『お茶が運ばれてくるまでに』世界は、美しくなんかない。それ故に、美しい。


 この本のタイトルと表紙を見て、あなたはどんな印象を受けるだろうか。

 

 ――喫茶店が舞台のショートストーリー?

 

 いいえ、違います。本を開くと、目に飛び込んでくるのは、詩のような短い文章と、ほんわかした水彩風のかわいらしいイラスト。

 

 ――そう、これは、「絵本」です。

 

ほっと一息入れたい、大人のための「絵本」

 今回、ご紹介するのは、上記1冊を含めた、こちらの3冊。

 

 

 ふとした時に読みたくなる、僕のお気に入りのシリーズ。今日からKindle版の配信が始まると聞いて、「これは!紹介せねば!」と、黙っていられなくなったのです。

 冒頭に書いたように、これらは文庫本サイズでありながら、紛れもない「絵本」だ。とは言っても、幼い子供向けのものだとは思えない。

 本書の紹介文を借りれば、「ドキリとする、ウルッとする、元気になる、胸が痛む、答えを探す、好きな人に会いたくなる、そんな“心動く掌編”」が、多数、収録されている。

 

 そこに書かれていることは、一見すると、単純で、言うまでもないことばかり。けれど、不思議と胸に残るのだ。

 温かかったり、切なかったり、笑ったり、ぎくりとしたり、勇気づけられたり。日常生活の中の、「当たり前」のことなのに、この文章と、イラストによって訴えかけられると、妙に心に響く。

 

 「絵本」と言えば、どこか教訓的な要素が盛り込まれていることが多いが、本書もその例に漏れない。むしろ、教訓的、哲学的、寓話的な色彩が強い。

 それは、大人だからこそ分かる「皮肉」だったり、世の中の「風刺」だったり、思わず苦笑いしてしまうようなものも。僕らにとっては「当たり前」の物事を、別の立場や視点から、「当たり前」に描くことによって、思わぬ気付きや刺激を与えてくれる、そんな内容だ。

 

 また、久しぶりに読み返してみると、最初に読んだ時と、感じ方が変わっていることに気付いた。

 というのも、今、書いているこの記事の一部は、発売当時に読んだ時の感想文を少し引用しているのだけれど、「あれ?昔の僕は、そういう解釈なの?」という点がいくつか見受けられた。

 

 加えて、当時は「うん、そうだね!」くらいの感想しか持てなかった話が、今、改めて読むと、「あ、ああ…なるほど…」などと、妙に共感できるものとなっていた。

 小さな頃に読んだ童話を、大人になって読み返したら、物語の見え方が全く変わっていたような、そんな感覚。わずか3年かそこらでそのような感覚を持ってしまったのだから、読者の年齢・経験によって、解釈が異なってきそうで、おもしろい。

 

著者について

 さて、ご存知の方は既に察しているかもしれないが、本書の著者は、ライトノベル作家の時雨沢恵一さんだ。現在はどうなのか分からないが、僕らの世代で「ラノベ」と言えば、時雨沢さんの代表作である「『キノの旅』を読んどけ!」というくらいのイメージだった。

 そんな著者の作品を読んだことがある人ならば、これらの『◯◯が運ばれてくるまでに』シリーズがどんなものか、容易に想像がつくと思う。簡単に言えば、『キノの旅』のそれぞれの話の要素を極限まで濃縮したものが、これらの本となる。あ、ちなみに、「本編」こと、あとがきはないので、念のため。

 

 逆に、時雨沢さんの作品を読んだことがない人にとっては、これら3冊が導入本のような役目を果たすかもしれない。読んでみて、もしビビっとくるものがあったのならば、少なくとも『キノの旅』の雰囲気は非常に良く合うはず。

 日常生活の「当たり前」に対して、ちょっとした気付きや別の視点を教えてくれる、そんな作品です。

 

 

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