、どんどん形にしていきたいと思う。
このような「情熱」という点では、文中に度々登場する三嶋プロデューサー*3も、信念を持った、熱い人間であるように描かれている。
「どうすれば鳥肌立ててくれるか、そればっか考えてるよ」
プロデューサーはいつもそんな風に言う。
「だって俺やったら、鳥肌の立つもんにしかお金払いたくないもんね」
もっともな話だ。
「俺が一からアーティストを育てるときは、家族以上、恋人以上のつもりでやるから。それがディレクションする人間の責任やと思ってる」
デビューが決まったとき、三嶋さんははっきりとこう言った。
「恋人を放っておいても、アーティストが困っていたら俺は助けに行くかもしれん」
夢を追いかけるのに必要なものは何か。何かを成し遂げるためにはどうすればいいか。その場その場での見てくれや、過程を重視するような風潮の中で、本書は昔ながらの根本的な考え方を教えてくれるもの。そのような意味では、王道のサクセスストーリーとして読むこともできるかもしれない。
そんな中でも、人並みに共感できる考え方や経験談も描かれていて、遠い存在のようで、その辺にいる一人の人間なんだなあとも考えたり。うん、やっぱり王道ですな。
本書を読んだのは、ちょうどゴーストライターの話題*4が盛り上がりを見せていた頃ということもあり、正直、アーティストの自伝を読んでも、懐疑的な、穿った読み方しかできないと思っていた。ところがどっこい、読んでいたら、そんなもんはぶっ飛んじゃいました。びっくりだよ!
それだけ、血が通った文章であるように感じた、感じてしまった。読者を何かしらに駆り立てようとする文章は、それだけで価値のあるものだと思います。たとえ、本人がどこまで関わっているかが不確かだとしても。
「水樹奈々」と言えば、歌声も楽曲も好きだし、毎年参加しているアニサマ*5では、特に楽しみにしている歌手の一人ではありましたが、他のファンほどに熱狂して全力で応援するような対象ではなかった。けれど、本書を読んで、心から「応援したい」と思わされてしまいました。
アーティストに物語性を見出させることで、固定ファンを増やす――。穿った見方をすれば、自伝の出版にはそんな狙いもあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。けれど、それを鑑みても、「応援したい!いや、させろ!」と思わされてしまったのだから、仕方がない。
そうだ、ライブ、行こう。
関連記事
*1:ETERNAL BLAZE - Wikipedia/『魔法少女リリカルなのはA's』オープニング
*2:深愛 - Wikipedia/『WHITE ALBUM』オープニング