コミュ障が20年かけて会得した会話術『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』


  • 「コミュニケーションの目的は、コミュニケーションそのものである」
  • 「自分の欠点から生まれる『キャラクター』を認めて立ち回れる愚者は強い」
  • 「誰よりも悩んでいる『コミュ障』の人は、最高のコミュニケーターになれる」

 

 このように話すのは、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記*1@yoshidahisanoriさん。アニメ・オタク文化に親しんでいる人の中には、イベントで目にした、ラジオで耳にしたことのある人も少なくないのではないかしら。

 本書『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』は、吉田さんが「コミュ障の私よ、さようなら」と題してニコニコ生放送で語った話を再構成したもの。非常に柔らかな語り口調の文体で、「易しいコミュニケーション論」としてきれいにまとまった本となっています。

 “易しい” とは言っても、その内容は意外に実践的。書店に行けばコミュニケーション論の本を手に入れるには事欠きませんが、「コミュ障」の視点から「そもそもコミュニケーションとは何ぞや」を語った書籍は数少ないのではないでしょうか。少なくとも、自分は読んだことがありませぬ。

コミュニケーションを扱うほとんどのビジネス本は、コミュニケーションをまるで通過点のように扱ってしまっている。いきなり商談のシーンが登場して、「初対面の相手にはこんな話題を選びましょう」とか「聞き手になって好感を持たれましょう」とか、相手を都合よく動かすのが目的のように語られます。でもそうじゃなくて、そのまえにコミュニケーションについて、人と話をする営み自体について、もっと考えることがあると思うんです。

 本書で吉田さんが話すのは、その場にいる誰もが気持ちよく話すための「非戦のコミュニケーション」。勝ち負けのない「ゲーム」としてコミュニケーションを捉え、その構造を分析し、どのように立ち回ればいいかを示した解説本。そして実際的でありながらも、世に多くいる「コミュ障」を応援するべく書き下ろされた激励本としてもおすすめできます。

 

スラングとしての「コミュニケーション障害」の意味

 インターネット上をはじめとして、「コミュ障」という言葉は当たり前に使われている印象がありますが、そもそも本当に「障害」を持っている人はどの程度いるのだろう。

 実質的には、「自分はコミュニケーションが苦手、会話に難がある」と感じている人が自虐的に表現しているケースが多いのではないかと思います。そしてこの言葉が広くまかり通っているということは、それだけコミュニケーションに悩みを抱えている人が多いことの証左とも言えるのではないかと。

 しかし一方では、 “コミュニケーションは歩行のように誰にでもできる、世間的にはできてあたりまえと思われている” からこそ、「障害」という単語が付随していることもまた否定できない。でもそれは、大きな誤解だと吉田さんは話しています。

コミュニケーション、すごく難しいですよ。決して最初からできてあたりまえではない。その意味でぼくは、世の中で一般的に使われている障害の語は、コミュニケーションには当てはまらないと思っています。

 誰もが最初からできる、普遍的なものではない。でも苦手だからと言って、克服が不可能なものでもない。鉄棒の逆上がりのように訓練すればできるようになるし、技術を身に付ければどうにかなるものだ、と。

 目標は、タイトルにもなっている、 “話をすると楽になるこの人” になること。そのために会話の構造を解き明かし、コミュニケーションを楽しむための考え方とテクニックを説明していくのが、本書の大筋の流れとなっております。

目指すは、協力プレーによる「非戦のコミュニケーション」

 筆者曰く、コミュニケーションには「型」がある。「ありがとう」と感謝されたら「こちらこそ」と返すように、究極的には、そんないくつもの定石の積み重ねでしかない。なればこそ、コミュニケーションを「ゲーム」として捉えて分析することもできるはずだ、と。

 ゲームとしてのコミュニケーションには、具体的には次の4つのルールがあると話しています。

コミュニケーションの4つのルール
  1. 敵味方に分かれた「対戦型のゲームではない」、参加者全員による「協力プレー」
  2. ゲームの敵は「気まずさ」
  3. ゲームは「強制スタート」
  4. ゲームの「勝利条件」

 ゲームの勝利条件は、 “参加している人全員が会話を通じて気持ちよくなること” 。コミュニケーションの参加者の中に「敵」の存在はおらず、強いて言えば場を支配する「気まずさ」をぶち破ることだとしています。

 「気まずさ」は、参加者の間を流れる不和とでも言いましょうか。お互いに言葉を交わしてもどこか楽しめていない、妙な沈黙が発生する、会話が続かない、明らかにテンションに差がある――などなど。うわあ、心当たりがありすぎて辛い……。

 とくれば、コミュ障な自分からすれば「空気を読める人が最強」なんじゃないかと漠然と考えるところ。その場のメンバーや状況に合わせて、うまいこと会話をつなぎ続けられる調整役。……まあたとえ “空気を読め” たとしても、自分に自信がないのでダンマリしてしまうのがコミュ障たる所以ではありますが。

 

誤解上等!先入観を素直に吐露して“しゃべらせる”

 そこで吉田さんが提案している必勝法は、とにかく “人にしゃべらせる” こと。相手に楽しくしゃべってもらうために、自分がどう反応し、立ちまわるかで全てが決まる。そう説明しています。

 そう言われると「つまり相手に会話の主導権を渡し、へいこらし、あとはひたすら空気を読むだけってこと?」と考えてしまう。それこそ「コミュ力」がないと相手を不快にさせかねないし、常に相手の反応を推測するなんて無理ゲーじゃないか。自分はそう思いましたが、次がおもしろかった。

 人にしゃべらせる方法を考えたときに、先入観は持っていたほうがいい。もっと言えば、先入観はむしろ間違ってるほうがいいかもしれないくらい。なぜか? 人は間違った情報を訂正するときにいちばんしゃべる生き物だからです。

 先入観を投げ出す最大のキーは、はじめからその人を正しく理解しようとしなくていいってことです。コミュニケーションはゲームだ、気まずさを回避する協力プレーだというのは、コミュニケーション自体が誰かのことを正確に理解するためのものではないからです。

 みんな理解はバラバラでいい。理解はどこまでいっても誤解の一種、誰かを完璧に理解することなんてできません。それがコミュニケーションの基本的な構造。だからぜひ間違えられてみてくださいって話です。

 間違ったことを言えば、嫌われるんじゃないかと気にしてしまう。相手を理解しようと精一杯努力しなければ、うまくコミュニケーションを続けることはできない。

 ――そんな思考のどツボにはまったことのある人も少なくないんじゃないかと思いますが、それは逆だと。先入観や誤解からこそ会話が広がり、それを互いに修正していく中でこそ心地良いコミュニケーションが発生すると、ここでは述べられています。

 でも言われてみれば、確かに心当たりはあるんですよね。僕なんかは老け顔なので、年齢の話で「30歳前半くらいですかー?」と聞かれて、「違います!こう見えて!平成生まれ!です!!」なんてやり取りをすることもしばしば。年齢の話ってセンシティブな印象があったのでこちらから振ることはないのですが、考えてみれば鉄板ネタだし、よく聞かれているよなあ……と。

 また、吉田さんは次のようにも話しています。

アナウンサーの仕事をよく「伝える仕事」だって言う人がいますけれども、伝えるというのは、なるべく伝わるよう演出することにすぎないんです。ある事柄を「これを理解しなさい」と言って完璧に伝えられるかといえば、そんなことは絶対にできない。

コミュニケーションは、自分が伝えたいと意識したことが相手に伝わるわけではない。逆に言えば、伝えたいことなんてなくても、何かが伝わってしまうことが前提になっているんです。

 この「伝える」ではなく「伝わる」という表現。過去に読んだ何冊かのコミュニケーション論の本でも登場していたので、自分としては非常に説得力のある言葉です。

 こちらの意図どおりに事柄を “伝える” のはプロでも難しく、何もせずとも “伝わって” しまう先入観もある。それならば、間違えたって良いじゃない、ということですね。

「コミュ障」な自分を許せない人へ

 後半からは「技術編」として、 “会話を通じて気持ちよくなる” ためのコミュニケーションの方法を説明しています。ここでは、個人的に印象に残った部分を箇条書きで抜粋させていただきます。

ポイント
  • コミュニケーションの技術を考える際の枠組み「試合時間」
  • “話題とは質問から生まれる相手の受け答え”
  • “その話kwskという問いかけと、ポーズでもwktkすることが大切”
  • 「ホメる」「驚く」「おもしろがる」という三大テーマ
  • 神の一手たる質問「髪切った?」とタモリさんの立ち位置
  • コミュニケーションの基本構造「トラップ」「パス」「ドリブル」
  • 自分の欠点、コンプレックスを「キャラクター」とする愚者戦略

 詳しくはぜひ本書の方を読んでいただきたいのですが、1冊を全て読みきればきっと、自分を「コミュ障」だと考えている人の手助けとなるはずです。

 コミュニケーションが苦手。人見知り。他人に興味が持てない。

 外部との交流に大きな悩みを抱えている人は、どうしても自己嫌悪に陥ってしまうことがあるのではないかと思います。周りの人は当たり前にできているのに、自分はどこか世間とズレているような疎外感。ズレているのは、他者を理解できない自分が悪い、と。

 吉田さん自身もその問題にずっと悩んできて、何を間違ったかアナウンサーとして就職してしまい、日常的に多くの他人とコミュニケーションを取らざるを得ない状況で考え続けることになった、と話しています。その試行錯誤の日々、技術を会得していく過程は、 “自分を許すための手順だった” 、とも。

なぜ、この人と話をすると楽になるのか。みんながそういう「この人」になってほしい。真剣にそう思っています。それをぼくなりにあらためて考えてみると、自分を許した人こそが「この人」になれる。そう思うんですね。

 この感覚はおそらく、これまで “許せない自分” を責め続けてきた人にしかわからないものなのでしょう。だから、「自分を許すって、どういうこと?」という人には必要ない本だともはっきり書かれています。

 しかし、コミュニケーションが苦手(だと思い込んでいる)な自分を許せないと考えている人、そんな自分をどうにかしたいと考えている人は、本書を読んでみることをおすすめします。この本の魅力を説明しきれているとはとても言えませんが、少しでも心惹かれる点があったのでしたら、ぜひぜひ。

 

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