フォーマットが変化すれば、それに合わせてコミュニケーション文化も変化していくのは当然のこと。前時代のフォーマットに慣れている人間がみたときに、多少の違和感を感じてしまうということだけの話なのでしょう。
このように考えるようになってからは、「これが彼らの文化なのだ」と思うようになり、特に気にせず受け入れるようになりました。
「即レスが当たり前のスマホ世代は、句点をあまり使わないの?」という話。結論は引用部分のとおりだと思うのですが、これって最近の10代学生に限ったものでもないと思うんですよね。
メールやSNSを含めたネットコミュニケーションにおける、句点の扱いについて。自分の経験を振り返りつつ、まとめてみました。
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00年代初期、チャットで遊んでいた頃の文末表現
自分がインターネットに親しむようになったのは、00年代初期。当時はFLASHアニメを見て爆笑したり、CGIゲームで遊んだりするのが主な使い方だったのだけれど、もうひとつ、一時期ハマっていたものがある。
それが、いわゆる「チャット」。今は亡き「みんなのチャット」とか、年代別、地域別などのチャットルームに入って、見知らぬ他人と話しておりました。
昼に入室して、気づいたら暗くなっているなんてのも当たり前。最長は8時間くらいだったんじゃないかしら。その後、自分のホームページや友人グループ専用のレンタルチャットを作ったりもしていた記憶もある。
おもしろFLASH……エヴァSS……箱庭諸島……何もかも懐かしい……。
当時から几帳面というか、原稿用紙の規則は全て明確に守るような子供だった僕は、最初の頃は句読点を付けて丁寧な言葉でやりとりしていたんじゃないかと思う。
でもでも、そこはやはり、周囲に感化されやすいオトコノコ。チャットならではの「お約束」を覚え、さらにFLASHなどから2ちゃんねるのカルチャーも学び、気づけば貴方も立派なネット民!……になっていたのではないかしら。多分、こんな感じで。
「こんにちは!」 → 「こんちゃー♪」 → 「こんこん!( ・∀・)ノ」 → 「こん」
想像だけど、チャットにおける自分の挨拶はこんな風に変化していったのではないかと思う。感嘆符を使いまくる初期から、やたら音符を好むようになり、顔文字を覚え、やがて略語に落ち着く、と。
読点(、)はまだ使っていた記憶があるけれど、句点(。)を打ち込んでいたのなんてほんのいっときで、ほぼ影も形もなかったんじゃないか説も。ネットコミュニケーションにおいて、句点はいつもかわいそうな存在なのだよ……。
チャットに始まる短文コミュニケーションサービス
で、この「チャット」周辺*1に始まる短文コミュニケーションって、現代のインターネットでもそこら中で見られるものだと思うんですよね。
LINEなんて、まさにその最たるもの。公式ページに行くと「無料通話・メールアプリ」なんて書いてあるけれど、初めて存在を知った僕の感想は、「チャットじゃねーか!」だったもん。最近は影が薄いけど、Skypeの亜種として捉えていました。
名前が出たので取り上げておくと、Skypeで句点を使う人はどのくらいいるんでしょうか? ビジネス用途などでは当たり前に使っているのかもしれないけれど、主に友人との連絡ツールとして使っていた僕の印象では、句点ユーザーは少数派だったように思う。
Twitterに関しても同じく。文筆業をしている人やジャーナリストなどは除いて、一般ユーザーのツイートを参照してみると、どうだろう。
少なくとも僕の観測範囲では、句点ユーザーが少数派に見える。今、確認してびっくりしたけど。もちろん、長文ツイートでなら使っているんだけど、二言三言のやり取りでは「。」さんの姿はどこにも見当たりませぬ。切ない。ツイキャスも同様。
他には、ニコニコ動画とか。こっちはむしろ、句点が目に入ったら「!?」ってなるレベルなのでは。コメントが常に流れるニコ動においては、長文コメは嫌われがち。そんな中、全角スペースひとつを要する「。」さんの存在は邪魔でしかない。
もちろん、全くの皆無ではないし、句点があったところで別に違和感はないのだけれど、やはり圧倒的少数派であることに違いはなさそう。
2chでいちいち句読点つける奴wwwwww
ニコニコ動画と言えば、初期の文化としては2ちゃんねるの影響が色濃く現れておりました。ゆえに、文章表現としても2chの存在は看過できないものかと。
で、2chにとっての句点と言えば、「使えばバカにされるもの」という印象しかないんだけど、僕だけかしら。
試しにググってみたら、案の定。検索結果のページ名が、こんな感じ。
「レスにいちいち句読点使ってる奴気持ち悪いんだが」
「2chで句点打ってる奴って地雷しか居ないよな」
「2chで句読点つける奴wwwwwwwwwww」
「なんで2chでは句読点が嫌われるのか。」
こうして見ると、Twitterでもたまに見られる「一部の住人が独自ルールを押し付けている」ように見えなくもないんですが、句読点が嫌われる理由はよく分からない。どなたか、知っている方がいらっしゃったら教えて下さい。
ただ、「2ちゃんねる」と一口に言っても掲示板ごとに別の文化を持っていたりするので、一概には言えないようにも思う。たとえば、先日「壁ドン」について書いた記事で引用した2004年のスレッドなんかは、かなり句点ユーザーが多いように見えました。
うーん……場所と時期により、ってことかしら?
個人的には壁殴り代行が好きです。
「文章」と「会話」は別のコミュニケーション
このことについて2chのスレッドを流し読みしていたら、ひとつおもしろい指摘がありました。 “レスは文章ってより会話感覚が強い” というもの(2chで句点打ってる奴って地雷しか居ないよな 意識高い系のかほりがするより)です。
確かに2chに限らず、チャットにせよ、LINEにせよ、Skypeにせよ、Twitterにせよ、そこに打ち込む言葉は対象となる相手が存在する「会話」なんですよね。ニコ動は、またちょっと性質が違うかもしれないけれど。
そう考えると、フォーマットやそこで醸成される文化の影響も少なからずあるのだろうけれど、それよりも、ユーザーの「コミュニケーション」に対する姿勢が表れているのかな、とも感じました。
「文章」を書き連ねる本やブログでは自然と句点が使われていて、他者との「会話」がメインとなる各SNSでは文章表現に重点を置いていない。ゆえに、不要な「。」は省かれる。
ただし一方では、逆のパターンもあるんじゃないかと思う。「会話」としての表現をうまく伝えるための付加要素としての、感嘆符や顔文字、絵文字。
句点を使おうが使わまいが、うまいこと言葉を選ばないと感情まで伝えるのは難しい。その意味で、「!」「♪」「(`・ω・´)」「」といった付加要素は優秀だと言えそう。感嘆符などはともかく、顔文字・絵文字はそれが「会話」だからこそ生まれた表現なんじゃないかしら。
とはいえ、乱用にはご用心。あまり使いすぎると見づらくなるだけでなく、食傷気味になり、それが当たり前のものとしてウザく感じてしまう人も少なくない。
聴いててなぜか泣きそうになった
CDとはまた感じが違って新鮮だった
鳥肌たった
生だと迫力がちがうわ
ここでテンションが最高潮に
周りと一緒に叫んびましたよ
照明の演出が凄くてテンション上がった
ギターかっこえぇ
見て下さいよこれ!
2007年に僕が自分で書いていた文章(?)っすよ!
ツッコミどころが多すぎて壁に頭打ち付けるレベルですよ!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!
……ということで、自分の言葉をどう表現するか、周囲からどのように見られるかは、たまーに振り返ったほうがいいかもしれませんよ、という話でした(自戒)。
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*1:他だと、メッセンジャーとか?