ぐるりみち。

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『持たない幸福論』“普通”や“常識”を生きづらく感じる人へ

 

今の社会は生きるのに必要な物資や技術といったハードウェアは既にかなりなレベルで整っているから、あとは「どういう風に生きるか」というソフトウェアさえうまくインストールできれば、もっと伸び伸びと楽しく生きられるはずだ。そうした新しい生き方を考えるヒントとして、この本が役立てばいいなと思う。

 

 pha@pha)さんの新著『持たない幸福論』を読みました。

 

 ご本人も書いているように、既刊『ニートの歩き方』の拡張版とも言える一冊。ですが、そちらが既読だという人にも勧められる内容だと思います。会社員時代に少なからず影響され、自分がニートになってからも『歩き方』をたびたび読み返していた自分でも新鮮さを感じたので。

 

ゆるい口調で淡々と語られる「幸福論」

 “ニート” とタイトル付けすることで、良くも悪くも一部層には届きづらい本となっている印象も受けた『歩き方』。そちらと比べると、本書はより広い層へ向けた “拡張版” として、身近な生活と「生き方」に関して幅広く問いかけているように読めました。

 

今の日本は物質的にも豊かで文化も充実していて治安もいいのに、こんなに生きるのがつらそうな人が多いのはちょっと変じゃないだろうか。

 

 語られるのは、広い意味での「生きづらさ」について。こんなにも恵まれている現代日本において、辛い思いをしながら日々を過ごしている人がたくさんいるのはおかしいんじゃないか。どうしてこんなことになったのか。何が原因となっているのか。

 それらの問題点を、サブタイトルにもなっている「働く」「家庭を持つ」「お金を稼ぐ(使う)」という視点からそれぞれ捉え直すような構成となっています。これまでの常識と現在の社会を再考した上で、「現代の価値観」を見直すための一視点。

 

 ――とは言っても、やはり既刊同様にこれっぽっちも押し付けがましさはなく、淡々と語るのみの口調は独白的でもありました。それゆえに、かえって読者の共感を得やすい論調となっているように感じなくもない。

 「僕はこういう風に考えていますよー」くらいの感覚で受け止められるので、とてもゆるゆると読み進められる格好。強い文体であれば「そのとおりだ!」「いや、それはありえない!」と、読む側の賛否も明らかに分かれそうなところを、「それもそうかもなー」「うーん、ほんまかいなー?」とゆるくツッコみながら読めてしまう書き口。phaマジックだ。

 

「普通」や「常識」って、なんだっけ?

 世間、社会、空気、同調圧力――などなど。日本特有の “抗いようのない何か” としてよく語られがちなそれを著者は、「生きづらさ」の原因として語っています。

 

今の日本で生きるのがつらい人が多い原因は、単純にお金がないとかいう問題より、社会を取り巻いている意識や価値観の問題が大きいと思う。今の社会では、生きていると常に外から内からプレッシャーをかけられているように感じる。

 

 どうして働くの? ――サラリーマンとして働かないと生活ができないから。働くことで充実感を得られるから。

 なぜ結婚という制度があるの? ――結婚することで社会的な地位を獲得できるから。子孫を残すのは生物の義務だから。

 なんでたくさんのお金が必要なの? ――だいだいの問題はお金で解決できるから。お金があれば楽しく過ごせるから。

 

 ――何より、 “普通” はみんな、そうするでしょう?

 

 上記の理由に限ったものではないけれど、これらは “常識” として世間的に共有されている事実でもあります。当たり前の価値観。考えるまでもないこと。みんなと同じように、安定に高確率で幸せに生きるための、たったひとつの冴えたやりかた。

 しかし、それらが「生きづらさ」の主たる原因となっていると、phaさんは書いています。身に覚えのある人も多いのではないかしら。それが本当に正しいのかという疑念や違和感を持つことはあっても、具体的に言語化するまでは至らず、結局は「普通」に迎合してしまうような。

 本書で示されているのは、そうした「普通」に対する違和感と、考え方。「それはおかしいからこうするべき!」と断言するようなことはせず、「普通」の価値観の優位性や歴史に関しても客観的に分析しつつ、「それでも辛いなら、逃げ出せばいい」と別の選択肢を示すような言説となっています。

 

多くの人が普通にこなせないものを「普通の理想像」としてしまっているから、みんなその理想と現実のギャップで苦しむのだ。そんな現状と合っていない価値観からは逃げていいと思う。そんな価値観に従うのは自分で自分の首を絞めるだけだ。

 

 「仕事で得られる達成感はおまけに過ぎない、暇だから働いているだけ」

 「現代の “家族” のシステムの歴史も数十年のものでしかない、もっといろいろな形の “家族” が認められてもいい」

 「ツールでしかなかった “お金” が全ての基準になってしまっている、自分の価値基準をもっと大切にしたい」

 

 筆者が提示しているのはこのような、「こういう考え方があってもいいんじゃない?」という選択肢のひとつに過ぎないもの。

 過去の「普通」や、現在の「常識」も一要素でしかなく、あまりに多様な価値観が生まれつつある現代においては、それを絶対視するのもどうなんだろう、と。かと言って「普通」を全否定するものでもなく、複数の選択肢を考慮した上で、自分にとっての最適解を選ぶことを勧めています。

 

社会にとっての価値と、自分にとっての価値

 もちろん、phaさんの生き方は誰にでも真似できるものじゃないし、真似すべきものでもない。今の生活に満足しているならそれに越したことはないし、いろいろと問題はありつつも、納得しているならそれでいいとも思う。

 でも、もしも無理して辛い生活を続けているのなら、こうした選択肢もありますよ、と。本書ではそうした “別案” を示す言説が数多く登場しており、「そういうのもあるのかー」と読み流すだけでも結構おもしろいんじゃないかと思います。

 加えて、単に「選択肢」を投げるだけに留まらず、これからの「生き方」を考える上での基準をもいくつか示しているため、人によっては響く部分もあるのではないかと。例えば、以下のような。

 

大切なのは、周りに流されずに「自分にとって本当に必要なのは何か」「自分は何によって一番幸せになるか」という自分なりの価値基準をはっきり持つことだ。それとまあ、自分一人だけで周りと違う価値観を持って生きるのも孤独でキツいので、自分とある程度価値観が近い仲間や友人を持つことも必要だ。

 

 ちょうど昨日の記事でも書きましたが、自分が今、収入は少ないながらも生活を楽しみ退屈を感じずに過ごせているのは、きっとこうした基準が割とはっきりしているのではないかと思い、共感できました。

 自分にとって必要なものと、幸せの価値基準。当然と言えば当然の話ではあるものの、たびたび迷子になってもおかしくないものだと思います。流行を追いかけ続けて消耗するだとか、広告や周囲の煽りを受けて消費させられてしまうとか。それが楽しめればいいけれど、「ただなんとなく」で続けていると、どこかモヤモヤがたまるように感じる。

 

 他にも、『フルサトをつくる』でも記されていた田舎暮らしで培った生活の楽しみ方、や、居場所の作り方、人のつながりの大切さ――などなど、少しでも「生きづらさ」を緩和するための考え方・選択肢を、持論とともに展開している本書、『持たない幸福論』。

 おそらく、昨今話題のミニマリスト的な価値観すらも “持たない” 筆者の視点による言説は、日々をあくせく過ごしている人に大小さまざまな感慨をもたらすものとなるのではないかと。若い世代から上の世代まで、どんな層にでも勧められる一冊です。

 

余計なことを考えられる心の余裕、それが人間の一番素敵なところだと思う。

 

 

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