『旅と日常へつなげる』SNS疲れを予防し、ネットを楽しむための考え方


 ここ数ヶ月、口癖のように「旅行したい」と言っている。人間には三大欲求があると言うけれど、自分には並んで「旅行欲」があるんじゃないかと思うレベルで、足の先っちょあたりが「旅」を求めている。旅先の見知らぬ街を、ぶらぶらぼけーっと歩きまわりたい。

 どうしてそんなにも欲求がわいてくるのかと言えば、おそらく自分の場合、「非日常性」を旅に求めているせいなのではないかと思う。どうしてもマンネリ化しがちな日常から距離をとり、非日常的な空間・環境に己が身を置くことで、日頃の毒抜きをするイベント。それが「旅」。

 しかし一方で、旅先で自由気ままに過ごしたからといって、それで目的が完遂されるわけではないとも考えている。旅の道中はそれとして楽しみつつ、その目的が果たされるのは、旅先から「日常」へと帰ってきてから。“帰るまでが遠足”じゃないけれど、「旅」は過程に過ぎない。

 

 

 ――などという、個人的な旅語りはほどほどに、今日は「旅」と「インターネット」について論じられた本、『旅と日常へつなげる』を読みました。

 著者はブログ『チェコ好きの日記』の、チェコ好き@aniram_czechさん。もう3年ほどブログを拝読しておりますが、チェコさんの思想と文体を濃縮して切り取った電子書籍という印象で、楽しく読ませていただきました。すっきりしつつも、何か考えたくなる読後感でござった。

 

 

「SNS疲れ」から脱出し、ほどほどにネットと付き合う

 “インターネットで、もう疲れない。” というサブタイトルが示唆的な本書のテーマは、一口に言えば「デジタルデトックス」。現実とネットとの境界線が限りなく薄くなりつつある現代において、インターネットとの付き合い方を示した一冊となっています。

 冒頭で「インターネットが嫌い」と筆者が断言しきっていることから、日常生活からなるべくネットを排除することを目的にしているのかと思いきや、そういうわけでもなく。白か黒かという極論には走らず、メリットも多々あるネットをうまく使うための、 “付き合い方 ”を考える内容です。

 

SNSに接続し続けていると、なぜ私たちは疲れてきたり、穏やかではない気持ちになってきたりするのでしょうか。友人の昇進や結婚が羨ましいから? 友人が行った話題のレストランや、充実した海外旅行に嫉妬してしまうから? それらはどれもまちがいではありませんが、SNSやインターネットへの過剰接続が心に疲労をもたらす原因は、おそらく「欲望が似通ってきてしまうから」です。

 

 2006年にはすでに「mixi疲れ」という言葉があったように*1、インターネットのなかでも特にSNSは、しばしば「疲れる」ものとして語られがち。近年は「Twitter疲れ」や「Facebook鬱」も登場し、広い意味での「SNS疲れ」を多くの人が実感していると言えるでしょう。

 その問題を本書で指摘しているのが、上記引用部分です。“疲れ”てしまう理由は、ずばり「欲望が似通ってきてしまうから」。ネットで話題となっている流行を追いかけ、充実した生活を送っている(ように見える)友人の投稿が常に目に入り、焦燥感に見舞われてしまう。

 たとえ、目に入る流行や行為が自分の欲求を引き起こすものでなくとも、同じような投稿が大量に流れてくるタイムラインを見ていれば、徐々に感覚が麻痺してきてもおかしくはありません。ネット上の価値観を当然のように感じ、他者の欲望を自分の欲望として誤認したまま、流されるように情報摂取とコンテンツ消費を繰り返すようになってしまう。ゆえに、“疲れる”。

 本書が一冊を通して示しているのは、そういった「SNS疲れ」から脱出し、自分の内から生まれる「欲望」を持つための考え方。その手段として、SNSアプリを削除したうえで「旅」に出ることを勧める内容となっています。

 

「旅行」というのは、必ずしも1泊2泊や1週間で国内や海外の観光地をめぐることではありません。SNSアプリをしばしの間削除して、だれに見せるでもない自分の好奇心を探しに行く。そうすることで手に入れた新しい欲望を、周囲の音にかき消されないように大切に持っておく。それが、SNSと疲れずに付き合う方法のひとつなのだと私は思います。

 

他者との「弱いつながり」を保ったまま、自分の“ズレ”を大切に

 この『旅と日常へつなげる』の魅力のひとつとして、数々の書籍を参照することで論旨に説得力を持たせつつ、それら書籍に対する読者の興味関心を、ちょっとだけ突付いてあげるような書き口になっている点が挙げられます。要するに、「参考書籍がおもしろそう」に見える。

 加えて、チェコさんご自身が海外旅行の際に実践してきた「SNS断ち」のエピソードも興味深く、ちょっとした旅行記としても読めてしまう点も印象的。実際にSNSアプリを削除することによって旅先でどのような変化があったかを切り取った、等身大の体験記となっています。

 そして、それらの根っこにあるのが、本文中でも何度も取り上げられている、東浩紀さんの著書『弱いつながり』の考え方。発売当初は自分も含め、なぜか身近なブロガーさんがそろって「これはいいぞ」と感想を書き、局所的に盛り上がった話題書でもありました。

 

 

 この本の内容を(乱暴ながら)一言でまとめると、「Googleのシステムによって最適化された、情報を “見せられている” 環境から抜け出し、ネットのもたらす “強い絆” から自分を開放するための方法として、偶然性と “弱いつながり” に満ちた旅に出よう!」という内容。

 「ネット検索を使えば何でも調べられる!」は実際のところ幻想に過ぎず、そもそも自分の知識にある単語からしか「検索ワード」は浮かび上がらない。そこで、その「検索ワード」の幅を増やすための手段として、偶然性に身を委ねる「旅」の効用を示した一冊です。

 

 翻って、本書『旅と日常へつなげる』で描き出されているのは何か。それは、この『弱いつながり』で提示された「旅」の実践編であり、かつインターネット嫌いの筆者が自分のことばでもって丁寧に紐解いた、「現代のSNSの使い方」だと言えるのではないかしら。

 そう、本書の魅力は何と言っても、徹頭徹尾ずっと、筆者自身のことばで書かれている部分にあります。先の「参考書籍を引用する」点は “論文” 的な書き方となっていますが、続く「『SNS断ち』のエピソード」に関しては“ブログ”的でもあるように感じられるもの。

 こういった緩急のある書き口は、純粋に読みやすい。さらに、チェコさんのブログを知っている人にとっては読み慣れた文体として、まったく違和感なく読み進められるのではないでしょうか。「電子書籍」という別媒体でありながら、ブログっぽさも感じられるのが印象的でした。

 具体的な「旅」の行方と「ネット」の使い方に関してはぜひ本文で読んでほしいのですが……他方では、個人的に「これぞ!」と感じる一文がありましたので、引用させていただきます。

 

私とあなたとのちがいを、他人との差やズレを、大切にしてほしいと思います。

 

 ほんまこれ。本文終盤では、自分なりの「欲望」を形にして発信する方法が簡潔に書かれているのですが、この “ズレ” こそが何よりも重要なんじゃないかと思うのです。

 と言うのも、mixiもFacebookもTwitterもブログも、どうして「疲れる」のかと言えば、結局はどれもが「人に合わせる」という部分でルーチン化し、自分の欲望を露わにする余裕がなくなってくるからなんじゃないかと。流れ作業的に “いいね!” を押し、ツイートのおもしろさよりもリツイート数を見てRTボタンを押すような格好。そんなの、いずれはダルくなるのも当然でしょう。

 ブログも同じ。先人に言われるがままにデザインを真似し、SEO的に優れているからという理由でテンプレートの単語を埋め込み、自分なりの表現欲求を抑えてまで数字を目的にした記事ばかり書いていたら、どこかの段階で飽きてしまってもおかしくないように思います。そういった「型」は周囲からも丸わかりですし、自分で「やらされている」と少しでも感じたら、終わりは近い。

 

 なればこそ、自分の欲望を素直に表現することで、積極的に “ズレ” ていく姿勢が大切であると僕は思います。もちろん、一方ですべてを言葉にするのは難しいでしょうし、悪い意味での火種となるような表現は避けたほうがいい場合もあるでしょうが。

 ただ、長年にわたってネット上で何かを続けられている人って、良くも悪くもどこか “ズレ” ているし、少なからず自分の欲求に素直であるように見えます。各々に「型」はあれど、それはどこぞで “ブログ論” として語られているものではなく独自の、あるいは自分なりにアレンジしたもの。

 そして何より、みなさん、SNS上での距離感が絶妙なんですよね。仲が良い人はいるし、オフ会に行くことも珍しくないけれど、パッと見ただけでは各々個々に独立しているように見える。自分が楽しみつつ、相手とユルく長く付き合うためのバランス感覚を心得ているというか。情報・交友関係の過剰摂取を意識的に調節しているため、わざわざデジタルデトックスせずとも疲れない。

 

 ――とは言え、それでも「なんとなーく倦怠感があるなー」と感じるときもあるでしょうし、そんなときこそ「旅」の出番。きっと、今の自分がそれだ。本書から数々のヒントもいただいたことだし、夏の間には一度くらい西方を目指したいところ。GO WEST!!

 というわけで、後半はすっかり自分語りになってしまい恐縮ですが、チェコ好きさんの著書『旅と日常へつなげる』の感想でした。 “ブログ論” っぽさはありませんが、まず間違いなく、ブログ運営者は読んでおいて損のない一冊だと思います。あと、「SNS疲れ」にピンと来たそこのアナタ!

 

 

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