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会社を辞めるか悩んだ時に「現代の働き方」を再考する10冊の本

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※本記事は、自分で電子出版した本の5章を一部編集し、掲載したものです。

 

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「働く」を再考するためのブックガイド

 「退職するかどうか悩んでいる」という人には、各々にいろいろなケースがあると思います。

 

 肉体労働が辛く、とても続けられそうにない。
 人間関係に問題があり、毎日通うのが嫌で精神的に厳しい。
 仕事内容が苦痛で仕方なく、低賃金なので別の仕事をしたい。

 

 そういった、仕事の「現状」に対する不平不満から退職を考えるのは自然な流れです。でも、だからと言って安易に「辞めよう!」と行動してしまうのもどうなのか。もし本当に退職しようと考えるのであれば、「その後」の視点も重要になってきます。

 転職先が決まっているかどうか、何かしらの「やりたいこと」はあるのか、未定だとしたらしばらくの生活を維持できるだけの蓄えがあるかどうか――など。退職後の将来設計なくしては、辞めることも難しいように思います。

 不確定の未来を想像すると、不安で辞められないという人も多いかもしれません。小学校の次は中学校、高校、大学、就職といったような「王道」があったこれまでとは違い、これからは答えのない道を、自分の選択の繰り返しによって歩いていく必要があります。

 

 とは言っても、20数年間しか生きていない人間が、何らかの基準で「こっちに行けば正しい!」と自信を持って歩んでいくのも難しい。それゆえに「とりあえず3年間」といった、聞こえの良い言葉を信用してしまうという一面もあるのではないでしょうか。

 「退職するか否か」という悩みは、結局のところ個人の問題に帰結するものであり、普遍的な「こうだったらこうするべき!」という正解はないのだと思います。だからこそ、自分の価値観でもって決定する必要がある。

 ですが、悩んでも悩んでも自分の中で答えが出ないときには、他の人の意見・経験から学べる知識や、参考となる判断基準もあります。事実、私も退職するかどうか悩んでいたときには、そうした外部の意見に救われました。

 

 ここでは、私自身が会社を辞めるかどうか悩んでいたときに参考とした本、あるいは、退職後に読んで強く共感した「働き方」に関する本を10冊、ピックアップしてご紹介します。もしよかったら、書店や図書館で試しに手に取って読んでみてください。

 

「自由な新しい働き方」なんて存在しない/『脱社畜の働き方』

 

 「脱社畜ブログ」を運営している日野瑛太郎さんの著書。

 ノマドにせよフリーランスにせよ、一般的な会社員とは別の「新しい働き方」を記した本は、書店に行けば数多く目に入ります。が、その中にはセンセーショナルな表現を駆使した、煽り成分の強い本も少なくありません。「会社員はクソだ! 自由に働こう!」みたいな。

 

 「脱社畜」を謳う本書も、一見するとそういった内容なのかと感じさせる一冊です。会社員なんか辞めて、「新しい働き方」でもって生きていくための、その方法論を書いた本なのかと。

 しかし、実際にページをめくってみれば、本書は驚くほどに「会社員」に寄り添った内容となっています。文中で示されているのは、理不尽な日本企業の職場を冷静に客観視し、その中で生きていくための考え方。会社の中で飼い殺されるだけの「精神的社畜」を脱する意味での、「脱社畜」の思考法です。

 その根幹にあるのは、社畜として諦めるのでもなく、立ち向かうのでもなく、さっさと辞めてしまうのでもなく、会社とうまく「付き合う」ための考え方。第一章で引用した「プライベートプロジェクト」をはじめとして、「会社内でもうまくやっていけるんじゃないか?」と思わせる、社内外での取り組みを紹介しています。

 

 聞こえの良い「新しい自由な働き方」はたびたび話題に挙がるものですが、それらは選択肢のひとつに過ぎないものなのでしょう。誰にだって、合う・合わないがあって当たり前。企業・業種・職場などの環境要因だけでなく、根本的に「会社員」という働き方がそぐわない人がいたっておかしくはありません。

 フリーランスだろうが、アフィリエイターだろうが、プロブロガーだろうが、それは別に「自由」でもなければ、決して「新しい」働き方でもありません。言ってしまえば、単なる個人事業主。社会人の大多数を占める「会社員」とは別の、働き方の選択肢のひとつでしかないのです。

 

複数の「選択肢」を持つことの重要性/『ちょっと今から仕事やめてくる』

 

 終身雇用制度の崩壊が叫ばれ、私たちの世代は年金がもらえるかも怪しいと報道される昨今。ひとつの会社に留まり続けるのでない、複数の「選択肢」を持つことの重要性を説いた記事や本を最近、多く目にするようになってきました。いざというときのための、保険として。

 

 それ以前に、いろいろな場所で人間関係を持ったり、週末の趣味を楽しんだりするなど、普通に生きていくうえでもそのような「選択肢」は大切なものだと思います。「会社」や「学校」をはじめとして、一箇所のコミュニティに閉じこもり続けるのは、ちょっと怖い。

 業種や企業によっても異なるとは思いますが、「会社」という組織・環境は、小学校の教室並みに閉鎖性の高い場所であるように見えます。日中の活動はほとんどその空間内で完結し、時には休日もイベントなどで拘束されるような。

 縛られるのは、物質的な部分だけではありません。異動はあっても、年単位で人間関係が固定化されることの珍しくない環境において、不和が生じたときのリスクは底知れない。いじめ、無茶苦茶な指示、ちょっとした失敗などで一瞬にして居心地が悪くなり、場合によってはそれがずっと続く。……そうなってしまえば、もはや地獄です。

 

  『ちょっと今から仕事やめてくる』は、ブラック企業で働く新入社員を主人公とした小説です。

  ちょっとヒネたところがあり、上司に対して独り言で毒づきはするものの、根は真面目。「割とその辺にいそうな最近の若者」として描写されている彼が、職場での失敗と人間関係の悪化によって徹底的に追い詰められ、無気力と停滞感に苛まれ、吸い込まれるようにして線路に飛び込もうとした――その瞬間を男に救われるところから、物語は始まります。

 

 本作で描かれているのは、仕事に忙殺されて自分を客観視できなくなってしまうことへの警鐘と、ひとつの環境に閉じこもって視野狭窄に陥らないための「選択肢」の示唆。

 突如として現れて主人公を助け、楽しく生きるための「選択肢」を示したのが、「ヤマモト」と名乗る赤の他人である点もおもしろい。ところがこの「ヤマモト」、実は3年前に勤め先で自殺している故人であるという情報が主人公の耳に入り……という、ちょっと不思議で、でも元気が出るストーリーです。

 特定のコミュニティに属し続け、自分の思考や思想、存在そのものを縛られるのは怖すぎる。それを回避するための代案として、いつも側に「ヤマモト」という「選択肢」の存在を意識しておくことのススメ。いざとなったら、辞めればいいのです。

 

選択肢を知る余裕もない「働きすぎ」の社会/『若者を殺し続けるブラック企業の構造』

 

 ブラックだなんだとは言うものの、実際問題として「ブラック企業」の定義とはどのようなもので、どういった構造となっているのかを説明するのは案外、難しいものです。

 

 そもそも、「ブラック企業」の何が問題視されているのでしょう。若者の時間を奪うこと? 「やりがい」と称して金銭以上の働きを要求すること? 犠牲者が出ようとも労働環境の改善や意識改革を行おうともしないこと? ――いくつか挙げることはできますが、何よりも危険なのは、勤めている人が他の「選択肢」を意識できなくなってしまう状況にあると、私は思います。

 先ほどの『ちょっと今から仕事やめてくる』ではありませんが、自分の時間を返上してまで働き続けることで、社員はプライベートな時間すらろくに持てず、社外の友人と話をする機会もなく、ただただ忠実な歯車として日々を過ごすのみになってしまいます。その状態は、非常に危うい。

 そんな日々を過ごしていては他の可能性など知る由もなく、最悪の場合、取り返しの付かない事態にまで発展しかねません。「ブラック企業」とはどのようなものなのか。いざというときに自分はどういった選択をすることができるのか。そういった知識を漠然とでも持っておくことで、自分あるいは身近な友人を助けることにつながる……かもしれません。

 

 本書『若者を殺し続けるブラック企業の構造』は、決して感情的な「べき論」だけに終始せず、先行研究や既出の言説から、あくまで客観的に「ブラック企業」の構造をひも解いた内容となっています。

 問題点を項目・視点ごとに整理し、改善策も提示している親切な構成。現代日本における労働問題の入門書として、おすすめの一冊です。

 

大卒で無職になった若者たちの悩みと現状/『大卒だって無職になる』

 

 大学を卒業して無職になるなんて――と、そう思う人もいるかもしれません。

 仕事を選ばなければ働き口なんていくらでもあるし、たとえブラック企業に入社して酷使されたとしても、大学を出ているならばまだやり直しはきく。病気などの理由がないかぎり、「普通」は働いているのが当然でしょう、と。

 

 ですが、現代日本において「大卒無職」は決して珍しいものではありません。私自身、一年間は無職を経験した身ですし、ハローワークや合同説明会の場でも同世代の若者を数多く目にしました。どこにでもいそうな彼ら彼女らは、「無職」であることに悩み、焦っているようにも見受けられます。

 

 『大卒だって無職になる』の著者は、若者の就職支援を続けているNPO法人の理事長さん。本文中では、たくさんの「大卒無職」の若者を支援してくる中で感じた日本社会の労働観の問題点や、働きたいのに働くことのできない若者の実例を取り上げています。

 本書に登場する若者は、高学歴だったり、内気だったり、夢があったりと多種多様ですが、いずれも等身大の、どこにでもいそうな20代。「やりたいことがない」「履歴書に書くことがない」「大学を卒業して自分の所属がなくなることが怖い」など、社会に飛び込めなかった、躓いてしまった若者たちの、ありのままの声を記しています。

 「勤労は義務である」という常識が当然の価値観としてまかり通っている日本社会において、「無職」の立場は非常に苦しいものです。身近な人からのプレッシャーはもちろんのこと、周囲からの目に見えない圧力にも常にさらされ続けるストレス感。否が応でも自分が「普通じゃない」ことを意識させられ、焦ってしまうのも仕方がないように思います。

 

 この本では、そういった若者の問題や、無職ならではの悩みなどをさまざまな実例とともに掲載しているため、退職を悩んでいる人にとっても参考となる部分があるのではないでしょうか。どこにでもいる、「フツーの若者」の体験談をまとめた記録として、幅広い年代の人に読んでほしい一冊です。

 

「なんとなく」で決まった内定に固執することもない/『内定童貞』

 

 一口に言えば、凝り固まった就活生にとっての劇薬。就職活動の「ウソ」に対してツッコミを入れつつ、それを乗り切るための具体的なアドバイスを示した、ライターの中川淳一郎さんによる著作です。

 就活生はもちろんのこと、入社してまだ数年という若手社員にも勧められる一冊。最終的には「なんとなく」で決まる内定と会社なのだから、そこに固執することはない。どうせ人生なんて軌道修正の連続なんだから失敗したっていいじゃないか、と語る論調は、意外にも優しいものとなっています。

 

 冒頭では「ウソつきだらけの就職活動なんて辞めちまえ!(意訳)」と、速攻で「就活」に対して斬りかかっていますが、何の事はありません。「自己PRや志望動機でアホみたいに自分を取り繕う必要なく、自然体の自分で挑めばいい」という話です。

 「志望動機がすばらしいから」という理由で内定が決まることはなく、最終的には「なんとなく合っている」「なんとなく化けそう」「なんとなく優秀そう」という面接官の裁量による、と。著者自身が「採用される就活生」だったとき、「採用する人事」だったときの両側面から「採用」について語られており、読んでいておもしろいエピソードがたくさんです。

 

 では、就活を終えてすでに働いている人にとって、本書がどのような意味で参考になるのかと言えば、個人的には2点あると考えています。

 

 ひとつは、就活にせよ仕事にせよ、「無理に演じ続けることに本当に意味があるのか」という視点。

 中には「演じる」ことに長けた人もいるので一概には言えませんが、無理を続けてもどこかで必ずボロが出るものです。合っていないという自覚があるのに、それを継続することに意味があるのかどうか。「なんとなく」で選ばれただけの会社にしがみつく必要があるのかどうか。そんなことを、改めて考えるきっかけとしての視点です。

 そしてもうひとつは、「失敗を恐れる必要はない」という、自己啓発的な考え方から。仕事を続けるにしても辞めるにしても、行動の結果を恐れて足踏みする必要なんてないんじゃない? ――と、問いかけるような書き口が随所で散見されました。

 

 本当の意味での「失敗」という言葉は、人生においてはあまりないのではないだろうか。あくまでも「コース変更」というだけであり、常に人生は軌道修正の連続なのである。

 

 本章で挙げている他の本と比べると少し異色ではありますが、改めて「就職活動」という視点を持ってくることで得られる気づきもあるのではないかでしょうか。

 

その場に適応し「自分が変わる」ことで幸せになれる/『置かれた場所で咲きなさい』

 

 仕事を「辞めない」ための考え方として、ベストセラーにもなった話題書を一冊。前の章で批判した「とりあえず3年」を肯定的に捉えようとした場合、この『置かれた場所で咲きなさい』に書かれた視点は非常に参考になると思います。

 「3年」とは言うなれば、「咲く」までの期間のこと。会社という「土」に自分という「種」を撒き、根を下ろして、経験という「栄養」を吸収し、いつか「花咲く」までの成長期間。すぐには咲けない人もいるけれど、いつか花開くそのときに向けて、ゆっくりとでもいいので環境に自分を適応させ、育てていく過程が必要なのだ、と。そのように説いています。

 

 本書で示されているのは、「現状肯定」の方法と考え方。「こんなはずじゃなかった」と感じたときにこそ、「咲く」努力をしてほしい。自分の幸せを他人任せにせず、自らが積極的に動いてこそ得られるものもある――と。見方によっては、ちょっとマッチョなんじゃないかとも感じさせられる考え方ですね。

 「本当はやりたいことがあるのに、一時的に気が弱って退職を考えてしまっている」ような人にとって、この本はきっと力となることでしょう。本書だけを読んで断言することはできませんが、著者の示す考え方に強く共感し納得できる人には、まだその会社で「咲く」ための余地が残されているのかもしれません。

 

 どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。

 

 優しくも厳しく、力強い論調は、日々を悩みながらもあくせくと過ごしている人にこそ必要な「ことば」だと言えます。その場所で「咲く」ことのできる未来が想像できるか否か。そうした視点でもって読むこともできますので、広い意味で「現状」に疑問を感じている人におすすめできる一冊です。

 

「生きる」を仕事にするということ/『ナリワイをつくる』

 

 「新しい働き方」とは一線を画する、むしろ原点回帰としての労働観。著者自らが実践し、本書で取り上げているのは、自分の最低限の生活の中で必要となるモノを生み出し仕事とする、「ナリワイ」という考え方。文字どおり、「生」きることを「業」とする価値観を指しています。

 その根っこにあるのは、「自分でできることは自分でやる!」という自給自足に近い生活観です。病気にならないように健康に気を遣い、野菜を作ったり、床張りをしたり――究極的には、家を建てるところまで自分でやってしまおうと考えているのがすごい。

 

 この本のおもしろいところは、「『ナリワイ』はまだ、自分の人生を実験台として試行錯誤している最中であり、現代の働き方の一例でしかない」と著者自らが示していること。

 「ナリワイ」という働き方・生き方を積極的に勧めている一方で、決してそれが最適解だと断言しているわけではなく、現代の働き方全般に疑問を呈し、読者に今一度考えさせるような切り口になっているのです。

 

 ひとつの会社に属して働き続けることのリスクを考えると、たくさんもらった給料で良い料理を食べたり、ローンを組んで家を購入するのではなく、むしろ最低限のお金でもって、自分で野菜を育て、家を建てる技術を身につけてしまったほうが、長期的には「安定」するんじゃないだろうか。

 現代社会では、何もかもが「お金」を対価に入手できるようになった一方で、本来は不必要なものに対してまで、無駄に金銭を支払ってしまっているのではないか。

 そして、その「お金」を得るための手段である会社にいつまでも勤められ続けるかわからない今となっては、「収入」を増やすよりも「支出」を減らすことでこそ、生活を豊かなものにできるのではないか。

 

 特に都心部で生活している人などにとって本書は、単なる「節約」を超えた考え方として、衝撃的な内容と言えるかもしれません。

 一朝一夕で真似できる働き方ではなく、実践したところで幸せになれる保障もありません。ですが、まさに今、こういった「ナリワイ」を持って生活している人がいるという事実はとても興味深く、読んでいて純粋におもしろかったです。

 

「普通」の押し付けによって生まれる「生きづらさ」への処方箋/『持たない幸福論』

 

 日本特有の価値観としてたびたび語られる、「世間」の存在。インターネットの発達によって幅広い価値観が共有される時代になったとはいえ、それでもなお「普通」という「空気」の存在は無視できないものとして残り続けています。

 曰く、結婚は何歳までにするべきである。企業に所属し社会人然として働かなければならない。男性はかくあるべし。女性はこのように立ち振る舞うのが当然だ――などなど、社会で広く認識されている(と考えられている)「常識」は、枚挙に暇がありません。

 

 こうした、同調圧力とも呼べる「常識」や「普通」がプレッシャーとなり、現代日本で生活をする人の「生きづらさ」の原因となっているのではないか。そのように問題提起しているのが、本書『持たない幸福論』です。

 

 著者は「日本で一番有名なニート」こと、phaさん。人間には各々に自分のペースがあり、ある環境や生活スタイルについてもそれぞれに合う・合わないがあって当然。それなのに、現代日本においては「普通」のハードルが高く設定され、「普通」を押し付けられ、そのギャップに苦しんでいる人が多くいるように見える。

 それはちょっとおかしいんじゃないか――ということで、本書では「働く」「家庭を持つ」「お金を稼ぐ(使う)」という視点から、それぞれの構造と問題点を捉えなおす内容となっております。それも、むやみに既存の「普通」を否定するわけではなく、客観的な視点から「こういう考え方があってもいいんじゃない?」と提案するような書き口。

 

「仕事で得られる達成感はおまけに過ぎない」
「暇だから働いているだけ」
「現代の『家族』のシステムの歴史も数10年のものでしかない」
「もっといろいろな形の『家族』が認められてもいい」
「ツールであるはずの『お金』が全ての基準になってしまった」
「自分の価値基準をもっと大切にしたい」

 

 「それはおかしいからこうするべき!」と断言するようなことは決してせず、「普通」の価値観の優位性や歴史に関しても客観的に分析しつつ、「それでも辛いなら、逃げ出せばいい」と別の選択肢を示すような言説。「僕はこういう風に考えていますよー」くらいの感覚で受け止められる口調で、とてもゆるゆると読み進められます。

 

 大切なのは、周りに流されずに「自分にとって本当に必要なのは何か」「自分は何によって一番幸せになるか」という自分なりの価値基準をはっきり持つことだ。それとまあ、自分ひとりだけで周りと違う価値観を持って生きるのも孤独でキツいので、自分とある程度価値観が近い仲間や友人を持つことも必要だ。

 

 必要以上に「普通」を意識することに疲れた人の価値観を解きほぐす、マッサージのような効果が期待できる一冊です。結構さらっと読めてしまう文量なので、週末の午前中などにどうぞ。

 

地域おこし協力隊として生きる/『21歳男子、過疎の山村に住むことにしました』 

 

 こちらは複数の選択肢ではなく、ひとつの生き方をピンポイントで知ることのできる本。

 彼女にフラれて自己分析を始めた、当時21歳の著者。「自分がやりたいこと」「できていないこと」に気付かされ、現場での経験を積むべく「地域おこし協力隊」に応募。その地方での活動と生活をまとめあげた、一冊の体験記です。

 

 メディアやネット上での露出なども増え、一部では話題になりつつもある、地域おこし協力隊。その活動記録を一冊のまとまった本として読むことができる点も魅力ではありますが、同時に、自分の「目的」や「やりたいこと」を見つけるための方法を、読みながらにして知ることのできる実例集でもあります。

 著者の場合ですと、まずその土地で「人を見かけたら、ぜったいに軽トラを止めて声をかける」というルールを課したことが挙げられます。人と人との交流の中から「やるべきこと」と「やりたいこと」を生み出し、実践していく形。

 日々の小さな行為を継続し、目の前にある課題を解決していくことで自分の「やりたいこと」を可視化するのは、「王道」であるとも言えます。あれこれ悩むより、とりあえずは行動してしまうことで見えてくるものも間違いなくある、と。

 

 前章までの文中でも書きましたが、会社に就職したはいいけれど(あるいは就職せずに)、その仕事や生活に疑問・違和感を覚えて退職したり、転職を考えたりしている人は少なくないと思います。だからと言って特段に「やりたいこと」があるわけでもなく、自分でもよく分からないままに腐ってしまうようなケースも、決して珍しくはありません。

 「そういう人はどこへ行ったって同じだろう」と揶揄する人もいるでしょうし、実際問題、そう簡単にうまくいくようなものではないというのも事実なのでしょう。

 けれど、目の前に「やれること」がある環境に身を置き、そこにいる人たちと交流を重ねることで見えてくるものもなくはないんじゃないかと、本書を読んで思えました。現状に不満を抱いており、行動に移すかどうか悩んでいる人の背中を押してくれる一冊です。

 

「ブログ」を続けることで見えたもの/『レールの外ってこんな景色』

 

 会社員、フリーランス、学生、無職など、さまざまな肩書きを持つ人が各々に「働き方」を論じた内容。私も当時「無職」枠として参加させていただきました、共著となります。

 執筆陣の共通点は、「ブログ」を運営している「若者」であるという点のみ。20代の視点から「働く」ことについて書いているため、今現在、会社を退職しようか悩んでいる若手社員さんからすれば世代も近く、身近に感じることのできる言説となっているはずです。

 言わば本書は、現代を生きる若者が、数年という短い期間ながらも社会の中で何を経験し、考え、どのように決断してきたかという実例集。自分も含め、「会社を辞めてみたら、こうなった」という話をいくつか読むことができるので、中には参考になる点もあるのではないかと思います。

 

 ここまでにご紹介した他の本にも書かれている話題ではありますが、畢竟「選択肢はひとつじゃない」のです。世間一般に支持される、多数派としての「レール」――例えば会社員のような――とは別に、自分に合う道があるかもしれない。無理に自分を殺してまで多数派に迎合するよりも、納得のできる「レール」があるかもしれない、と。

 「レールは1本だけじゃないんですよー」と他の選択肢を示す意味では、まだ社会に出て数年足らずの自分たちがその経験をまとめることで、逆に意義があるのではないかと考えた次第であります。むやみに「辞めちまえ!」と勧められるものではありませんが、一箇所に縛られる必要もないと思うのです。

 「当たり前」としての「レールの上」は推奨されて然るべき。そして同様に、少数派としての「レールの外」も尊重されて当然だと考えています。いざというときに逃げ道がなければ、最悪の場合、身動きがとれなくなって詰みかねません。

 

 本書を読んだ人が、会社という列車に乗車し走りつつも、外側を見ることのできる「窓」を見つけるきっかけになれば。組織の中にいながらにして、別の選択肢を考えられる余裕を持つことにつながれば。――著者の一人として、冥利に尽きるというものです。

 


 

 以上。電子書籍より、第5章部分をほぼノーカットでお送りしました。こうして見ると、いつものブログの文章と縦書きの長文では、句読点やカギ括弧の使い方に違いが出てきておもしろいですねー。

 上記の「本のまとめ」はもともとブログで書こうと思っていたのですが、電子書籍のほうに載せてしまったため逆輸入という形で今回、ブログにも掲載してみた格好です。

 今でも「退職」「辞めたい」系の単語検索でこのブログを訪れる人が多いようなので、少しでも何かしらの視点を提示できれば、と。個人の経験を長々と語るよりは、いくつかの本から、いくつかの人の考え方を読み取ったほうが、参考にできることは多いのではないかしら。

 

 

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