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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

しとしと雨音、コポコポやかん、音で楽しむ春雨模様

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くらしの灯 いきいき点す 菜種梅雨

鈴木真砂女『夕螢』

 

 3月下旬から4月上旬にかけて、この時期に降る雨のことを、「菜種梅雨なたねづゆと呼ぶらしい。菜の花の鮮やかな黄を濡らし、緑を育む、春先のあたたかな雨。正確には連日降る“長雨”を指すらしいので、今日の雨は当てはまらないのでしょうが。単なる“春雨”っすね。

 日本語には「雨」の表現がべらぼうに多いらしく、手元にある『美しい日本語の辞典』を見るだけでも、ざっと200〜300くらいの表現が掲載されている。季節や時間による違いにとどまらず、場所によっても異なる表現があるから驚きだ。3月22日限定の「高野の大糞流」なんて雨もあるそうな。

 

 

日常を彩り、脳と心を揺さぶる「雨」の存在

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 春雨桜雨花の雨催花雨杏花雨――この時期に降る「雨」を示す表現は、冒頭に挙げたもの以外にもこれだけある。見るからに「花」が関連している単語が多く、自然と「春」という季節が想起されるものばかり。「春時雨」なんてのもある。

 そういった季節感を知れる「雨」は趣深くも感じるけれど、一方で、世間的には「雨」に対するイメージはあまりよろしくない……気がする。傘という余計な荷物を持って出かけなければならないし、洗濯物は干せないし、移動手段も限定されてしまう。めんどい。ダルい。

 

 けれど自分の場合、雨の日=憂鬱というわけではない。そのときの季節や気候に関係なく、「雨」の気配を感じると……ちょっとだけ、心が揺れ動く。――おっ、雨が降るぞ。今日の予定はどうしようか。普段は行かない道を通ろうか。近所の猫はどうしたかな。

 天気予報の存在はあれど、自然現象たる「雨」は主として、想定外の出来事の形を成して“降”りかかる。日常における突発クエストであり、特別イベント。「雨」の存在を認識するやいなや、「じゃあどういうふうに動こうか」と脳が回転をはじめ、普段とは違う選択を導き出す。

 

 そんな「雨」はある意味で、変化の少ない日常を彩る“スパイス”ともなりうるものだ。別に「雨が降るぞうひゃっほおおおおお!」なんてテンションが爆発するほどではないし、屋外イベントが雨で中止になったら凹むけれど、日々の生活に、ちょっとした刺激を与えてくれる。

 “いつもどおり”を絶妙に変えてくれる、空から降り来る、急な来客。雨が降ったら、それがたとえ不快なものであろうとも、心のままに、ちょいと物思いに耽ってみるのもいいのではないかしら。雨水に洗い流されるがごとく、内から明るみになる思いや考えがあるかもしれない。

 

うらさぶる 心さまねし ひさかたの 天の時雨の 流らふ見れば

万葉集巻一・八二

 

嗅覚を刺激する雨と、聴覚で楽しむ雨、雨のスリーコード

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 「雨」と言えば、匂いも好きだ。降り始める少し前から徐々に大気中を満たしはじめ、降り注いだ雨によって土や草花と共に香り立ち、降り止んだ後もしばらくは鼻腔を抜けている、あの匂い。

 実際のところそれは、ペトリコールだかゲオスミンだかオゾンだかといった、化学物質の匂いらしいのだけれど……*1。それでもあの、湿った土のような、植物のような、しっとりとした自然の匂いが好きだからこそ、「雨」自体を嫌なものとして感じることも少ないのだと思う。

 

 そういった「嗅覚」から感じる雨模様がある一方で、最近は「聴覚」から雨の日を意識し、楽しむ機会も増えた。自然音としての「雨音」って、どこか落ち着く気がするのよね。よほどのざあざあ降りでないかぎり、読書や作業の“BGM”として最適なのです。

 加えて――これはつい最近になって気づいたのだけれど――、雨が降ると、不思議とお茶・珈琲が飲みたくなる。台所に立ち、お湯を沸かして、茶葉あるいはティーバッグを用意し、コポコポと飲み物を準備するべく、雨音に動かされるように身体が動く。……僕だけかしら?

 

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 はっきりとした理由はわからないけれど……そのようにすると、なんとなく“しっくりくる”。雨音を窓の外に聞きながら、やかんやポットでお湯を沸かすときに聞こえてくる“コポコポ音”が、家の中で奏でられている状態。しとしと&コポコポ、自然音と生活音のセッションは、落ち着く。

 それはきっと、街の喫茶店には人々の話し声があり、週末の図書館には静寂があり、駅前の雑踏ではあらゆる音が聞こえるのと同じ。それらの“しっくりくる”環境音のように、雨の日の屋内には、雨音とは別の水音があるのがふさわしい。コポコポ、グツグツ、ジャージャー、など。

 

 

 あとは「雨」をテーマにした音楽もあると、なおよろしい。ネガティブな印象も否定できない「雨」だけれど、メロディにせよ歌詞にせよ、意外に前向きな捉え方をしている楽曲が多いように感じた。穏やかさ、ひと休み、静寂……といったイメージ。

 ――なーんて書いているうちに、気づけば、外の雨もやんでしまっているわけですが。梅雨の時期のジトジト雨も、続けば嫌気がさしてくるように、「雨」はたまに降るくらいがちょうどいい。そのわずらわしさも含めて、日々のスパイスとして楽しむのも悪くない。雨は、いつかやむさ。

 

雨のスリーコード

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