『秒速5センチメートル』の舞台へ〜岩舟町小紀行


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「なあ、栃木って、行ったことあるか――?」

 

 二月二十日金曜日、映画『秒速5センチメートル』の第一話「桜花抄」の舞台、栃木県下都賀郡岩舟町に行ってきた。雪の日を狙って行くつもりだったのだが、前日の予報とは異なり当日の天気は晴れ。全くもって当てにならないねー。

 大宮駅から東北本線(宇都宮線)で小山駅へ、小山駅から両毛線で岩舟駅へ。大宮駅を出発したのが11:20で、岩舟駅に到着したのが13:27。実に約二時間の間列車に揺られていたわけだが、平日昼ということもあってか乗客の数は少なく、読書をしながらの快適な行路だった。

 長らく東京近郊の電車しか乗っていなかったので、両毛線は新鮮だった。四両編成。ボックス席。手動ドア(冬期)。車内は「これでもか!」というくらい暖房が効いていて、外の気温とは反対に暑かった。座席は柔らかく、とても座り心地が良い。普段と違う環境だからだろうか。気分が浮ついて、岩舟駅に到着するまでおにぎりを食べながら、終始遠足気分だった。

 

 到着した岩舟駅は、ふたつのホームと改札、そして待合室だけの、小さな無人駅だった。列車は一時間に多くても二本しか止まらず、駅に降りて少し待つと、ホームにはあっという間に自分ひとりになってしまった。周囲を見回すと、ひとつしかない出口の方には足尾山地の最南端である岩船山がそびえ立ち、反対側には広大な田畑が広がり、住宅が点在している。気持ちも自然と大きくなったのか、見知らぬ土地に来た観光客の如く、景色やら駅やらをデジタルカメラに収めまくった。

 周囲のものと比べると、いささか浮いている気がしなくもない簡易Suica改札機を通り抜け、駅の外に出ると見事に何もない。いや、あるにはあるのだが、中におばあちゃんのいる小さな売店と、たくさんの駐輪所だけ。人通りはほとんどと言っていいほどなく、たまに中学生が通るのみ。これだけだと物寂しく感じるが、それ以上に目の前の山に圧倒されていた。

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 岩船山。標高一七三メートル。足尾山地最南端の山であり、ドラマや映画、戦隊シリーズの特撮などの撮影が行われるロケ地として有名らしい。高さはさほどないのだが、山肌がむき出しになっていて、ゴツゴツとした岩盤らしきものが見受けられる。駅前に置いてあった観光マップによると、江戸時代から始まった岩舟石の採掘によって、山の形が現在のように変わったそうだ。さらに、山頂には高勝寺なる寺院があるらしい。時間はたっぷりあるし、興味があったので、登ってみることにした。

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 駅から歩いてすぐに、山に入る参道を発見。そこを進むと、石段に辿り着いた。神社などにある整備された平らなものではなく、昔から変わらずにあるような、ボコボコした石段だ。――かなり長い。木々に隠されていてよく見えないが、かなりの段数がありそうだ。普段の自分なら登る気を無くしかねないが、この時はむしろ、わくわくしてならなかった。幼い頃に遊んでいた裏山とは訳が違うが、何か冒険心をくすぐられるような感じ。山を見上げながらにやにやしている自分は、さぞ怪しく見えたことだろう。ふっ、ふふふ、うふふふふ。

 石段を登り始めて一〇分ほどたった頃。周りに人も見当たらないので、一段、また一段と声に出し、段数を数えつつ登っていたところ、ちょうど二〇〇段目に達したところで休憩所らしき東屋が目に入った。せっかくと思い、そこで小休止。すると、山を登る石段とは別に、東屋の奥に道があるのを見つけた。興味本位でそちらに少し進んでみると、そこには広場。地面には、普通に歩ける程度の背の低い芝。そして、さらにその奥には――。

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 「壁」があった。高くそびえ、表面がゴツゴツした、文字通りの「壁」。自然に風化したのか、それとも石の採掘によるものかは分からないが、削られ、窪み、尖っているその巨大な岩のような壁には、圧倒的な存在感があった。これは近くでカメラに収めねばなるまい、と思い、カメラ片手にいやっほぉぉぉとか叫びながら壁に向かって走る。もう恥も外聞もない。そして、窪みに入って記念撮影。え?楽しいですとも、えぇ。

 壁と思う存分戯れた後は、再び石段を登り始める。――すると、三四七段目で石造りの何かが目に入った。

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 小さな堂だった。中にはお地蔵様と石像が安置されている。近くに書かれた縁起を読むと、ここに来た鳥取の修行僧が、生きた地蔵様を拝めたことに感謝して、山頂に寺院を建立したそうな。――自分も習って、お地蔵様に手を合わせ拝む。思えば、お地蔵様の前に立ち、拝むなど何年ぶりのことだろうか。そもそも、お地蔵様を見かけることが減ったような気がする。

 さて、またどんどん上へ上へと登っていく。六〇三段を登ったところで石段が途切れ、町を見渡せる展望台があった。見下ろすと、家々の小さいこと小さいこと。いつの間にこんなに高くまで登ってきたのだろう。

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 先に進むと、山頂方面と高勝寺方面で道が分かれていた。ひとまずはてっぺんを目指そうと思い、山頂の方に進路を取る。

 途中、聖徳太子の名が刻まれた石碑や、県指定文化財の三重塔を通り過ぎ、ひたすら石段を上に登る。三重塔を過ぎた辺りから道沿いにお地蔵様や卒塔婆が多く立ち並び始め、その数は上に行けば行くほど増える一方。この先は普通の場所ではない、と、どこか「山」の神聖さを感じられる。

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 一番下から登り始めて約四〇分。ついに山頂に到着。最後の方は石段が崩れかけていたりしている箇所があったため、正確な数は分からないが、おそらくここまで七五〇~八〇〇段。流石に息が切れる。春休み中で運動不足の自分には、いい運動になったと思う。

 ここにもまた展望台。標高二〇〇メートル以下の山とはいえ、山頂からの景色は壮観だ。きれいに区切られた田畑が見え、そこかしこに点在する家々が見え、所々を走っている車は、まるで蟻のよう。ここまで登ってきて本当に良かったと思わせる、素晴らしい景色だった。

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 展望台の近く、平らにならされた地面には、ひとつの祠が建っていた。その周辺はきれいにされており、特別なものだということが分かる。そこにいるのは、土地神か、山神か。そういうことに疎い自分は、とりあえず頭を下げ、感謝の意を伝えておいた。

 さらにそのもう少し上に登ったところ、そこも平らにされていた。おそらくは、こちらが本当の山頂。中心を囲むように木々が生えており、辺りには――石碑や彫刻の跡だろうか、石が所々に刺さり、置かれている。それは一見すると何の変哲のない風景だが、場所が場所だからか、どことなく普通とは違う、やはり特別な空気がそこにはあった。――なにか出てこないかなー、としばらくそこで考え事をしつつぼーっとしていたが、現れるはずもなかった。うーむ、残念。

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 山頂で景色を十分に堪能し、次は、少し下ったところにあるらしい寺院、すなわち高勝寺に向かう。

 少し下に歩くと、すぐに木造の建物が見えてきた。高勝寺に到着。まずは本殿でお賽銭を上げて、頭を下げる。その後は、ぶらぶらと寺院の見学。全くの無計画で来たため、知識も何もなしで見て回った訳だが、そこにある建物と由来を見るだけでも興味深く、おもしろかった。

 15:00頃には下山。調子に乗って早いペースで降りてきたら、気のせいか膝ががくがく震えている。はっはっは。山を降りた後も他の場所に行きはしたが――、長くなるので、書くのはここまでにしよう。

 

 今回は、栃木県下都賀郡岩舟町まで来て、山に登ってきた。考えてみると、予定も何もなしで見知らぬ土地にひとりで行き、このように無計画で歩き回るという経験は初めてだったと思う。時間も予定も気にせず、足の向くまま、気の向くままに。時間とスケジュールに縛られた生活とは違って、自由で、勝手で、楽しい。

 また、そこら中に高層ビルが立ち並び、ごちゃごちゃしている都内とは違って、自然に囲まれた土地を気ままに歩くという行為は、自身をいつもとは違う気持ちにさせてくれたように感じる。冒険心が湧き上がり、好奇心が溢れ、幼い頃に戻ったような、そんな気持ち。

 このような体験は、忙しくなってからではなかなかできないことだと思う。だからこそ、時間のある今のうちにいろいろなところに行ってみたい、そう思えた。もし、今度またどこかに行く時間と資金ができたら、次は関東の外に行ってみたい。可能ならば、泊まりで。免許が取れれば、車で行くのもいいかもしれない。いや、この際、自転車もありかも。

 気ははやるけれども、長期休暇中でもないとそれはなかなか難しく。困難かもしれないが、年に一度はまたどこかに行きたい。――いや、行こう。行くんだ。

 

5年後の自分より

 おっすおっす、5年前の僕さんよ。相変わらず(?) なんとも淡白な文章をお書きになっているようでございますねえ。

 本文の出典元は、5年前に発行したサークルの機関誌からでございます。当時、20歳になりたての僕氏。

 文体としては、今も当時もさほど大きく変化はしていないように見えるけれど、何か視点があやふやなようにも読めますね。一人称ながら、ところどころで謎の第三者視点――というか、「上から目線」が入るような感じ。自分の中にも「上」と「下」の意識みたいなものがあったのかしら。わぁい、厨二病っぽい。

 

 読み返すまですっかり忘れていたのだけれど、これって、自分がいわゆる「一人旅」として遠出した初めての出来事で、しかもそれを初めてまとまった文章として記録したもの……らしい。それ以前のものは、“記録”にも“記憶”もないので。

 そういう意味では、このブログでもそこそこストックのたまっている、お出かけ カテゴリー」記事の原点とも言えるもの。思えばこれ以降、やたらと「石段」が好きになって、行く先々でちょっとした小山なら嬉々として駆け上がってきましたゆえ。だいたい、高いところには祠や地蔵様がいらっしゃるのです。彼ら(?)に会いに行くのが楽しいんだよね。

 

 もういっこ、「初めて」で思い出したのが、ちょうどこの文章を収めている冊子が、自分が初めて編集に携わった紙媒体だったはず。当時はまだ文学フリマに出展してはいなかったので、サークルの仲間内で楽しむためのものだったけれど。それでも、みんなの原稿をまとめて、校正作業をして、目次やデザインまわりを整えて――という過程を、自分がメインとなってやっておりました。懐かしや。

 今は「作る」よりも、他の人の創作同人誌を「読む」のが楽しいので、そちらに集中したいところではあります。が、機会があれば、またわいわいと仲間で集まって、ひとつの冊子的なものを作りたいなーと思ったり。大したものは作れないけれど、でもやっぱり、「ものづくり」って、楽しいよ?

 

岩舟町 - Wikipedia
 2014年に栃木市に編入合併。消滅してた……。

 

 

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