『弟子・藤井聡太の学び方』1人の棋士の“学び”の視点と、師匠のあたたかな視線


 最近、将棋の本をちょくちょく読んでいる。きっかけとなったのは、昨今の藤井フィーバー……ではなく、『りゅうおうのおしごと!』との出会い。アニメの放送をきっかけに、ずっと積ん読状態だった原作を読んだところ、何度も泣かされ、その熱に浮かされてしまったのでした。

 その流れでしばしば将棋中継を見るようになり、2月17日の朝日杯*1準決勝&決勝では大興奮。すっかり将棋に魅了され、以来『将棋ウォーズ』で毎日欠かさず指すようになりました。同時に将棋本を何冊か買い、近頃は時間のあるときに読んでいます。少し前に読んだ『不屈の棋士』がおもしろかった。

 そんななかで今回読んだのは、書店でも数多く並んでいるのを見かける「藤井聡太本」のなかから、彼の師匠である杉本昌隆七段による著作『弟子・藤井聡太の学び方』

 これが、想像以上におもしろかった! 「電子書籍が出るまで待とうかなー、でも、電子化されるかわからないしなー」なんて思って一瞬だけ躊躇いましたが、すぐに買って読んで大正解。読み終えたあともパラパラめくって読み返したくなる、魅力にあふれる1冊でした。

 

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「藤井聡太」という棋士を通して見る、将棋の魅力と「学び方」

本書は、師匠から見た弟子・藤井聡太の「学び方」をつづったものです。

(杉本昌隆著『弟子・藤井聡太の学び方』P.4より)

 発売当初から書店で並んでいるのを見かけており、「師匠目線」という切り口が気になっていた本書。書かれているのは、師の教えか、弟子への激励か──。読む前は、そんな想像をしていました。

 ところがどっこい。実際に読み進めてみると、それ以上に多くの話題が盛りこまれていてびっくり。師弟関係にまつわるエピソードのみならず、将棋の魅力や、棋士目線の物事の考え方、将棋にとどまらない教育法に、勝負の世界に身を置く者が語る人生訓などなど。語られるトピックは、まっこと多岐にわたります。

 それだけ多種多彩な話題が展開されている割には、まったくとっちらかった印象を受けなかったのも驚き。むしろテーマははっきりしており、1本筋の通った構成になっているように感じられました。

 本書に書かれているのは、「藤井聡太」という1人の棋士を通して見る「将棋の魅力」と、書名にもある「学び方」の視点。見方を変えれば、将棋以外の物事にも当てはまる「勝つ」ための考え方と、親や教師目線で「教える」にあたっての心構えと言ってもいいかもしれません。

 それは言うなれば、「師匠」の目線から「弟子」の成長を追想するような1冊。筆者・杉本先生のこれまでの経験と、弟子となった藤井少年の成長の様子から、「学ぶ」にあたって、あるいは「教える」にあたって大切なことを、順を追って紐解いていく内容となっています。

大好きなものや熱中できるものを見つける、思考力・集中力・忍耐力・想像力を養う、闘争心・冒険心・自立心・平常心を身につける、気持ちを切り替えたり発想を転換したりする──。

将棋に強くなるために要するこれらはすべて、私たちが人生をより豊かに生きていくうえで必要な学びともいえるでしょう。それは、この時代を生きるための学び方であり、人材育成法といえるかもしれません。

(P.5より)

 一方で、文中で登場する弟子・藤井少年からは、メディアで報道されている姿とは少し異なる印象を受けました。それは、大人びた様子で冷静にインタビューの受け答えをする「藤井聡太七段」というよりも、とにかく将棋が好きで好きで仕方がない、1人の少年の姿に過ぎないような。

 将棋盤にしがみついて大泣きしていた姿。控えめに見えて、勝負では闘争心をむき出しにする姿。嫌々やらされるのではなく、「好き」の思いで詰将棋に没頭する姿。仲間たちと将棋盤を囲み、楽しく笑いながら語り合っている姿──。師匠の目を通して語られる藤井少年の姿は、どこにでもいる年相応の子供のよう。

 もちろん、初めて彼の対局を見たときから「この子の才能は恐ろしい(P.4)」と感じたとも書かれていますし、その並外れた才覚についても繰り返し言及されています。しかし、本書にかかれているのは、才能にあふれる棋士の卵としての藤井少年の姿や、その具体的な学習方法だけではありません。

 あのときはこうだった、このときはこうしていた──と、将棋と向き合う藤井少年の姿を事細かに述懐する本文からは、弟子を見守る師匠の優しい視線が感じられるのです。

 教育論や人生訓などの学びを得られる啓発本であり、将棋の魅力を実感できる趣味本でありながら、それ以上に、師匠の優しさが垣間見える本書。むやみに才能を持ち上げることなく、事実と過去のエピソードを淡々と挙げるだけでも、自然と「藤井聡太」という棋士のすごさと人となりが伝わってくる。

 「師匠」として見守ってきた筆者にしか書けない本であると同時に、そんな杉本先生自身の柔らかな人柄も伝わってくるような、気持ちのいい読後感を得られる1冊です。

 

将棋以外でも当てはまる、物事との「向き合い方」

 師弟関係の在り方、子供の能力・個性を伸ばす教育方針、勝負へのこだわりや負けたときの考え方、さらにはコンピューター将棋との付き合い方など、多角的な視点から「学び方」について紐解いた『弟子・藤井聡太の学び方』。将棋はもちろん、それ以外の場面でも参考になる提言を数多く読むことができます。

 しかし他方で、本書から得られるのは「学び方」だけではありません。人間関係をはじめ、趣味や勉強、夢や目標、その途上で直面する問題などに対して、どのように向き合えばいいか。「学び方」を知ると同時に、本書は、あらゆる物事との「向き合い方」を考える本でもあると感じられました。

 たとえば、将棋に負けたとき。

 「将棋は相手がうまいから勝つのではなく、自分が間違えるから負ける(P.34)と書かれているように、敗因を考えずして成長はありません。反省の時間を持つこと、後悔するばかりではなく、その後を見据えて気持ちを切り替えること。敗北や失敗との向き合い方は、日常生活の場面でも参考になるはずです。

 あるいは、学びの方向性について。

 情報社会である現代は、少し調べればたいていの情報は手に入りますし、最短距離で成功を収めるべく、コスパを重視した学習法が重宝されがち。それがうまくハマることもありますが、こと勝負においてはそうとも限りません。「学びは時間ではなく、密度(P.69)」「ある部分だけは誰にも負けないものを持っているからプロ(P.80)」「若いころの長考は貯金(P.88)」など、勝負の世界に身を置く棋士ならではの提言が数多く見られました。

 はたまた、人間関係の考え方。

 「師弟関係」と聞くとどこか体育会系的な響きを感じてしまう昨今ですが、本書で描かれる関係性は、思いのほかドライ。あれこれと口出しして直接指導するというよりは、「学べる環境を用意する」ことに重きを置いている印象を受けました。弟子の自主性を重んじ、自分色に染めるのではなく個性を伸ばすことを考え、自分で「気づく」ほうへと持っていく格好。

 近すぎず遠すぎず、親子にも先輩後輩にも見える関係性には独特の魅力があり、だからこそ僕らは、現実でも虚構でも「将棋界」の物語に夢中になるのかもしれません。筆者が弟子の入門前には必ず話すという、「将棋に関しては、師匠だからといって遠慮する必要はない。違うと思ったら、自由に反論してもいい(P.84)という言葉が、象徴的に感じられました。

 書名からもわかるように、主に「学び」に重点を置いて説明している本書。また、昨今の藤井フィーバーが親世代の注目を集めていることから、特に子供のいる親や教育者にぴったりの1冊ではありますが、もっと幅広い層にも勧められる内容であると感じました。

 なぜなら、先にも書いたような「向き合い方」の本だと考えれば、誰しもが常に何かと “向き合って” 生きているからです。

 年齢を重ねた自分との向き合い方、制限を設けることで効果が発揮される時間の使い方、失ってしまった熱意との向き合い方、人とは違った個性の見つけ方──などなど。何歳になってもなくなることのない、あらゆる物事との「向き合い方」が書かれた本書からは、きっと多くの人が気づきを得られるはず。

 それでいて、「師匠」の優しげな目線で「弟子」について書かれた本書は、読み物としても極上。中学生棋士として注目され、大きな期待を背負って活躍する姿を誇らしく感じながらも、「しかし藤井聡太は藤井聡太です。それ以外の何者でもありません(P.240)」と言い切るところに、師匠のあたたかさを感じました。

 「棋士・藤井聡太」の師匠でありながら、ほかの誰よりも彼のファンである筆者によって書かれた、優しさと熱量に満ちあふれた1冊。将棋ファンもそうでない人も、ぜひ手にとって読んでみてください。

 

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