「職業に貴賎なし」とは言うけれど、いつの世にも花形とされる人気の職業があれば、嫌な顔をされる仕事もある。そして、移りゆく時代のなかで消え行く職業の存在も。──そういえば数年前にも、日本で最後の「三助」が引退したことが話題になっておりました*1。
書店に行けば、そういった「職業」の魅力を説いた本も数多い。でもその一方では、過去に存在していたことは知識として知っていても、実のところはよく知らない、知られていない職業も少なくないんじゃないだろうか。名前は知ってる、でも内容はよくわからん、という。
特にファンタジーな世界観のRPGなどを見ると、実在した職業を “ジョブ” として引用している作品は少なくない。騎士全般だとか、吟遊詩人だとか、錬金術師だとか、道化師だとか。しかし、ゲームの “お約束” としての役回りやステータス配分、スキルなどは知っていても、彼らの元となった「職業」については実のところよく知らない──そんなことは、往々にしてあると思う。吟遊詩人? バード? ミンストレル? 何が違うん?
そんな、中世の時代に実在した職業について事細かく解説しているのが、本書『十三世紀のハローワーク』です。もともと同人誌として作られ、人気を博していたシリーズ本が、ついに商業誌として出版。買おうかどうしようか悩んでたら、妹が買ってた。さっすがー!(借りた)
それこそ、ゲームの “ジョブ” がごとく描かれた魅力的なイラストと、詳細な解説文によって本書のなかでまとめ上げられた職業は、なんと100種類以上。全294ページの超絶ボリュームは読みごたえも抜群で、いつも本棚に置いておきたい、保存版となっております。
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過去に実在した数多の職業をSRPGのジョブっぽく紹介
Q:この本なに
A:中世欧州を中心とした世界史上の職業をゲームっぽく紹介したShosekiです。
騎士、魔法使い、吟遊詩人、死刑執行人に盗賊騎士、ホモ取締官に女装男子、そしてメガネ。華やかな中世ヨーロッパを彩る煌びやかな職業たち。中世ファンタジーなゲームをプレイしたことのある方は当然として、そうでない方も、これらの職に憧れないことがあり得ましょうか? いえ、あり得ますまい。
(中略)
より有り体に申し上げますと、ほらほらお前らジョブとかスキルとか好きなんだろジョブツリーとかパラメータのグラフとか見てときめいちゃうんだろそれでオリジナルジョブとか考えちゃうんだろ素直になれよまさか違うなんて言わねえよなこの野郎。と、だいたいそんな感じの本です。
このような書き出しから始まる本書『十三世紀のハローワーク』は、一口に言えば、 「あんな仕事やこんな仕事、世界史においてマジで実在した過去の職業を、シミュレーションRPGの “ジョブ” っぽく紹介した本」です。
ご覧のとおり、見るからにゲームの攻略本、あるいは設定資料集っぽい紙面構成。それとなく「属性」「能力」「技能」をステータスっぽくまとめているあたり、本当にゲームの関連書籍に見えてくるから困る。実際、読み進めるのがむちゃくちゃ楽しい。
かと言って、各種職業のイラストを “それっぽく” 羅列しただけの内容かといえば、決してそんなことはございません。
それどころか、徹底的に調べたうえで歴史・文化とも紐付けつつ解説しているため、もうその手の専門書と言っても過言ではないんじゃないかというレベル。巻末の参考文献一覧は、極小の文字で3ページにびっしり。この手の本じゃなかなか見ない量でびっくり。以下、いくつか見てみましょう。
粉ひき
例えば、こちらの「粉ひき」。 現代にも残る「パン屋」とは別の、ひとつの職業として取り上げられていますが、それはなぜか。
本書の説明によれば、“精粉” 自体に多大な労力が必要だったために専門業者がいたこと、そして、その労力ゆえに技術革新(水車)が起こったこと、また、水車の運用には領主が関わり使用料を徴収していたこと、しかし、農民は強制的に水車の使用料を払わされており、その理不尽に対する怨嗟が募っていたこと、その結果、粉ひきを揶揄することわざが現代にも数多く残っていること──などが、順を追って説明されています。ネタも挟みつつ。
血潮はビールで、心はパン。その体は、きっと麦でできていた。
(グレゴリウス山田『中世実在職業解説本 十三世紀のハローワーク』P.24より)
ベナンダンティ
また、本書は全9章で構成されており、主に「職場」を基準として職業をカテゴライズ。章別にまとめている格好です。
先ほどの「粉ひき」は第1章「街と村の風景」で取り上げられており、ほかには「水売り」「傘貸し屋」「公示人」「説教師」「パン屋」「洗濯女」「ビール妻」「魚売り女」「乳母」「ベナンダンティ」が登場。字面を見れば、なんとなく仕事内容も想像できる職業が多いですよね。ベナンダンティは初めて知ったけど。日本の呪術師・イタコとも通じそうで、おもしろかった。
この職業/習俗は、特定の日に幽体離脱をして霊魂と化し、豊作を巡る儀式的な戦闘を繰り広げたとされている。
(グレゴリウス山田『中世実在職業解説本 十三世紀のハローワーク』P.28より)
ドルイド
続く第2章「郊外と荒野の風景」では、「羊飼い」「伯楽」「ジプシー」「ハイランダー」「遍歴学生」「隠修士」「担ぎ屋」「匪賊」「盗賊騎士」「飛脚」についてそれぞれ説明。
──このあたりも、まだわかりやすそう。個人的には、これまでピンときてなかった「匪賊」の解説がおもしろかったです。RPGでは「盗賊」としてまとめられがちな彼らについて、「農民的匪賊」と「部族的匪賊」の分類に始まり、中国史も交えつつ4ページにわたって概説した内容。
第3章「山・川・海の風景」では上記、「ドルイド」ちゃんが登場。なんとなく崇高な賢人──というイメージがあったけれど、人身御供も含めてあらゆる諸事を取り仕切っていた面もあるとは知らなんだ。かわいい。
同章ではほかに、「森番」「鷹匠」「鳥刺し」「狩狼官」「渡し守」「鵜飼」「鮮魚飛脚」「ヴァイキング」「銛打ち」「持斎」「漕刑囚」を説明。世界各地で活躍するお魚の運び人……かっこいい……。
ドルイドの役割は俗世・政治の領域にも及んでいる。ざっと抜き出してみても支配者、助言者、政治家、外交家、裁判官、調停者、祭司、予言者、魔術師、歴史家、教師、口頭伝承の保持者、治癒者、種々の学者(神学、哲学、自然哲学、天文学、数学、歴史学、地理学、医学、法律学、詩学、演説法)etc.etc. …と実に多彩。なんかもう、ケルト世界のすべての知的活動を一箇所に放り込んでみました感が漂うリストである。
(グレゴリウス山田『中世実在職業解説本 十三世紀のハローワーク』P.65より)
公人朝夕人
4章「城・宮廷と戦場の風景」のなかで引っかかったのが、まず「公人朝夕人」。見るからに「アイエエエ!?」と叫びたくなるような出で立ちながら、その正体は、 “将軍が尿意を催したときに尿筒(しとづつ)を差し出す便器番” とのこと。たしかに影の仕事人ではあるけれど……!
ランツクネヒト
もうひとつ、おもしろかったのが「ランツクネヒト」。
ヨーロッパ各地で戦場に立った、ドイツの傭兵。世界史で聞いたことがあるようなないような……程度の印象だったのですが、やはり軍事分野の話は興味深い。特に中隊の構成員まわりの説明は、本書と同時発売の筆者のマンガ『竜と勇者と配達人』のエピソードとも微妙にかぶる部分があり、おもしろく読めました。勇者は1000人の雇用を生み出す……。
4章ではほかに、「吟遊詩人」「道化師」「占星術師」「ヴァリャーギ」「剣士」「ベルセルク」「神殿騎士」「マムルーク」「墨家」が登場。戦場を舞台にしているだけあって、ゲームでもよく目にするジョブ名が集まっていますね。
「NPC」も含めれば、150を超える職業が登場!
──とまあ、気になったジョブをすべて取り上げているとキリがないので、この辺で。このような形で、全9章にわたって100種類以上もの職業を紹介しているのが、この『十三世紀のハローワーク』でござる。短く紹介している “NPC” も含めれば、150種類を軽く超える模様。ぱねぇ。
もはや童話のイメージしかない「マッチ売り」に、韓国が有名だけど実は世界中に存在する「泣き女」、否定的な意味のたとえとして今は使われている「太鼓持ち」や、冒頭でも触れた「三助」などなど、知っていたり知らなかったりする職業が盛りだくさん。
シミュレーションRPGが好きな人はもちろんのこと、学生時代に少しでも「歴史」が好きだった人ならば、まず間違いなく楽しめる歴史本とも言える一冊です。何ヶ所かの書店で目立つところに積んであるのを見かけたので、気になる方はぜひチェックしてみてくださいな!
本当は『竜と勇者と配達人』も一緒に紹介したかったのですが、長くなってしまったので別にまとめました(関連:経験値は申告制?勇者は1000人の雇用を生み出す?ファンタジー世界の“労働”を紐解く『竜と勇者と配達人』)。
こちらもおすすめ──というか、むしろこっちから読むと本書もより楽しめるんじゃないかというマンガです。いつだってどこだって異世界だって、働く人はたいへんだ!
© グレゴリウス山田/一迅社2017