会社を辞めてしばらくしたころ、フィリピン留学を考えていた時期があった。……と言っても、別に差し迫った目的があったわけではないのだけれど。
ただなんとなく、「海外」に対する憧れがあったから。そして同時に、無職ニートとして日々を過ごすことに焦燥感があり、勉強に励むことで自分を正当化したかったから。
多分、そのような理由からだったんじゃないかと思う。語学ならばどこかで役に立つ機会はあるだろうし、海外生活も良い経験になるんじゃないかしら、と。
でも結局、それは実現しなかった。留学説明会に参加し、個別面接で具体的な話を聞くところまではいったものの、それでおしまい。自分としてはそれなりに乗り気だったのだけれど……親に言われた一言によって、途端に冷静になった。
「そんなお金と余裕、あるの?」──と。
……はい。正直、面接の時点でわかってはいたんです。留学費と現地での生活費をぎりぎり賄えるくらいの貯金はあっても、「その後」を考えると、明らかに余裕がないことは。
留学すれば、それだけで会社員時代の貯金が吹っ飛ぶことは目に見えていた。そんな状態で、留学後の進路も決まっていなければ収入もないまま留学するなんて、あまりに無思慮。なんとなく無職特有の焦燥感に駆られて行動してはみたものの、冷静になってみれば答えは明らかだった。
あれから約3年。結局は転職も叶わず、気づけばノリで独立し、なんとか人並みに生活できる程度にはお仕事と収入をいただきながら暮らしている今日このごろ。安定収入と大企業の肩書きとを引き替えに、自由な時間と精神の安寧を手に入れて、ひっそりと暮らす日々。たーのしー!
そんなある日──というか先日のコミティア(同人誌即売会)にて──会場内を歩いていたところ、1冊の本が目に留まった。「旅行記」のジャンルの片隅で、美麗な表紙と目を惹くタイトルの本を頒布しているサークルさんがいらっしゃったのです。
……というわけで前置きが長くなりましたが、コミティアで出会った同人誌『フィリピンではしゃぐ。』がとーっても素敵な内容だったので、ざっくりとご紹介させていただきます。
ハチャメチャ楽しく、ちょっと切ない、フィリピン留学体験記
『フィリピンではしゃぐ。』は、はしゃ(@hasya31)さんのフィリピン留学体験記。フィリピンのバギオで過ごした半年間を記した、レポート風のマンガとなっています。約170ページ。
帯の文句曰く、「英語力ゼロのイラストレーターが留学したらなんだかんだであーだこーだ。」とあり、裏を見ると「ローカルフードを堪能したり 激安ビールを飲んだり 鍾乳洞を抜けたり クラブを初体験したり たまに勉強したり」とあり、最高に楽しそう……って、あれ? 英会話の話は!?
実際に読み終えてみると、「語学学校での勉強の日々」と同じくらいのボリュームで「フィリピングルメ&食べ物事情」の話が描かれているという印象。夜の眠る前に読むと、ちょっとした “飯テロ” っぽさすら感じる内容でございました。すげえ……いつもなんか食ってる……。
数十円程度のお菓子にはじまり、週末のナイトマーケットでのエキゾチックなローカルフードや、旅先での名物グルメなどなど、どれもこれも魅力的に見えて困りんぐ。かと思えば、「日本食」なのにそうは見えない寮食に現地の激甘料理など、ネタ枠もまとめられていておもしろい。
……あ、もちろん、「語学留学」要素とお役立ち情報もたっぷりですよ!
自分が聞いたのとおそらく同じ説明会と学校選びの話を皮切りに(同じく「セブはやめよう」と考えた記憶)、いざ現地に到着したと思ったら停電に見舞われ、空港で8時間も待つことになり、たどり着いたバギオでルームメイトと出会う──といった形で、留学までの流れも軽快に描かれています。
当然のごとく、授業内容や学校のシステムなども詳しく説明されているため、留学を検討している人の参考になることは間違いなし。
それも、「言葉の通じないクラスメイトとスムーズに会話するため、最初の1ヶ月はとにかく勉強漬けだった」といった、実感のこもった実体験として書かれているのもポイント。自身の学校選びに役立てられるだけでなく、現地の生活もイメージしやすいんじゃないかと思います。
なにより「留学記」というレポートの体裁をとってはいるものの、ある意味ではひとつの「物語」として読めてしまうほどに作り(描き)こまれていて、純粋な読み物としてもおもしろいんですよ! それが本作の特徴であり、ほかの留学体験記にはない大きな魅力だと思います。
というのも、先ほど「グルメ」の話題が多いと書きましたが、それもそのはず。本書では「グルメ」も「勉強」も「旅行」も「友人との日々」も、すべて並列に語られている印象を受けたんですよね。
「語学学校への留学記」として英語学習の部分に注視するのではなく、学校での勉強も異文化体験も友人との語らいも、みんな等しく「留学体験」として描かれており、肩肘張らずにすんなり読める感じ。一口に言えば、「むちゃくちゃ楽しそうでうらやましい!!」と思えてくるレベル。
そういった「自然な楽しさ」というか、「いい意味での物語らしさ」を補強しているのが、筆者さんが描く「人」の表情とやり取り。クラスメイトはもちろん、学校の先生たちも含めて、筆者さんが出会った一人ひとりの人柄が細かに記されており、ものすごく親近感を感じられる。
改めて本に目を通してみると、登場人物各々に国籍はあっても、彼ら彼女らは「日本人」「韓国人」「フィリピン人」的なテンプレート表現で描かれていないように見える。
それなのに、どことなく “その国っぽさ” が各々に感じられる。しかも同時に、みんなが際立って個性的で、魅力的で、息遣いを感じられる「個人」として読めるんですよね。僕は絵を描けないのでわからないけれど……これって実は、とんでもすごいことなのでは……?
それこそ、読み終えたあとに「その後」が気になってしまうほどには、本書に登場する人たちが魅力的に感じられてしまったのでした。自分はいち読者に過ぎないはずなのに、まったく不思議なものでござる……。
実際、あとで筆者さんのTwitterを覗いてみたら、元ルームメイトとの再会の様子が投稿されておりまして。それを見て、まったくの他人なのに思わず嬉しくなってしまうほどでした。かけがえのない元ルームメイトとの再会……すてきやん……。
──というわけで、冒頭で “紹介” と書きながら、ほとんど “感想” を垂れ流した形になってしまい恐縮ですが……本当に素敵なマンガだったので。現在、通販を準備中とのことなので、気になる方はぜひチェックしてみてくださいな(hasya store - BOOTH)。
とりあえず、また即売会で出展されているのを見つけたら、ぜひとも筆者さんの過去作を買おう──と思っていたのに、今度は1年間の滞在予定でニュージーランドに旅立っておられる様子。はっやーい! 次回作も楽しみにしております!!
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