ぐるりみち。

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論理的文章術とは?『シカゴ・スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術』

 

 読みました同じ著者の既刊を過去に読み、その内容が面白かったので迷わず購入。既刊でも「論理」に関わる話が書かれていたものの、そちらはあっさりめ。本書がその内容を発展させたものなのではないかと思い、すぐに買ってきた形です。

 読み終えた感想は、一口に言えば「大正解」。全体としては、“論理的文章”の代表格である「論文」に焦点が当てられているけれど、ブログをはじめとする他の文章、さらには普段の考え方にも当てはめられる“技術”が、確かにまとめられておりました。

 実際、一例としてブログの記事も取り上げられており、「そういう風に書き直せるのか!」と面白く読めた。ブログを書くに当たって、さまざまな「文章術」を身につけたいと考えている人は多いと思いますが、その誰にでも勧められる内容です。おすすめ。

 

 

“明晰かつ判明”な文章を書くために

「論文の書き方」や「論文作法」は、本来、書き方や約束事の説明に留まるものではなく、そもそも論理的に考えるとはどういうことなのか、どういう手順を踏んだら、その伝達が明晰になるか、どうすれば理解できるか、その方法を明らかにしているものと考えた方がよい。逆に言えば、「明晰かつ判明」("clear and distinct" デカルトの言葉)に考え、言葉にする方法であるのです。

 

 本書の冒頭、「はじめに」の中でこのように書かれているように、前半部分はこの“明晰かつ判明”を前提とした「文章のつくり方」が解説されています。文章の最小単位から始まり、そのつなぎ方、段落構成、そして、筋道立てた「論理的な文章」の書き方。

 大学で論文を書いたことのある人ならば、この辺りは既知の情報が多いかもしれません。トピックを頭に持ってきて、副次的な内容をつなげる。比喩や凝った表現は排除し、平易な表現を心がける。「私は〜とかんがえる」といった、自己解説は不要。そして、Readers' Friendlyの原則。散々言われている、「読者が読みやすく理解しやすい工夫を施すこと」、ですね。

 

 そのような中でも、すっかり忘れていて復習になったのが、「接続語」に関するトピック。しばらく論文とは性質の異なるブログで文章を書いていたこともあって、「『そして』や『また』といった曖昧な表現の乱用はよろしくない」という指摘には首肯させられた。

 接続語なんて意識せずとも伝わる、と考えてしまいがちだけれど、読者にとって「読みやすい」文章を書こうとするのであれば、これを変えるだけで印象は大きく変わる。そのような指摘も具体例と共に明示されており、すんなり納得することができました。この本自体が、非常に読みやすい構成となっております。

 

根拠の基本の3要素「理由」「説明」「例示」

 前半部分が「文章のつくり方」に当てられている一方で、後半部分は 「論理的な文章構成」や「批判」に関する考え方がまとめられています。特に、論文の構成の基本となる要素が、以下の3点。

 

  • 理由 reason:「なぜなら、……だから」
  • 説明 warrant:「どうして……か」を論理的に説明
  • 証拠 evidence:現実のデータによって補強

 

 中でも重要となるのが、「説明」の部分。慣れていない人はどうしても、“〜だから”という「理由」の後にすぐ、“たとえば〜”という例示・証拠を持ってきてしまいがち。しかし、明確な論理を持って読者を説得しようとするのであれば、「説明」なしには成し得ない、と。

 

  • 理由を細かく分かりやすく言い換える
  • 言い換えは論理的必然の連鎖である
  • 説明がいい加減だと陳腐で常識的理解に陥りやすい
  • 論理展開を最後まで追いかけて根源的な主張にする

 

 読んでいて「なるほど」と納得したのが、3つ目の指摘、“説明がいい加減だと陳腐で常識的理解に陥りやすい”ですね。これ、自分もよくやっちゃうんだけど、「ブログ」という媒体で特によく見られる現象だと思う。その人の主張はよくわかるし、文章全体としても読みやすい。そこそこ筋が通っているようにも読める……んだけど、大事なところで定型表現や、感情論に持っていってしまうような。

 思うに、ブログ界隈でよく話題になる「文章術」って、主にこの点を指しているんじゃないだろうか。具体的に、論理的に、しかもわかりやすく説明したいのだけれど、簡潔にまとめたいのだけれど、それができず、いざというところで“陳腐な表現”に頼ってしまう。傍目から見ても、非常にもったいない。

 

 筆者も、この「説明 warrant」に関しては繰り返し触れて説明していることから、その重要性がよく伝わります。「論理」の肝の部分であると同時に、続く「例示」で示すデータを、より説得力のある形で使うための大事な根拠。詳しくは、ぜひ読んでいただければ。

 

「論文」の構造を持った「随筆」的なブログ

 もうひとつ、中でも面白かったのが、「段落」の視点から、文章内容の構成について解説した、第2章。一文を一段落として区切っている文章として、下記ブログ記事が挙げつつ、最終的にはこれを「論文スタイル」の文章に再構成するというもの。

 

 

 ここで取り上げられているのが、「point firstの原則」。筆者が言いたいもっとも大事な内容を「ポイント」、そのポイントについての細部の特徴を「サポート」として、“一番大事な内容を一文で先に述べ、細かく詳しい情報は後から補充すればいい”、としています。

 そのためには、エピソードから始める上記のブログ記事は少々わかりづらい。しかも、読者からの共感目的というよりも自分の主張を優先しているため、ツッコミどころが満載である、と。

 

 さらに筆者は、“その書き方が悪いと非難しているわけではありません”としたうえで、ブログのスタイルは随筆=感想文的だと指摘。その上で、「随筆」と「論文」の違いを次のようにまとめています。

 

随筆(いわゆるエッセイ)とは、自分の体験に基づいて感じたことを述べ、それを一般化して、人生や社会に対する考察につなげるという書き方です。

 しかし、論文=論理的文章では、そうではありません。論文は、対話・論争的スタイル、つまり読む人と議論して「なるほど、そうかもしれないな」と相手に感じさせることを目的とします。

 (中略)

 それには主張が先にきて、理由・説明がそれに続き、例示が具体的なイメージを与えるという構造がいいのです。

 

 これを単なる「構成の違い」あるいは「文章スタイルの違い」と受け取ることもできるけれど、「自分の文章」を考える上では、非常に重要なポイントなのではないかしら。

 

 先ほども書きましたが、ウェブ上では、たびたび「文章術」が話題になることがある。どうやったら魅力的な文章が書けるようになるのか。表現力はどのように鍛えればいいのか。文量はどのくらいで、構成はどのすればがいいのか。

 しかし、その書き手のスタイルがどのようなものかによって、その人の求める“魅力的な文章”は変わってくるだろうし、ブログが取り扱うテーマにも左右される。さらには、読者層にも合わせなければいけない。誰にも等しく、わかりやすく、かつ魅力的な文章なんてものは、存在しない。

 

 そう考えると、この「随筆」か「論文」かという視点は、ひとつの基準になるのではないだろうか。

 「わかりやすさ」や「読者の説得」を重視するのであれば、形式的な「論文」は広く支持されやすい。が、そこで自分の「キャラクター」や「個性」を出すのは難しい。逆にそちらを優先した「随筆」にすれば、一定のファンは得られるかもしれないが、誰をも説得させる「論理」を展開するのは難しく、ツッコミどころが増えてしまう。

 

 その点、筆者によれば、上記ブログの文章は、“一見随筆風ながら、完全に論文のスタイルに直せる”文章だという。これも、割と多くのブロガーの求める「文章術」でもあるように感じたのだけれど、どうでしょう。言うなれば、「論文」の構造を持った、「随筆」的なブログ。

 

 とは言え、筆者は次のようにも書いています。

このような書き方は、高等テクニックないしは「成熟したスタイル」です。我々は安易にこれをマネすべきではなく、普通に明瞭な文章=論理的な文章を書けるように、まずは修練・努力すべきなのです。それができれば、いくらでも崩して面白みを出せるのですから。

 

 どのようなスタイルを選択するかは、各々の自由。だけど、もしも本当に「わかりやすい文章」を書けるようになりたいというのであれば、小手先のテクニックよりも先に、完成された「論文」というスタイルで特訓してみてはどうか。

 まずは一度、「文章」に関して再考するのであれば、本書を導入として読むのはありだと思います。特に後半、具体的な論理構成&展開としての考え方は役立つものかと。

 

 個人的なイメージですが、本書の考え方の発展形としてあるのが、『知的複眼思考法』なのではないかと。事実、「文章構造」に関する指摘は、共通している部分が非常に多い。本書で「論理的文章の基本」を学んだ上で、それを複数の視点から解釈・検討する「批判的視点」と「複眼思考」を身につける、という順序はありかもしれません。

 

 

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