『本当にわかる言語学』“正しい日本語”って、なーに?


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photo by Gonzo Bonzo

 これまで、たびたび「ことば」に関する記事を書いてきて、「ことば」というものに興味がわいてきた今日この頃。そんな時、書店をぶらぶらしていて目に留まったのが、こちら、『フシギなくらい見えてくる!本当にわかる言語学』(日本実業出版社/佐久間淳一著)。

 

 

 表紙をひと目見て、「よくある入門書かな?」と思って読んでみたところ、とんでもない。結構、難しくないだろうか、これ。読書メモを取りながら読んだところ、そこそこの時間がかかりました。メモも、気付けば10ページという分量に。あわわ。

 そんな本書でありますが、「言語学」の範疇に収まらない、様々な学問の考え方が提示され、非常に刺激的かつ、お腹いっぱいになれる良書でございました。メモをそのまま引用すると、どえらいことになるので、簡単に内容をご紹介。

 

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「言語学」とは

 第1章では、「言語学とは何か」と題し、その研究対象・方法、歴史と考え方について、ざっくりと説明したものとなっている。簡潔にまとめると、こんな感じ。

 

言語学

 「言語」に関するありとあらゆるものを研究対象とする学問。関連する学問まで含めれば、対象とする領域はとてつもなく広大。

 

研究対象

 ありとあらゆる「言語」と、それに関する全て。英語や中国語といったメジャーなものから、限られた部族やひとつの集落でしか話されてないようなマイナーなものまで。

 その言語の歴史や使い方に限らず、文法、構成、発音、他言語との関係性、変化の過程、時代考証、文化との関係性、人の思考に及ぼす影響などなど、なんでもあり。

 対象によって、研究の手段も様々。研究室にこもって、ひたすら文献と資料をあさるだけだったり、少数部族の言語であれば、実際に現地でデータ収集をしたり。

 

 ……なんというか、気が遠くなりそうな話。普段から僕らが当たり前に使っているものだからこそ、研究対象はいくらでもあり、広大で、深遠だ。

 しかも、その成り立ちや人間の思考との関係性などを探ろうとすると、脳科学や神経科学の範疇まで語る必要があり、もう大変。もちろん、前述の少数民族などのマイナーな言語であれば、人類学や民俗学的な研究にも取り組む必要が出てくる。うへえ。

 まえがきによれば、本書は言語学の入門書として、専門用語は必要最低限なものしか取り上げていないそうだ。数多いる言語学者と、その思想に関しても、簡潔かつ分かりやすいよう、日常生活の具体例を出しつつ、説明がされていた。

 その中でも、頻繁に名前と思想が参照されるのが、ソシュールさん。「近代言語学の父」と呼ばれる彼の考えの前提がなければ、言語学は語れない!…ということで、その考え方を引用しつつ、まとめたのが、こちら。

 

言語を規範として、社会制度のひとつとしてみなすのではなく、同じ言語の話者の間にある、暗黙の了解、すなわち言語に関する共有知識の実態を探ること。規範の存在を前提にするのではなく、研究対象である言語の客観的な観察を通して、言語の実態に迫ろうという考え方

 

 既存のルールに照らし合わせて論じるのではなく、あくまで客観的に、言語そのものを観察すること。そのような意味で言語学は、ある事象に対し、説明するための仮設を立て、それを検証するというプロセスのもと、「科学的」なアプローチを行う経験科学である、と著者は説明している。

 その一方で、言語は人間が使うことで初めて成立するため、人間という不確定要素を免れることはできない、とも。絶対的に正しい原理の存在する自然科学とは異なり、多様性と恣意性を持つ言語学は、非常に不安定かつ気まぐれな学問であるように感じた。それはそれで、魅力的にも見える。

 

「言語」のあれこれ

 目次を見ると、本書の構成は次のようになっている。

 

第1章 言語学とは何か

第2章 「言語」のこれまで

第3章 「音」からわかる言語学

第4章 「単語」から見た言語学

第5章 「文」が教える言語学

第6章 「意味」を読み解く言語学

第7章 「文字」を眺める言語学

第8章 「文化」を語る言語学

第9章 「言語」の今、そしてこれから

第10章 真理をめざす言語学

 

 第1章は、前述のとおり。導入部として、言語学の範疇と大まかな考え方について、ソシュールの論を前提に説明している。

 続く第2章では、言語が生まれ、どのように変化してきたのかについて、簡略的に説明している。クロマニョン人が「音」を組み合わせて言語を作ったのに始まり、言語記号の持つ恣意性の話、音と概念を組み合わせて完成する「単語」の成り立ち、時代による違いや、他言語との接触による言語の変化、日本語のルーツ、人工言語、など。

 

 第3~8章までは、「音」「単語」「文」「意味」「文字」「文化」という、複数の要素に言語を分類し、それぞれの視点から見た「言語」について解説している。

 学問色の強い、「言語学」の内容の解説であった第1、2章と比べると、比較的これらの話は分かりやすい。と言うのも、これらの章で見られる「言語」は僕らの生活に密着したものであり、日常生活に即した具体例のもとに説明がなされているからだ。

 

 例えば、英語の早期教育の是非や、スラングや若者言葉といった新しい言葉の話、同音異義語の持つ共通点、会話の仕組み、漢字・ひらがな・カタカナの効用、社会的階層ごとの言語の違い、などなど。

 もちろん、各事象を説明する言語学の研究分野*1に関する説明がメインとなってはいるが、身近な例と共に論じられていることもあって、とても分かりやすく、興味深い。

 そして、第9、10章では、「言語」の現状について論じつつ、言語学の目的・役割と、言語学者の使命をまとめている。

 

「正しい日本語」って、なーに?

 このように、なかなかに濃ゆいラインナップとなっている本書の中から、個人的に興味深かったトピックをひとつ、ご紹介。僕らに身近な、「日本語」の話。

 「最近の若者は正しい日本語を使っていない」
 「敬語が、言葉が乱れている」
 「間違った言葉を正して、美しい日本語を使おう」

 こんな話を耳にしたことはないだろうか。言っていることは分からなくはない。「ら抜き言葉」には違和感を覚えるし、僕自身、敬語を「正しく」使えている自信はない。

 だが、そもそも「正しい日本語」とは、どこで決められているだろう。言葉をまとめた辞書ですら、出版社ごとに解釈が異なることもあるし、「正しい」基準ってなんだろう。この問いに対して、筆者はこう答えている。

 

そもそも言語は誰もがまったく同じ言葉をしゃべっているわけではない。したがって、日本語はこうでなければならない、という唯一絶対の基準を設けることは、本来無意味なことと言わざるを得ない。

 

 すっぱり切られた!

 正直なところ、テレビで見ると、「言葉が乱れている!けしからん!正しくはこうだ!」なんて話している有識者が多いイメージだったし、書店に並ぶ本を見ても、「美しい日本語を使おう」「正しい敬語の使い方」的な本は常に見かけるものだったので、「え?そんなん無意味っしょ?」と言われるとは思わなんだ。

 では、言語学者の皆さんは、「日本語」に対してどのような立場をとっているのだろう。まとめると、次のようなものだ。

 

  • 文部科学省などが示す、学校の教科書で使われる日本語は、ひとつの基準ではあるが、絶対ではない。
  • 実際の言語使用に当たっては、他人に通じるかどうかということが重要な基準
  • 同じコミュニティに属する人々の間で共有されている表現は、正しい表現ということができる。
  • 言語学的に見た「正しい」日本語は教科書的な立場に近いのではないか、と思われがちだが、実際には言語学者も人々に共有されていれば正しい表現とみなす立場をとっている。

 

 つまり、大多数の人によって使われており、かつ意味が伝わる言語であれば、それは「正しい」日本語であると言える。

 これには、軽く驚いた。言語学者は、てっきり間違った言葉を正す役割も持っているかと思っていたので、その前提が覆された思い。あくまで、客観的な観察者でありつつ、必要とされた時には助言をする。予想外の立ち位置に少し驚かされたが、本書で述べられていた「言語の持つ恣意性」を鑑みれば、言語の意味をひとつの規範として定めてしまうのは、それはそれで問題があるように思えた。

 

言語学の使命、「ことば」のおもしろさ

 第10章で、筆者は言語学に課された使命について、「学問や宗教など、高尚な目的で用いられる言語の文法的な規範の確立」にあったというかつての言語学と対比して、以下のようにまとめている。

 

現在の言語学ではむしろ話し言葉のほうが優先的に考察すべき対象とされ、また、話者人口の大小にかかわらず、すべての言語が研究の対象となっている。その結果、すべての言語に共通する性質も言語学の考察の対象とされるようになった。また、グローバル化の進行とともに、絶滅の危機にさらされている話者人口の少ない言語を記録に残すことも現在の言語学に課された大きな使命の1つである。

 

 そして、言語学者としての使命。

 

言語学者の使命は、実際に言語がどのように使われているかを観察し、表現の良し悪しに論評を加えることなく、事実をありのままに記述することにある。

 

 あまりに広く、深く、未解明の謎も不確定要素も多く、しかも変化し続けている、言語学の領域。端から見ればそれはとても難しいものであるようだけれど、扱っている分野は、僕らの生活になくてはならない「言語」そのものだ。

 これまで「言語学」といえば、僕は大学で少しかじった認知言語学くらいしか知らなかった。が、本書を読んで、その入り口だけとはいえ、多くを学ぶことができ、その印象も大きく変わった。でも、やっぱり、「ことば」はおもしろい。

 僕らが当たり前に使っている「ことば」だからこそ、たまには違った視点から、その意味や使い方について考えてみるのもいいかもしれない。日本人として生まれた以上、日本語とは死ぬまで付き合っていくことになる。それを常識として無意識に使い続けるのではなく、ちょっと意識して考えてみれば、結構、おもしろいんじゃないだろうか。

 

 

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*1:音韻論、形態論、統語論、意味論、社会言語学、etc.