池上彰・佐藤優の両氏による70のインプット術をまとめた対論本『僕らが毎日やっている最強の読み方』


 池上彰さんと佐藤優さんの対論本『僕らが毎日やっている最強の読み方』を読んだ。サブタイトルとして「新聞・雑誌・ネット・書籍から『知識と教養』を身につける70の極意」と続く本書は、一口に言えば「複数媒体を跨いだインプット術」を論じた内容だ。

 情報化社会が叫ばれて久しい今日。良くも悪くも僕らの周りは「情報」であふれかえっているが、多いのは単に「情報量」だけではない。新聞やテレビをはじめとした旧来のメディアから個人発信のインターネットまで、現在は「情報源」の多様化も進んでいる。

 そのように刻一刻と変化し、玉石混交が流れゆく情報の海に立ち向かうことは、決して容易ではない。情報渦巻く海中から効率的に「玉」をつかみ取るには、それぞれに異なる情報源の特色を知り、個々の情報の性質を読み取り精査するための「目」が必要となってくる。

 というのも、「新聞さえ読んでおけば仕事には事欠かない」「ネットだけでも最新のニュースは追うことができる」と断言できるほど、個々の媒体は万能ではない。複数の情報源を横断し、多角的な視点で見なければ、個々の情報・出来事を真に理解することは叶わない。

 そういった「情報収集」の考え方を整理しつつ、2人のプロフェッショナルの対論によってその手法をまとめた1冊が、この『僕らが毎日やっている最強の読み方』だ。

 普段は作業的に情報を追いかけるだけで精一杯なビジネスマンはもちろんのこと、これから社会に出ようという就職活動生や、まだ入学したばかりの学生まで。誰もが「情報」とは無縁ではいられない現在、情報収集と知的生産のエキスパートである2人の対論は、今後の学習の指針となるはずだ。

 

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2人のプロから学ぶ、知識と教養を身につけるための70のインプット術

 たとえ意識していなくても、日常的に膨大な情報と接する生活を送っている僕ら。そんな環境下においては、個々の情報の真偽以前に、「情報源」の取捨選択が重要となってくる。曰く、 “「何を読むか」「どう読むか」だけでなく「何を読まないか」も重要な技法のひとつ” である、と。

 しかしだからと言って、「マスメディアはゴミ」「ネットの有象無象の情報はあてにならない」などと、特定の媒体を切り捨てているわけではない。本書は、各媒体それぞれの特徴とメリット・デメリットを対論のなかで明らかにしつつ、具体的な使い方を提案していく流れとなっている。

佐藤 この本の大きなメッセージのひとつになりますが、世の中で起きていることを「知る」には新聞がベースになり、世の中で起きていることを「理解する」には書籍がベースになります。両方を上手に使いこなすことが重要で、どちらか一方に偏るのはよくありません。

池上彰、佐藤優『僕らが毎日やっている最強の読み方』P.31より)

 とはいえ、読後の印象として、特に重要視されているのはやはり「新聞」であるように読めた。本書では章別に各メディアの「読み方」を論じていくのだが、「雑誌」「ネット」「書籍」「教科書・学習参考書」がそれぞれ約50ページ程度で書かれているのに対して、「新聞」についてはその倍、100ページほどの紙面が割かれているので。

 100ページにもわたって何が論じられているのかといえば……これが、想像以上に濃密だった。

 ネットが普及しても衰えない新聞の影響力の強さと、「最低2紙に目を通す」のが絶対条件だという大前提を確認したうえで、2人が購読している新聞を紹介。新聞を「全国紙」「地方紙」「通信社」に分類し、そのなかから何を選ぶべきか、どのように読めばいいか、記事の保管・整理方法はどうすればいいか――といった論点で「読み方」を紐解いている。

 読んでいておもしろかったのが、「対論」という形で進んでいく構成ゆえに、2人の「読み方」の共通点・相違点がはっきりと示されていたこと。例えば、池上さんと佐藤さん、お二方の購読紙は以下のようになっている。

 

 池上氏が定期購読している新聞 『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『日本経済新聞』『朝日小学生新聞』『毎日小学生新聞』『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』
※駅売りなどで読む新聞:『東京新聞』『産経新聞』『中国新聞』『信濃毎日新聞』

 

 佐藤氏が紙で定期購読している新聞 『東京新聞』『琉球新報』『沖縄タイムス』『ニューヨーク・タイムズ』
※電子版で定期購読している新聞:『朝日新聞』『毎日新聞』『産経新聞』『日本経済新聞』『琉球新報』『沖縄タイムス』『聖教新聞』『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』

 

 池上さんと佐藤さん、お二方の個性や仕事事情がそれとなく感じられる点もそうだが、「これを読んでおけば間違いない!」と断言するのではなく、2人分の「私の場合はこれを読んでいる」という事例から選ぶことができる点が大きいように思う。

 つまり、自分にとって興味のある、真似しやすそうなほうを選択し、すぐにでも参考にすることができるわけだ。これは「新聞」に限らず、本書1冊を通して同様の読み方ができる。

 また、「何を読んでいるか」のみならず、当然「どのように読んでいるか」も各々に異なっていておもしろい。2人ともに「飛ばし読みが基本」という部分は共通していても、気になった記事の保存方法は池上さんが「ジャンル別にクリアファイルに保存する」一方で、佐藤さんは「分類せずデジタル化してEvernoteに保存する」という話。

 ほかにも、普段から電子版を積極的に活用している佐藤さんに対して、池上さんは駅売りの新聞を拾い読みしているなど、生活スタイルや利用ツールの違いも垣間見えて興味深い。途中、「いつも新聞や本を読む際にはストップウォッチで時間を計っている」という佐藤さんの言葉に、池上さんが驚くような場面もあった。

 本書では、このような指摘を “極意” として取り上げ、1冊を通して70の方法論・考え方を知ることができる構成となっている。一例として、「新聞」の章から一部を掻い摘まんで引用すると、以下のような “極意” が書かれている。

  • 新聞は「世の中を知る」基本かつ最良のツール。ネットが普及しても、新聞情報の重要性は変わらない。
  • 地方紙の「死亡広告」「不動産広告」「書籍広告」に注目すれば、土地柄や経済状況が見えてくる。
  • 『日本経済新聞』が難しい人は、無理せず一般紙から。「自分の知識レベル」から背伸びしすぎないのが大切。
  • 新聞は「飛ばし読み」が基本。記事を読むかどうか、「見出し」と「リード」で判断し、迷った記事は読まない。
  • 「見出しだけで済ませる記事」「リードまで読む記事」「最後の本文まで読む記事」の3段階に分けて読む。
(同著より)

「ネット」における情報収集の問題点と、何事もうまく使うバランス感

 このような「新聞」の話はもちろんのこと、「雑誌」「書籍」「教科書・学習参考書」の章のどれもがおもしろく、すぐにでも「読み方」を参考にしたくなるほどには魅力的に感じられた本書(実際、すでにいくつか実践中)

 その一方では、「ネット」に関する指摘も想像以上に興味深く読むことができた。

 序章の時点で、どちらかと言えばネットには懐疑的であるように見受けられた2人。しかし詳しく読み進めてみると、実際には納得のいく主張ばかり。普段から長時間にわたってネットに入り浸っている自分にとっても、そのとおりだと素直に頷くことのできるものだった。

 例えば、本書では「ネットの大原則」として、次の3点が挙げられている。

 

 ネットの大原則 
  1. ネットは「上級者」のメディア。情報の選別には、かなりの知識とスキルが必要。
  2. 「非常に効率が悪い」メディア。同じ時間なら、新聞や雑誌を読むほうが効率的。
  3. 「プリズム効果」に注意する。ネットでは自分の考えに近いものが「大きく」見える。

 

 フェイクニュースに踊らされたり、再現性はおろか正確性も怪しい「お金稼ぎ」の情報に釣られたり、無駄に何時間もネットサーフィンしてしまったり、自分に同調するタイムラインの意見ばかりを見てそれ以外をスルーしていたり。

 ――なんとなく心当たりのある人も多そうな、「ネット情報の問題点」を端的に指摘しているように感じられた。

 とはいえ、このあたりはまだ自覚があるというか、数年も使っていれば自ずから気づきそうなポイントでもあるように思う。むしろドキリとさせられたのは、以下の指摘だ。

池上 そもそも新聞や雑誌は「読む」といいますが、ネットは「見る」といいますよね。このことがネットの使われ方を端的に表している気がするんです。「ネットでニュースを見ている」という人の中には、記事のタイトル、クリックした記事の見出しだけを見て、知ったつもりになっている人もいるような……。

佐藤 「見ているけど、読んでいない」人は多そうですね。クリックしても画面をスクロールするだけで、ナナメ読みすらしていないかもしれない。そういう人は「どういうニュースだった?」と聞かれても端的に説明できないでしょうね。

(同著P.162より)

 言われてみれば、流し読み、もとい流し “見” るだけで終わらせてしまうような記事には心当たりがある。

 Twitterでコメントしたりブックマークしたりと「記録」には残しても、「記憶」には残っていない記事は少なくない。コメントしていればまだマシなほうだ。ざっとスクロールして終わりという、何のために開いたかもわからないような記事がないとは言い切れない。

 同時にこれは、「ネット」以外の場面でも当てはまる。わかりやすいところでは、「本」などはまさしくそうだ。何も考えず、ただ作業的に流し読んで、それで終わり――自分も人のことは言えないけれど、そのような人も決して珍しくないのではないだろうか。

 もちろん、あえて乱読することによって、ある瞬間に読書経験が活きてくる場合もあるにはあるが、それも何らかの目的意識がある「読み方」をしている人に限られるように思う(参考:『乱読のセレンディピティ』本の“つまみ食い”がもたらす思わぬ効用とは?

 冊数ありきで本に目を通し、「1年で数百冊読みました!」と声高に叫んでいる人ほど、おすすめの本について詳しくは語れないイメージが強い。「読む」ことが目的……いや、「数をこなす」ことが目的になってしまっては、本末転倒も甚だしいように思う。

 話がそれたが、ネットで知識や情報をインプットするには高い技術が必要となり、むしろ貴重な時間を蝕みかねない。それが「ネット」の問題点であると、本書では論じられている。――無論、「ネット」を一括りに悪と断じるのではなく、ニュースサイトや検索といったサービス・機能別のメリットも挙げられてはいるものの。

 しかし逆に、「アウトプット」の面では優れている部分もあるという指摘もあり、このあたりの論じ方は非常にバランスが取れているという印象を受けた。

池上 SNSのメリットは、インプットよりアウトプットにあると私は思っています。きちんと読み手を意識して、自分が得た情報を整理して書く。そうやってアウトプットすることで、知識は自分のものになっていきます。それに、アウトプットを意識してインプットするほうが効率も上がっていくはずです。

(同著P.175より)

 普段からネットを利用している人にとっては馴染み深い考え方かもしれないが、たまに忘れそうにもなる大事なポイント。本書では適度な「ネット断ち」を提案しつつも、使えるサービスは存分に活用していくことで、より効率的に学ぶことを勧めている。

 SNSだけではない。本書ではこのように、ともすれば問題のある媒体やツールに関しても「上手な使い方」を見出し、効率的かつバランスの取れた「読み方」をすることを提案している。新聞は保守とリベラルで異なる論調の2紙以上を読む、娯楽要素の強い雑誌でも流行・時流を知ることができる――などなど。情報の量・質・正しさだけが常に役立つとは限らず、どのような媒体も使い方次第なのだ。

 本書『僕らが毎日やっている最強の読み方』は、おそらくビジネスマンを主なターゲットとしていると思われるが、むしろ大学生にこそおすすめできる1冊であるように感じられた。新聞の選び方にせよ本の読み方にせよ、学問を志す人には欠かせない考え方がてんこ盛りだ。

 何はともあれ、これだけのインプット術を知ったところで、実践できなければ意味はない。忙しいビジネスマンがすべてを取り入れるのは難しいが、すぐにでも実践できそうな方法・考え方も少なくなく、「学び」の指針とするにはハードルの低い1冊だと言える。電子書籍版も出ているので、通勤時間にでも少しずつ読んでみてはいかがでしょうか。

 

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