池上彰さんが語る“伝え方”とは?『相手に「伝わる」話し方』を読んだ


 この本を手に取られた方は、「わかりやすい話し方のテクニック」を手っ取り早く知りたいと思われているかもしれませんが、残念ながら、そんなことは、この本には書いてありません。

 実は私は、そんな便利な「話のテクニック」など存在しないと思っているのです。

 

 池上彰さんの『相手に「伝わる」話し方』を読みました。

 上記のように書かれているように、「これさえやっておけば、だれだって話し上手☆」になれるハウツー本ではない。というか、そんな本が存在したら教えてほしい。

 どちらかと言えば、サブタイトルの方が本書の内容を端的に示しているように思う。

 “ぼくはこんなことを考えながら話してきた” 。各所で「わかりやすい」解説に定評のある池上彰さんが数十年を通して試行錯誤してきた、「伝え方」を自らまとめた内容。

 見方を変えれば、池上さんの「NG集」というか、失敗体験を殊更に記録した経験談。Amazonのカスタマーレビューに “本自体が、伝え方の見本” と評している人がいらっしゃいますが、思わず膝を叩いた。まさしく。

 

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失敗を繰り返す中、考え続けた記者時代

 

 本書の前半は、主に池上さんが記者として働いていた頃の話に焦点が当てられています。取材をする中で、全く警察官の話を聞き出せず途方に暮れた新入社員時代。

 “20代の池上彰” という存在が新鮮すぎて、「池上さんにもこんな時期があったんだ……」と軽くおののくレベル。いや、そりゃあそうなんでしょうが。最初から「いい質問ですねぇ!」なんてガツガツ突っ込んでいたはずもないのですが。

 この辺りの話に関しては、そこそこの社会経験を積んでいる学生さんにも、覚えのありそうな内容になっているようにも見える。見知らぬ人と会話をし、打ち解け、情報を引き出すための考え方。

 

 私の警察取材の突破口は、交通事故の取材でした。いつも担当の警察官から取材するということを繰り返すうちに、人は互いの間に「共通体験」があると話しやすく、それがないと言葉の接ぎ穂に困るものだということにも気がつくようになりました。

 「方言の効用」もありました。方言を使うことで、共通の基盤に立ったような気になれるのです。いつもきちんとした共通語を使っていると、よそよそしく、心理的な壁ができてしまいます。くだけた日常会話では、共通語はかえって邪魔になります。こういうときは、方言の出番です。

 

 会話のきっかけとしての「共通体験」と、そのひとつとして、地域特有の「方言」を利用した形。僕自身、入社してすぐにド田舎で営業周りをすることになったため、非常に共感できるポイントでした。意識するまでもなく、自然と「方言」は身に付くのよね。

 多くの人は自分に関心を寄せてくれる相手に好意を持つし、自分の好きな分野に関する質問をしてもらえれば、話したくなるもの。一生懸命に “聴こう” とする姿勢を持てば、相手も話しやすくなるし、距離も縮まってくる。まずは、聞き上手になろう。

 割と基本的なことではありますが、それが池上さんの経験、特に失敗体験を通じて描かれているのがおもしろい。

 なにげにマスコミの業界事情や隠語の意味なんかも解説されており、純粋に楽しんで読み進めつつも、メイントピックである「『伝わる』話し方」の方向へ舵取りがされているような格好でございます。うめえ。

 

コミュニケーションは相手を「思いやる」という前提から

 そういえば、本書とどこか書名が似ている『伝わっているか?』という本を少し前に読みました。こちらは、コピーライターである著者の考える「コミュニケーション」が主題となっていましたが、2つの本が “伝えよう” としている部分も非常に似ているように感じた。

 

 

 それすなわち、「コミュニケーションにおいては相手を主体に考える」という大前提。いずれも、 “伝える” ではなく “伝わる” という表現が似ているな―と考えていたら、実際の内容も近しかったという。普遍的なテクニックはなくても、考え方は共通するものなのかしら。

 

 相手は何を知らないのか。

 こんな言い方をして、相手にわかってもらえるのか。

 ひょっとすると、相手は知らないのではないか。

 常に自問自答し、伝える相手への想像力を持っていないと、わかりやすい説明はできないのだ、ということを思い知ったのです。

 

 当たり前と言えば当たり前だけれど、人と人との間でコミュニケーションを取る以上は、「わかる」ように伝えなければならない。そこで必要なのは自分の知識や考えというよりも、まず「相手目線で “伝わる” 言葉を選ぶ」という部分に帰結する。

 このことを徹底的に考えるきっかけとなったのが、「なにがわからないのか、わからない」という出発点から始めたという、おなじみの『週刊こどもニュース』。大人でもうまく説明できない言葉や物事を、全く何もわからない子供にどうやって伝えればいいのか。

 本書中盤の内容に当たりますが、単に「何をしたか」だけではなく、具体的に「どのような説明をしたか」まで例示されていて勉強になった。そう、知らないことだらけだったんです。 “亡命” の「命」が「戸籍」を意味するなんて、初耳でござるよ。

 この部分では、ハウツー本っぽい、 “「わかりやすい説明」の方法” も示されていたので、引用してみます。

 

①むずかしい言葉をわかりやすくかみ砕く
②身近なたとえに置き換える
③抽象的な概念を図式化する
④「分ける」ことは「分かる」こと
⑤バラバラの知識をつなぎ合わせる

 

 わかりやすく伝えるためには、伝える内容をきちんと分けてみることです。「分ける」ことは「分かる」ことに通じるのです。

 雑多な情報の中から必要な要素を取り出し、その要素を的確に分け、適切な順番に並べて伝えることが、「分かる」ことになります。必要な要素を分けて再構成して見せることで、視聴者の頭の中が整理でき、理解しやすくなるのです。

 「わかる」とは、自分がこれまで持っているバラバラの知識がひとつの論理のもとにまとまったときです。

 あるいは、頭の中でひとつの「絵」にまとまったときです。いわば、ジグソーパズルの一片がスッポリと収まったようなものだと言えばいいでしょう。 

 

 物事の要素を分解し、自分にも相手にも “わかる” 共通の大きさにしたところで、他の要素も組み合わせることで、その “わかる” を大きくしていく。そうして徐々に徐々に大きくなっていった “わかる” が、最終的に全体像を「理解」することにつながるのでしょう。

 そのためには、あらかじめ自分で各要素を説明できるようになっていれば、ベストだとも言える。でもそれだけではダメで、しっかりと相手に「伝わる」形で示せなければ意味がない。それゆえの「相手目線」であり、「思いやり」が必要とされる理由。たいせつたいせつ。

 

結局はトライアル&エラーの積み重ね

 先ほどの『伝わっているか?』の感想記事の最後に、当時の自分はこんなことを書いておりました。

 

 個人的には、自分の為になるか怪しい、輝かしい誰かの「成功本」よりも、過ちやありのままの体験を記した「失敗本」が読みたい。今のところ、それが読めるのはネット・ブログの場の方が多そうですが。

 

 本書『相手に「伝わる」話し方』が、まさに、これ。言ってしまえば、池上さんの過去の失敗談を具体例として挙げつつ、そこからどのように取り組んだのかをひたすら話しているだけの内容。しかし、だからこそ、わかりやすい。

 

 人間は間違えるもの。間違えたり、適切でない言い方をしたりしたら、率直に自分の話し言葉で謝る。それこそが、相手の心に届くおわびの言葉なのではないでしょうか。

 生放送に緊張する出演者がいると、私はいつもこう言います。「生放送は楽ですよ。何せ時間が来たら終わるんですから」と。

 日常生活での挨拶も、言ってみれば生放送です。あがることで適度な興奮状態になると、かえっていい結果が出るのだ、と割り切って臨むことが、本当にいい結果をもたらします。 「あがる」という状態をうまく使いこなす。そのくらいの大らかな気持ちで、なにごとにもぶつかってみてください。きっと、いい結果が出るはずです。そうでなくても、時間が来れば終わるのですから。

 

 失敗上等。あの池上さんだって間違え続けてきたのだから、とりあえずやってみればいいじゃない。どうせ時間が来たら終わるんだから、何もやらないよりはやってみそ、と。そんな、やる気をもらえる内容でございました。

 

 話すべき内容があって、「伝えたい」という熱い思いがあれば、それは相手に伝わるものなのです。「これだけは伝えたい」という、内心からほとばしり出る情熱があれば、たとえ説明は拙くても、それは相手に伝わるのだと思います。

 ただそのとき、相手への想像力、相手への思いやりを忘れさえしなければ。

 相手への想像力、思いやりを身につけようと努力することは、ひいては自分の成長につながるのだと思います。

 

 テレビでもラジオでも新聞でもブログでも、話し言葉だろうが書き言葉だろうが、これはきっと変わらない。まず自分の中に「思い」があって、それを言葉にしようと努力さえすれば、たとえ支離滅裂で拙かろうと、大事な部分は伝わるもの。

 けれど、そこには大前提として「相手」がいなければ、本当に支離滅裂なだけ。自己完結して終わってしまうものなので、そこだけは忘れずにいなければならない。そのようなことを、再考することのできる本でした。

 

 

 

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