ぐるりみち。

平成生まれのフリーライターのブログ。本・映画・マンガ・アニメの各種レビューに、旅行・グルメ・街歩き日記など。

「話す」ように「書く」?ブログに書く文章はどこから来たの?

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「話し方がブログの文章そのままっすねー」

 

 ――と、それまではネット上でやり取りをしていた人と初めてリアルで会って話すと、高確率でこのようにツッコまれる。

 この後に付け加えて、「思っていたよりも若い!」とか言われるんですけどね。“思っていたより”ってなんやねん……いや、それならまだいいんですけど、実年齢を明かしたら「えっ……」て顔になるのはやめて! 傷つくから! 老け顔だけど!

 

 さらに最近は、ちょくちょくリア友にブログの内容をツッコまれることも増えたんだけど、そこでも似たようなツッコミが来るんですよ。

 

「おまえらしいな……(フッ」

 

 なんすかその「オレはオマエのことなんか隅々まで把握してるんだぜぇ……(イケボ」な感じ!いや、まあ別に嫌じゃないんですけど(///)、そんなにわかりやすいっすかね、僕。

 要するに僕の書く文章は、普段の話し言葉と限りなく近いのか、表現や言い回しが特徴的で分かりやすいのか、文から伝わる雰囲気がそれっぽい、ってことなんだろうけど。

 

 これって、割と人によって差が出てきそうでおもしろい。明らかにキャラを作っている人もいるだろうし、書き言葉になると途端に印象が変わる人だっている。その辺、どないな感じになっているんでしょう?

 

 

「話し言葉」を文章に変換する

 “ウェブ上の文章と、リアルの話し言葉が近い”と言われがちな自分に関して言えば、おそらく「話し言葉」をそのまま文章に変換していると考えられる。

 「話し言葉」というか、「頭で考えたこと」かしら。自分の脳内思考を自然な状態に近い「ことば」として抽出して、文章に落としこんでいるような流れ。

 

頭で考えて → スペースキーで「ことば」に変換 → エンターキーで文章化

 

 こんな感じ。ッターン!

 自己分析してみても、なんとなーくそんな気がしなくもない。

 

 そう、この“なんとなーく”も自分がよく使う言い回しだし、敬体と常体が入り混じりがちなのも、自分の普段の話し方っぽい。あとは、“〜〜っす”みたいな語尾もそうかな。

 一人称に関しても、普段は“僕”をデフォルトとして使いつつ、ちょいとふざけたことをネタ的に言うときには、“ワシ”と使ってしまうこともしばしば。さすがに“〜〜ござる”は使ってないと思うけど。……使ってない……よね?(不安)

 

 すると、“〜〜ござる”はどこから出てきたのかと言えば、それは「ことば」を変換、文章化する際についてきた、付属物のようなものかと。

 文章を読みやすくする「 」(カギ括弧)や句読点と似たような役割を果たすもので、類似表現が続くことを避けるための言い回しとして、無意識に、いつからかついてきたものなのではないかしら。文末にネタっぽい表現が入りやすいのも、それによるのかも。

 

 そうなんです。つまり、逆にリアルで会話をする際にはそのような「装飾」表現が咄嗟に出てこないので、僕と話してもあまりおもしろくないと思います。マジメか!!

 そういう意味で、自分の文章は「話し言葉」が変換されたものでありながら、その思考が拡張されたものでもある、と捉えてもあながち間違ってはいないのでは。こういう人は、意外と少なくないんじゃないかと思う。

 

論文、エントリーシート、別媒体の文体

 ただ、そうやってずっと同じような書き口でばかり書いていると飽きてくるというか、なーんか違うことをやりたくなってくるもの。そこで時たま記事として現れるのが、いわゆる「ネタ」系の記事でござる。好き勝手に書くの!超楽しい!

 

 それらに関してはぶっちゃけ、読者視点も何もなしに“放出しているだけ”のものなので、アクセス数も何も念頭に置いていないのですが。もしうっかり目に入ってしまったら、うっかり夜道で露出狂と遭遇してしまったと思って諦めてください。ごめんなさい。

 ただ、僕は割とこの辺の(自分の)マンネリ感を避けるための試みは重要だと思っているので、これからもたまーに書いていくのでしょう。所詮はメディアでも何でもない、個人の日記なので。バランスって、大事。

 

 他方、自分の文体が変わるときと言えば、別媒体で書いた文章がそれに当たります。例えば、こちらの記事。

 

 

 これは自分の卒業論文をちょちょいとリライト、いじったりなんだりした上で載っけたものなんですが、普段とは明らかに違う断定口調ですね。

 いま読み返すと「そこはそういう表現じゃないやろ!あうあー!」という未熟っぷりが散見されるけれど、まあこんな書き方もしてましたよ、というサンプルとして。

 

 サンプルと言えば、もうひとつ。

 

 

 こちらは逆に、全て敬体で統一されたエントリーシート。……という名の黒歴史。

 

 これを書いた当時の自分が目の前にいたら、全力で腹パンをかますレベルだけど、こういう書き口で就職活動もしておりました。

 卒論が全体的に淡白な表現になっているのと比べれば、こちらはまだ「自分っぽい」表現が使われているように見える。意識の高さは置いといて。

 

 こうして見ると、当たり前だけど、書く媒体によっても個人の文章って結構変わるもんなんだなー、と。言い換えれば、それら全ての文章を比較分析した上で抽出される表現や構成が、その人の「個性」となるのではないかしら。

 

ブログの文章はどこから来たのか

 僕は自分に「文章力がある」なんて毛ほども考えていないし、読んで楽しい魅力的な文章を書ける人は本当に尊敬しています。ただ、内容を度外視した単純な「文章」として見れば、人並みには「読める」ものを書けているんじゃないかと思う。手前味噌ですが。

 

 先ほど、“自分の文章は「話し言葉」が変換されたものでありながら、その思考が拡張されたものでもある”と書いたけれど、これは半分合っていて、半分間違っているようにも感じる。普段の自分は、理路整然と話すのが非常に苦手です。

 “アレ”とか“コレ”とか使いまくっちゃうし、「すげえ!」「いいなー」「うらやまー」なんて感嘆の言い回しもどこか残念。つまり、語彙は貧相だし、順序立てて語ることができないのです。わぁい。

 

 他方、別例として挙げた論文やESに関しては、訓練を受ければ基本的には誰でも最低限は書けるものだと思うのですよ。書式が統一されているし、しっかりとそれを学ぶための講義やセミナーがあるので。それは、自分にも当てはまるはず。

 

 ただしそうすると、「思考を完全にトレースしているわけでもなく、体系的に学んだわけでもないブログの文章は、どっから来たものなんだろう?」という疑問が出てくる。ブログを始めるにあたって“ブログ入門書”のようなものを読んだわけでもなし。

 

 ……と考えると、思い当たるものが2つありました。昔から好きだった「読書感想文」に代表される学校の「作文」と、モバゲーやmixiから続くSNSの「日記」でござります。

 

 「作文」に関しては、小中学校で出される課題の中でも、なぜか昔っから好きだったんですよね。原稿用紙や横書きのプリントをもらって、その空欄を自分の考えで埋めていく作業が楽しかった。感想文もめっちゃ気合入れて書いて、よく賞をもらってたはず。

 「日記」は文字通りのものじゃなく、SNSのマイページで書ける「自由欄」みたいな場所のこと。もちろん、「きょうはげーむをした。たのしかった。」みたいな日記も書いていたけれど。ただし長文が多く、一部マイミクにはドン引きされていた説が。

 

 例えば、ある友達が、

「今日はあいつとどこどこへ行ってきた!ちょー楽しかった!これがその時の写真な!またいこーぜ!」

と日記に書いたとすれば、僕は、

「今日は朝からこんな天気で僕はこんな気分で遊びに行くのが楽しみすぎてご飯がとにかく超うまい!あの駅で待ち合わせて道中はこんな話題でお互いにアホみたいに笑いながらそういえば電車にかわいい女の子が乗っていて目を奪われたけど何があったわけでもなくさあ目的地についてそれがこの写真でそこではこうこうこういうことをやってさらにこんな写真も撮ってその時僕はこう考えたけれど果たしてそれが妥当なのか僕には分からないからとりあえずその場はスルーして帰り道はこんな話で盛り上がりつつああ夕焼けがきれいだなーと車窓を眺めてた僕ってちょっとかっこいいんじゃないかと物思いに耽っていたら駅についていたので友達と別れて暗くなった夜空を見上げつつ今日は最高の一日だったなあとまとめて今は家で日記を書いているのが僕」

って感じ。自分で言うのもアレだけど、多分、だいたい合ってる。

ブログの持つ、独特の「距離感」が好きです - ぐるりみち。

 

 他にも、本の感想やゲームの情報収集、好きな曲まとめのようなこともしていました。……って書くとぶっちゃけ、今このブログで書いている内容と大差ないんですよね……。

 

 まとめると、自分の“文章好き”はおそらく学校の「作文」を由来とするもので、現在のブログの文体に至る過程には「SNSの日記」の存在があったんじゃないかと思う。ありがとう、モバゲー。ありがとう、mixi。ありがとう、前略プロh……はちょっと違うか。

 

 そんなこんなで、今回もまた考えなしで書き始めた記事だったのですが、自分は割と文章本位の人間であるようでございます、という話でした。

 あ、「文章」というか、目に見える形で書かれた「文字」「言葉」の方が適切かもしれない。人並み以上に、文字コミュニケーションに重きを置いているような。……え? メールによる告白? ありっしょ! ラブレターのデジタル版と考えればどうってことないべ! 

 

 

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