すれ違う思春期の「好き」に身悶える映画『リズと青い鳥』が尊すぎて死んだ


冒頭5分、呼吸を忘れた。
中盤しばし、息を潜めた。
終盤に入り、息が詰まった。
最後の10分、息が止まった。

 

──呼吸困難かな?
──いいえ、尊みが爆発し、息の根を止められたオタクです。

 

リズと青い鳥 レビュー

映画『リズと青い鳥』を観てきました。

いやー、軽い気持ちで観に行ったところ、完膚なきまでに打ちのめされてしまった。何あれヤバい。愛しさと切なさと辛さと尊さの多重攻撃にさらされて、1日経った今も余韻が残っているんですが。この感じ、前にも味わったような……。

劇的な展開があるでもなく、衝撃の結末が待っているわけでもない。それなのに、90分間ずっと息を殺して、スクリーンに釘づけになっていた。上映中は動悸が止まらず、息苦しさは増すばかり。ど派手なアクション映画やサスペンス映画よりも、心の臓がバクバクしていたんじゃないかと思う*1

 

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期待値を軽く振り切った映画『リズと青い鳥』

2015~16年にかけて放送され話題になった、高校の吹奏楽部を舞台にしたアニメ『響け!ユーフォニアム』シリーズ*2。その「完全新作劇場版」という触れこみで公開されたのが、映画『リズと青い鳥』だ。

発表当時、「京都アニメーションの新作映画が出るぞー!」と聞いて公式サイトを見に行ったところ、童話じみたタイトルとビジュアルを目にして驚いた記憶がある。

しかもオリジナルアニメかと思いきや、よくよく見ると『響け!ユーフォニアム』の新作らしい。「え? どゆこと!? タイトルも作風もぜんぜん違うじゃん!」などと、二重にびっくりした。

さらに詳しく読んでみると、テレビ版のメインキャラクターたちではなく、第2期に登場した2年生組──劇中では進級しているので新3年生──の2人にスポットを当てた作品になるという話。外伝的な立ち位置なのかと思い、無理に観に行く必要はないと考えていたのだけれど……。

 

──これを観ないなんて、とんでもない。

 

『響け!』シリーズのファンはもちろんのこと、山田尚子*3監督の映像が好きな人は必見。そして、思春期の少年少女の心の機微を描いた作品が大好きな人ほど、全力で悶えることになるはず。

山田監督が手がけた作品と言えば、『映画 聲の形』は言うに及ばず、超正統派の青春恋愛劇の甘酸っぱさに当てられ、鑑賞後は「グワーッ!」と叫んで爆発四散した『たまこラブストーリー』も記憶に新しい。僕なんて、『たまこまーけっと』を観ていないのに弾け飛んだからね……。

一方、今回の『リズと青い鳥』もまた、別のベクトルで衝撃的な映画だった。

映画が始まり、やるせない感情とモヤモヤがこみ上げてきたと思ったら、あふれんばかりの尊みを目の当たりにして息苦しさが有頂天。内心で「グワーッ!」と叫ぶ間もなく真っ白に燃え尽き、鑑賞中あんなにも激しかった動悸はスタッフロールを迎えたことでゆるやかにフェードアウト。僕は死んだ。

そうして、あらゆる感情がまぜこぜになった顔のまま、パンフレットを片手に劇場を出てきたのでした*4

 

すれ違う2人の「好き」に悶絶する

リズと青い鳥 PV みぞれ

『リズと青い鳥』ロングPV - YouTubeより

此度の劇場版でスポットが当たるのは、新3年生のオーボエ担当・鎧塚みぞれと、フルート担当・傘木希美の2人。彼女らを主人公に据えた本作は、思春期の揺れ動く感情の行方を垣間見る──もとい、 “覗きこむ” ような作品に仕上がっている。

劇中で紐解かれるのは、友人関係にある2人の狭間で揺れ動く「好き」の感情。

ただ、「好き」と言っても「恋」と言い切れるかは微妙なところ。その関係性を指して「百合」と称してもおかしくはないものの、そうは感じない人もいるのではないかしら。

それは、友情、憧れ、親しみ、安心──など、多彩な感情がない交ぜになった「好き」の気持ち*5。特に「高校3年生」という多感な時期の「好き」は、とてもじゃないけれど一言では言い表せないもののはず。

思春期の終わりが近づくなか、進路に悩み、将来に不安を感じ、否応なく訪れる環境の変化を予感させられる時期。そんな年頃の少女が抱く繊細で複雑な「好き」の感情を、アニメ映画では過去に観たことがないレベルで丁寧に描いている。それが、この映画独自の大きな魅力だと感じた。

リズと青い鳥 本予告 みぞれと希美

『リズと青い鳥』本予告 60秒ver. - YouTubeより

引っ込み思案なみぞれにとって、天真爛漫な希美は大切な友人。いや、それどころか、「希美は私の全部」と言い切るくらいに唯一無二の存在。いつもひとりぼっちだった自分に声をかけ、音楽を教えてくれた、大切な大切な友達。

しかし彼女は、過去のトラウマから、希美がいつか自分の近くからいなくなってしまうんじゃないかというという不安も抱えている。「ずっと側にいてほしい」という、強すぎる想い。その感情は、見方によっては、固執的で刹那的な「恋愛」のそれであると言えるのかもしれない。

一方で、希美がみぞれに抱く「好き」の感情は、また少し異なった意味合いを持っている。「みぞれのオーボエが好き」だと話す彼女は、みぞれ本人というより、その才能に惹かれている側面が大きい。もちろん、付き合いの長い友人として大切に思っていることも間違いないと思うけれど。

 

お互いに「好き」なのに、その言葉に込められた思いは別のもの。

 

掛け違えられたボタンは収まるところに収まらず、宙ぶらりんの「好き」は行き場を失う。2人のすれ違いは演奏にも現れ、その断絶が決定的になってしまう場面がとてつもなく辛かった。

しかもその場面というのが、音楽をテーマにした多くの作品──テレビアニメ版『響け!』も含む──ではしばしば劇的・感動的に描かれる、演奏のシーンであるという。

耳ではすばらしい演奏に感動し、心を震わされているのに、同時に、強く揺れ動く “彼女” の心情が伝わる描写を見て、心苦しさを覚えずにはいられない。その心中を慮るほどに辛くなり、過去に経験したことのない感情の奔流に襲われ……なんかもう、どうかなりそうだった。

だからこそ「グワーッ!」と悶え、最終的には真っ白に燃え尽きたわけです。つらい。わかる。やっぱりつらい。でも、尊い……。徹底して校内だけで描かれる1対1の関係性の狭間で、こんなにも心底から揺さぶられるとは思いもしなかった。くるしいけど、だいすき。

 

冒頭5分53秒、思わず、呼吸を忘れた

それはまるで、精神攻撃と回復呪文を同時に食らい続けていたかのような90分間。

淡く繊細な線で描かれた世界に魅了され、甘酸っぱくもほろ苦くもある人間関係に心を打ち抜かれ、最後には整理できないごちゃまぜの感情が胸に去来し、今なお余韻に浸っている、浸れてしまう。そんな映画だった。

そんななか、何度も観たい──もとい「聴きたい」と感じたのが、冒頭の約5分間

というか、映画が始まって最初に目にし、耳にし、一瞬で引きこまれて夢中になっていたその瞬間は、その後の本編の展開を想像もしていなかったので……。今となって考えてみれば、この冒頭のわずかな時間で作品世界に浸れたことで、本作への没入感が高まったとも言えそう。

 

wind,glass,bluebird

wind,glass,bluebird

  • kensuke ushio
  • アニメ
  • provided courtesy of iTunes

 

木々のざわめき、吹き抜ける風、小鳥のさえずり、かみ合わない足音、衣擦れ、揺れるポニーテール、閉まる下駄箱、滑る引き戸、リノリウムを叩く上履き、鳴り響く鍵盤──。

説明口調の台詞はなく、オープニング映像もない。スクリーンに映し出されるのは、登校し、連れだって校内を歩く2人の姿。「ただ、学校の中を歩いているだけ」の映像を流す約5分間が、最高に多幸感に満ちた至福のプロローグになっていた。

これはぜひとも劇場で体感してほしいのだけれど、とにかく「耳が幸せ」の一言に尽きる。映像と音のシンクロが最高に気持ちよく、耳に響く環境音も驚くほどに自然なもの。サウンドトラックではどうなっているのかと思って確認してみたら、環境音も含めて劇伴になっている模様。速攻で買ってきた。

リズと青い鳥 PV みぞれと希美

『リズと青い鳥』ロングPV - YouTubeより

さらに、目と耳で楽しめる映像というだけにとどまらず、歩く2人の性格や距離感がそのなかで対比されているようにも見えて、一時も目が離せない。『響け!』を観ていない人でも、あの5分間を注視すれば、それとなく2人の関係性が見て取れるんじゃないかしら。

先に立って歩く希美の動きは軽快で、踊り場でキュッと上履きのつま先を鳴らす音が気持ちいい。一方、数歩遅れて歩くみぞれの視線はいつも希美を捉えており、視界でメトロノームのように揺れるポニーテールが印象的。ポニテ大好きおじさんが鼻血で失血死しないか不安になるレベル。

正直、この約5分間だけで「観に来てよかった!」と感じたくらい。ついでに、この冒頭が大好きだったので、ラストシーンもヤバかった。でもう感情が昂ぶりすぎてハゲるかと思った。

あと、本筋とは関係ないけれど個人的に言いたいのが、「なぜ立川シネマシティで上映していないんだ……」ということ。Blu-rayを買ってヘッドホンで堪能するよりもまず、極上音響上映で冒頭を聴きたい。おーい! 中の人ー! 待ってますぞーーー!!

 

すれ違っても、つながっていられる

青春ものとして感じ入る部分があり、劇中劇を含む淡い映像美に浸り、「音」の演出と力強い「音楽」を楽しむことができる本作。まだまだ書きたいことは尽きないけれど、『リズと青い鳥』は、どこか純文学的な映画だと思った

と言うのも、ここまで書いてから他の人の感想も読んでみたのですが、総じて熱量が高く、解釈も十人十色なんですよね。

みぞれの「好き」を「恋」だと断言する人もいれば、もっと深い「愛」だと言う人もいる。いや、みぞれはまだわかりやすいほうで、希美の感情に寄り添えるかどうかによって、解釈が大きく異なっているようにも見える。彼女に強く共感している人ほど、2人の関係性に絶望的とも言えるほどの断絶を垣間見て、ハッピーエンドを願わずにはいられないような。

そもそも、あれを「ハッピーエンド」と感じるかどうかも意見が分かれるはず。本編で描かれるのは2人の日常の一幕でしかなく、本作は言わば「途中」の物語に過ぎない。コンクールといったわかりやすい区切りもなく、2人がお互いの感情に気づき、何かを得ると同時に、何かを失った幕間劇。

そんな「途中」のエピソードであり、劇中でも意図的に「間」を設けているからこそ、この物語と2人の関係性には、いくらでも解釈の余地がある。だからこそ、本作を観た人は、何かを語らずにはいられないのだと思う。不確定な関係性の狭間で、劇中では具体的には言語化されていないけれど、内心で変化し、確定された何かがあると感じて。

リズと青い鳥 本予告 希美

『リズと青い鳥』本予告 60秒ver. - YouTubeより

個人的には、『リズと青い鳥』は「すれ違っても、つながっていられる(好きでいられる)」ことを繊細に描いた映画だと感じた。

どれだけ長い付き合いを経て、どれだけ言葉を交わそうとも、究極的には、人と人は互いに理解し合うことができない。すれ違いなんて日常茶飯事だし、そも個人の感情は移ろうもの。それこそ、お互いの好意が実は別の感情だったとしてもおかしくはない。相互理解がハッピーエンド、2人はいつまでも幸せに暮らしました──なんてのは、現実には難しい。

それでも、そうやってすれ違い続けながらも、誰かとつながることはできる。

たとえ双方が違う感情を秘めていたとしても、そのまま「好き」でいられる。変化せずにはいられない日々において、いつも付かず離れず一緒に歩く必要はなく、時には一歩先を行き、時には相手に歩調を合わせることで、関係性を紡いでいくことはできる。

言い換えれば、「人はそれぞれ、歩く速さが異なるように、生きる速さも異なる」という、当然と言えば当然の話。けれど、そんな当たり前のことを、青春のまっただなかにいる少女2人の目線で、触れれば壊れそうになるほどの繊細さでもって描き出している映画なんて、そうそうないんじゃなかろうか。

 

だからこそ、当たり前すぎる「足音」が、たまらなくたまらなく愛おしい。
弾むように、追いかけるように、そしてふと慮るように鳴り響く、2人の足音。

 

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  • kensuke ushio
  • アニメ
  • provided courtesy of iTunes

 

特に、冒頭では決して交わることがなかった足音が、数秒だけ、ラストでは重なり合うタイミングがある。その瞬間、尊みが爆発した。お互いの呼吸を確かめ合うように、相手の奏でる音を聴きながら合奏するように。重ならないまま重なる足音が、2人の関係そのもののようで……。

振り返ってみると、劇中の楽器の音色は当然ながら、呼吸音まで聞き逃すまいと集中するほどに、声優さんの演技もすばらしかった本作。けれどそれだけではなく、そうやって「音」を全力で堪能した映画の中で、音楽や声と同レベルで印象的だったのが、この「足音」だった。

サウンドトラックにも「曲」の一部として挿入されているため、これから何度でも浸ることができるのが嬉しい。足音を聴けば、自然と2人が歩く映像も思い出せるから。『リズと青い鳥』の世界に浸れるから。でも、少なくとももう1回、叶うなら、音響の良い映画館に観に行きたい。

 

© 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

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*1:こんなとき、僕も心拍数を計測していれば……。

*2:原作は小説。既刊7巻。

*3:参考:山田尚子 - Wikipedia

*4:あんなものを観てしまって、買わないという選択肢はなかった。

*5:ポジティブな感情だけでなく、「好き」だからこそ抱いてしまう「嫉妬」の側面も大々的に取り上げている作品。つらい。