『君の名は。』は『秒速5cm』へのアンサー?ある新海誠ファンの感想


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 映画『君の名は。』を観てきました。10年来の新海誠監督ファンとしては待ちに待った新作であり、2016年のアニメ映画の大本命。「せっかくの新作、これを極上の環境で観ない手はない!」ということで、立川シネマシティ「極上音響上映」で鑑賞。RADはいいぞ。

 映像、音楽、ストーリー、キャラクターのどれを取っても最高に魅力的で、上映後はトイレの個室にこもり、便座の上で真っ白に燃え尽きていたくらい(『秒速5cm』以来、9年ぶり2回目)

 コメディ色強めかと思いきや、新海節全力全開でヘブン状態。途中で数えるのを諦めるほど何度も鳥肌が立ち、スタッフロールが流れている最中は全身チキン状態。最高の映画でした。

 

※直接的なネタバレは避けて書いています。

 

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コミカルに描かれる(非)日常と、過去作品へのセルフオマージュ

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映画『君の名は。』公式サイト

 『君の名は。』は、新海誠監督によるアニメーション映画。田舎町に暮らす女子高生・宮水三葉と、都会に暮らす男子高生・立花瀧。面識のない2人が “入れ替わる” ことから、物語は始まる。

 心と身体が不定期に入れ替わり、互いに見知らぬ生活と交友関係に戸惑いつつも、メモを介したコミュニケーションで徐々に打ち解けていく2人。しかし、ある日を境に “入れ替わり” が途切れたことで、瀧は三葉に会いに行くことを決心。その先では意外な真実が──という話*1

 とりあえず、予告動画を見たほうがわかりやすいっすね。

 三葉ちゃんかわいい!

 ……というのは置いといて。過去に新海作品を観たことのある人の中には、この予告編を目にして、ちょっとした違和感を持った人もいるのではないかしら。

 一口に言えば、「コメディ色が強え!」という感想。そもそも “男女の入れ替わり” からしてコメディっぽくもあるし、田中将賀さんのキャラクターデザインによって、コミカルな可愛らしさが加わっているように感じました。それにしても、新海さんの「現実よりも美しい背景美術」に対して、これまで以上に違和感なく溶け込んでいるキャラクター絵がすごい。

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『言の葉の庭』の雪野先生は美人だし、主人公・孝雄も大人びているイメージ*2

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『君の名は。』のメイン2人。素の状態と“入れ替わり”状態、どっちもかわいい*3

 さらに、冒頭ではまさかのオープニングムービーがあり、日常シーンでもRADWIMPSの疾走感あふれる歌が何度か挿入されるなど、想像以上にポップで楽しい作品展開。特にオープニングのわくわく感は尋常じゃなく、早くDVDでループ再生したい。『秒速』のラストのように。

 加えて、過去作品のセルフオマージュらしい描写や構図がいくつか散見され、これまた「早くDVDで確認したいいいいいいい!!」とやきもき。随所で既視感を覚えつつ、まさかの友情出演にもびっくりして、もう最初の10分くらいで大満足でした。パンフレットによれば、彼女は “その人” らしい。

 そんなファン目線で映像を楽しみつつ、ストーリー展開にも「いいなあ……青春やなあ……」と思わずオッサン目線になっていたのも束の間。後半は一転し、新海作品の本領発揮でござった。

 ──と自分であれこれ書くよりも、パンフレットの神木隆之介さんのインタビュー文が本作の魅力を素晴らしくまとめておりましたので、一部引用させていただきます。

 

 僕自身、監督の大ファンなのですが、『君の名は。』は監督らしさがありつつ、これまでの作品とはまた少し色合いが違うんですよね。これまでの作品は観ながら切なさを感じさせるものが多かったのですが、今回は楽しく観ながらだんだん切なさに気づかされていって、最後は本当に胸を締め付けられて。監督の作品をまだ観たことがないという方にも、本当に感動していただける作品になっていると思います。

『君の名は。』パンフレット キャストインタビュー P.12より

 

 ちなみに、神木さんの演技力は言うまでもありませんが、各メディアのインタビューを読んで、 “新海ファン” としての彼のアツい想いにも惹かれてしまいまして。監督とのロング対談が収録されている『新海 誠Walker』を、思わず買ってしまいました。あとでゆっくり読みます!

 

 

「入れ替わり」によって描かれる、新たな「距離」

 このように、一見するとコミカルな “入れ替わり” が重要な要素となっている本作。情緒的な人間模様と詩的な表現が魅力の『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』とは異なり、過去作とは一線を画しているようにも見えます。が、その本質は同じで流れを汲んでいるようにも感じました。

 

 

 この辺の記事でも書きましたが、新海監督の映画と言えば、登場人物同士の「距離」を作中の大きな要素として描き出している点が挙げられるのではないかと。物理的な距離はもちろんのこと、お互いの関係性や環境の変化に寄っても移り変わる「心」の距離も含めて。

 それは、光年の距離で引き裂かれた恋人だったり(『ほしのこえ』)、少年時代の淡い初恋と遠距離恋愛だったり(『秒速5cm』)、都会の喧騒の片隅で重ねられる雨の日の逢瀬と、大人と子供の年齢差だったり(『言の葉の庭』)

 他者との心の距離を強く意識することで生まれる感傷と、すれ違いがもたらす哀切の行き場を描き出した物語。そんな新海さんの作品が、僕は本当に大好きです。

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「君の名は。」予告2 - YouTube

 翻って、『君の名は。』ではどういった「距離」が描かれているのかと言えば、そもそもが「会ったことのない2人」の物語。お互いの居住地をなんとなくは把握しているものの、前半は「都会」と「田舎」の対比のほうが目に留まり、物理的な距離はあまり意識に上りませんでした。

 ところがどっこい。お互いにどこか特別な想いを抱くようになり、いざ会おうと動いた途端に、途方もない「距離」が目の前に降りかかってくる。先ほどの神木さんの話にもあったとおり、徐々に切なさがこみ上げてきたところにどうしようもない「距離」が明確に意識させられるという、前後半のギャップが激しい構図になっていました。

 そして、ただの “入れ替わり” だけでは終わらない、もうひとつの劇中の「仕掛け」の存在も。これが過去作品と同様の「距離」を描き出す一要素となっていると同時に、『秒速』や『言の葉』との差別化にもなっていると言えるのではないかしら。……むしろこの「仕掛け」によって、本作がこれまでの作品の集大成っぽくも見えている……?

 

結末は、往年の新海ファンにこそ突き刺さる

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立川シネマシティの「上映作品」の掲示。左部分の時空が歪んでいる。

 ところで、冒頭にも書いたように、自分は立川シネマシティの「極上音響上映」で本作を鑑賞してきたのですが、これがまた良かった。計4曲が流れるRADWIMPSの挿入歌がクリアに響きわたるだけでなく、台詞と重なりがちな劇伴もむっちゃ聞き取りやすい。帰宅後、即効でCDをポチった。

 

 

 中でも、終盤の「スパークル」が流れるシーンは、今年観たアニメのベストシーンに入るくらい。普通の音響と比べたわけじゃないのでアレですが、透き通るようなピアノの音色とボーカルを背景に走りだす三葉の姿が、自然と涙腺を刺激してくる。 「極音」はいいぞ。

 

スパークル

スパークル

  • RADWIMPS
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

 そして、問題のラストシーン。どうしても『秒速』のイメージが強いのか、新海監督の作品と言えば「最後がモヤモヤする……」と賛否両論、真っ二つになっていた印象もあります。その点で本作は「わかりやすい」結末ではありましたが、別の意味で賛否を呼びそうな気も……?

 あまり書くとネタバレになるので控えますが、「新海ファンは絶対に観に行って!!」と声を大にして叫びたい。

 さっきの「距離」の部分もそうですが、過去作品が積み重なることで完成した集大成のようでもあり、さらには『秒速』へのアンサーっぽくも見えたので。『ほしのこえ』に始まり、各作品でさまざまな男女のすれ違いを経て、『君の名は。』でたどり着いたひとつの結末。

 入れ替わり、すれ違い、いろいろな距離を乗り越えて。新海誠作品の文脈で追って見ると、また違った見方ができるのではないかしら。個人的には、「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」と心中で絶叫した挙句、便座で燃え尽きるくらいには最高でした。感動した。

 

 

 ともあれ、これでようやく小説版も読めます。しばらくは関連書籍もばんばん刊行されるようですし、映画もあと何回かはスクリーンで観ておきたい。聖地巡礼もしたい。『言の葉の庭』から3年を経て、今しばらくは新海ワールドに浸れる嬉しさ。気になっている方はぜひ、劇場へ!

 

© 2016「君の名は。」製作委員会

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