ボキャブラリーを増やすには?「マジ」「神」の表現に頼らず語彙を鍛える


ちゃーっすwwボキャ貧太郎でーっすwww
 言葉とか、伝わればそれで良くねっすか?ww
 いや、だって、俺ってアホだし?いや、マジでwww

 

 ……と、私の頭の中のチャラ男が言っていました。うむ、一理ある。ぶっちゃけ、相手に意図さえ伝わるのであれば、使う言葉は最低限でもいいと思うんですよね。そもそもの「言葉」だって、コミュニケーションの媒介・道具でしかないわけで。

 ところがどっこい。物事に流行り廃りがあるように、「言葉」にも流行はある。毎クール、同じ展開のハーレムラブコメアニメを見せられていたら飽きるように、同じ言葉や表現を聞き続け(読み続け)ていると、飽きる。刺激が足りぬ。うんざりしてくる。

 (笑)が(藁)に変化し、「w」となり、今やウェブ上は大草原となってしまった。分かりやすいっちゃ分かりやすい。が、ブログ記事のタイトル一覧で、草がぼーぼーに生えているのを見るのも流石に嫌になってきた。たまに使うくらいならいいんだけど、乱用し過ぎで食傷気味。

 

 ──というわけで、語彙力をつけよう(提案)

 

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文字コミュニケーションの短縮化

 インターネット上でのコミュニケーションを見ると、その内容がどんどん簡略化され、文字数も減っていっているように感じる。チャットや掲示板なんかは昔からあるし、「今北産業*1」なんてスラングもあったけれど、その当時以上に。

 TwitterやLINEがその代表格だ。140字という制限のあるTwitterは言わずもがな、LINEでも長文は好まれず、頻繁に使われる「スタンプ」は、文字ですらない。

 他には、NAVERまとめや2chまとめサイトなどを含めた、キュレーションメディアがある。「コミュニケーション」という枠組みとは少し異なるものだが、情報を簡略化し、ひとつのテンプレートに収めているという点で、前者と同様の流れを汲んでいると考えられる。

 これらに共通しているのは、莫大な情報量をまとめ、濃縮し、その伝達を円滑にしている、という部分にあると思う。

 しかし、あまりに簡略化された情報は、特定の、一部の言葉だけを使うことを推奨し、コミュニケーションを簡素で形式的なものにしているようにも見える。「コミュニケーションのテンプレ化」とでも言いますか。ボケとツッコミがいくつかのパターンに限定されてしまって、多様性が消えつつあるように思えなくもない。

 

ボキャブラリーを増やそう!

 というわけで、ボキャブラリーを増やそう!(提案)

 語彙力をつけることによって、脱・テンプレコミュニケーションを目指すのです。形式的、単調なやり取りは楽だけれど、いつか飽きるもの。

 いつも「くそわろたwww」と言っている人が常にくそわろてるとは思えないし、周囲から見ても興味をそそらない。なんでもかんでも「神作品」と評していては、その素晴らしさは伝わらない。多神教なのは結構ですが。八百万の神と言っても、限度がある。

読書

 さて、語彙力をつける手段としては、よく言われるのが、「本を読め!」というもの。これは、人によっては一定の効果が期待できると思うけれど、ちょっと読書の習慣を付けたらボキャブラリーが増える、なんて単純な話でもないんじゃないかしら。

 例えば、特徴的な文体を持つ作家さんの文章を真似ることは、ひとつの手段だと思う。特別に好きな作家さんならば、真似したいと考えてもおかしくはないし、独特な言い回しであればあるほど、「それっぽく」するため、覚えようという気持ちが出てくるはず。

 もちろん、「文体」と「語彙」は別のものなので、一概に効果があるとは言えませんが。文体は森見登美彦、言い回しは村上春樹、なんてハイブリッドが生まれるかも。

 あれだ。小中学校の国語の授業の感覚でやるのはありかもしれない。何かにつけて、「いとをかしww」とふざけ合ったり、「そうか、そうか、つまり君はそういうやつなんだな*2」と真似して遊んだりしていた感じ。精神的に向上心のないものは馬鹿だ(キリッ

辞書

 もうひとつ、「辞書を読む」こともひとつの手段として挙げられがちだ。……けど、正直、キツくないですか?

 好きな人は好きなんだろうし、僕も用語辞典くらいなら、「ほほー」「ふーん」などと唸りながら読めそうだけど、国語辞典を一冊の「本」として読むのは辛い。辛すぎる。

 それに、読んだとしても、多分、覚えられない。「へー、そんな意味もあったんだー」「こんな言葉もあるんだー」と、読める可能性はゼロではないが、それらを覚えて、日常生活で使えるかどうかと聞かれたら……無理っしょ。

 使えそうな単語を少しずつでもメモして、意識して取り入れる……なんて、意識の高い活動は、僕にはできそうもない。よほど意欲的でなければ、続かない作業だと思う。

 

自分のよく使う表現、「口癖」を分析する

 じゃあどうすればいいんだべ。と考えて、思いついたのがこれ。「『口癖』を分析しよう!」というもの。

 誰にだって、口癖のひとつやふたつはあるはずだし、思わず頻繁に使ってしまうような表現もあるだろう。そんな、自分の中でテンプレ化してしまっている表現を見直して、別の言葉に言い換えること。そうすることで、語彙力をつけることはできないだろうか。

「マジ」

 例えば、おなじみの若者言葉、「マジ」。もとは、江戸時代の楽屋言葉だったとか。若者世代に限らず、広く普及してしまっているような現状もある。短く、分かりやすい。感情表現もつけやすい。あまりに万能なので、日常的に乱用されまくっている印象が強い。

 「マジで!?」「マジすか!」「マジマジ!」などの他、別の単語と一緒になって、強調するときに使われがち。「マジパネェ」「マジ怒った」「マジ愛してる」とか。マジLOVE1000%。

 この言葉を言い換えるとすれば、どうなるだろう。「マジ」の意味する、「本気」「真剣」「真面目」をそのまま使ってもいいし、それと類似の表現を持ってくるのもありだと思う。強調の場合は、「本当に」「本気で」「かなり」「めちゃくちゃ」「とんでもなく」などが、代替語として挙げられそう。

「マジ!?」 → 「ほんと!?」「ほんまに!?」「嘘だろ!?」「信じられん!」

「神」

 古くは「ネ申」と呼ばれる存在が、インターネット上には数多存在している。ある人やその行い、アニメや映画、音楽などの作品、技術などなどを賞賛する意味で使われる言葉だが、それゆえに、ウェブは神々で満ち満ちている。マジ八百万。

 こうして見ると、ネットユーザーの大半は多神教らしいが、「神」と言ってもいろいろいるわけで。キリストなのか、ヤハウェなのか、アッラーなのか、アーリマンなのか、ベルゼブブなのか、ニャルラトホテプなのか。はたまた、田代まさしなのか、柏原くんなのか、ウメハラなのか、夜神月なのか。「神」だけでは、何が何だか分からない。

 何かを「神」と崇め、賞賛するのなら、その特質・個性を示す必要がある。

 僕は「神」について語る口は持っていないので、人それぞれ、自分なりの「神」を表現して欲しいところ。……ボキャブラリーというよりは、「具体性を持たせろ」という問題である気がしなくもないけれど。「すげえ」や「ぱねえ」と言い換えたところで、伝わらないし。

「全力」

 これは僕自身の口癖ですが、よく「全力」という表現を使ってしまいがちなので。もっと他の言葉で表現できないだろうか。

 困った時の、類語辞典!どれどれ。

全力 ・ 本気 ・ 全身全霊 ・ ありったけの力 ・ 持てる全ての力 ・ 100パーセントの力 ・ パワー全開 ・ 死ぬ気 ・ 最大出力 ・ フルパワー ・ 百万馬力 ・ フル稼働 ・ フル回転 ・ 渾身の力 ・ 総力 ・ すべての力 ・ 実力の限り ・ 力の限り ・ 持てる力のすべて ・ 持てる力の全て ・ 力の及ぶ限り ・ 満身の力 ・ あらん限り ・ ありったけ ・ 全精力 ・ 力いっぱい

全力の同義語 - 類語辞典(シソーラス)

 おお……すげえ。たくさん出てきた。自分なりに他を考えてみたけれど、「一生懸命」「目一杯」くらいしか思いつかなかった。

 

ばらばらに覚えるよりも、言い換えを考える

 このように、一から新しい単語をばらばらに覚えるよりは、自分が普段から使っている表現を、別の言葉で言い換えるように考えてみてはどうだろう。

 言葉の意味を考えて、それと似た表現を探してみる。類語辞典を使えば一発だけど、他を考えてみるのも割と楽しいと思う。

 新たに生み出される流行語・スラングを使っていくのも、悪くはない。けれど、他言語と比べれば、表現が豊富で、歴史もあるという日本語をせっかく使っているのだから、既存の言葉から探してみることで、学ぼうという姿勢を持ってもいいのでは。

 

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