読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

そういえば最近、「移動中に無駄に走る」ことが減った

f:id:ornith:20170204221436j:plain

 タイトルのとおり。昨日、喫茶店からの帰り道にふと気がついてしまった。少年時代から大学生生活に至るまで、あんなにも無駄に走っていた自分はどこへ行ってしまったのか……?

 

「無駄に走る」のは……習慣? 癖?

 ――なんて書いても「何を言っているんだこいつは……」状態だと思うので簡単に説明すると、昔から僕は「無駄に走る」子供だったのです。

 たしか、小中学生くらいのころからだったかしら……。体育の時間でもなければ自主的なジョギングでもない、ただの日常的な「移動」に際しても、なぜだか僕はよく走っていたのです。とっとこ走るよ(ほどほどのスピードで)。すみっこ走るよ(往来の邪魔にならないように)

f:id:ornith:20170204222102j:plain

 きっかけはよく覚えていない。でも多分、小学4年生くらいのときに学校の持久走大会で10位になったのが嬉しかったとか、日頃から親や先生に運動の大切さを説かれていたとか、そういった体験によるものだと思う。

 そして、球技は苦手、体育の成績も微妙――だけれど「走る」のは好きだった小学生の僕ちゃんは、「じゃあ走ろう!」と安易に考えたのか、ちょっとした移動の際にも走るようになったのでした。

 時には、放課後の帰り道でランドセルを揺らしながら、また時には、週末に友人宅へ向かう道すがら。別に急いでいるわけでもなく、待ち合わせに遅れるどころか走ることで早く着きすぎてしまう場合でも、「せっかくだから走ろう!」と。美少女転校生との出会いを期待していたわけではない……はず。

f:id:ornith:20170204222204j:plain

 その習慣(?)は、中学・高校、さらには大学へ進学しても相変わらず。友達や家族など、一緒に歩く相手がいるときは別だけれど、自分ひとりでどこかへ “移動” する際には、それなりに高い頻度で小走りをしていたように思う。

 高校時代なんて特に。スクールバスが運行していない週末、部活のために学校へ向かうときにも、普通に路線バスを使えばいいのに、「節約&運動だ!」なんて喜々として6kmの道のりをとっとこ走ってたからね……。汗だくで学校に到着すると、決まって後輩くんが「とてもじゃないが理解できない」という視線とともに迎えてくれた思い出。……ドMかな?

f:id:ornith:20170204221607j:plain

 とはいえ、さすがに大学生ともなると徐々に変化が出てくる。そもそも都内の大学へ通うにあたり、通勤ラッシュの池袋駅や都心の人混みを駆け抜けるわけにもいかず、小走りする機会は減ったように思う。……たぶん。きっと。おそらく。たまに走ってた気も……ゲフンゲフン

 その代わりと言ってはアレですが、新たなスキル「人混みを回避しながらの早歩き」を習得。「走れない……ならば! 早歩き以上のスピードで歩けばいいじゃない!」という思考に至ったのか、それなりの速度で無駄に早歩きするようになった覚えがあります。階段は一段飛ばしが基本。水面を歩く・走るスキルはついぞ習得できませんでしたが……無念……。

f:id:ornith:20170204222236j:plain

 とにもかくにも、自分はつい最近まで、こういった「移動中に無駄に走る(早歩く)」という習慣だか癖だかがあったのでした。普段からそれなりに人目は気にしているつもりなので、迷惑はかけないように走って(歩いて)いたはず……だけど、今となっては自信ないです……。

 ところが、でござる。冒頭にも書いたように、近頃の自分を省みると、どうやらいつの間にかこの「無駄に走る」習慣がなくなっていたようなのです。ついに “無駄” であることを学んだのか……! とも思ったのですが――どちらかと言えば、生活リズムの変化が一因としてありそう。

 

体力の調整と、「歩き方」の変化

 まずひとつ考えられるのが、大学卒業後の環境の変化。というのも、就職先のメーカーで営業職として励むことになったのですが、その仕事の内容は、営業でありながら荷物運びとしての要素も大きい、肉体労働だったのです。

 当然、大学時代にろくすっぽ運動していなかった自分の体力ではとてもついていけず、最初の数ヶ月は死にそうになりながら寮と職場を行き来するだけの生活を送っておりました。仕事を終えて自室に戻っても何もやる気が起きず、夕食を食べたらそのままお布団へ。このように、業務外では体力回復が最優先の生活を、しばらく続けることになる。

f:id:ornith:20170204221435j:plain

 半年も経てばそれなりに体力・筋力も身について、仕事にも慣れてきたため、幾分かはマシになったのですが……。それでもやはり、普段から自分の「体力」に気を配らなければいけないわけで。 休日も運動のたぐいはせず、むしろスーパー銭湯に行って英気を養うのが習慣になった。

 なればこそ、そんな「無駄に走る」ようなことはしていられない。いたずらにHPを消耗しても良いことはなく、それよりも業務外でいかにして体力を回復するかが最優先。その結果、この「走る」習慣がなくなり、今に至るのではないかと。――言い換えれば、 “もう若くない” 的なアレ。

f:id:ornith:20170204221437j:plain

 もうひとつは、自分の価値観の変化――というか、 “移動” の際の視点・歩き方が変わったことによるのかもしれない。

 移動はあくまで移動、目的地ありきで最短&最速を考慮しつつ、さらにはその道中をほどよい運動時間にするという「実益」重視の考え方から、その道行きをゆったりまったり歩きつつ、時には立ち止まってカメラを構えるように「楽しむ」方向へ、ここ数年でシフトしたんじゃないかしら。

 それは、最近の自分のブログ記事を読み返しても一目瞭然。

 ある目的地へ向かうその道中においても、たったかたーと駆け抜けるのではなく、逆に寄り道までして、ぐるーりふらふらと歩くようなことが増えた。この半年で「走る」ことと言えば――レアポケモンが出現したときくらい? ラプラス……捕まえられていません……。

f:id:ornith:20170204221439j:plain

 そんなこんなで結論としては、「普段から自分の体力を考慮する生活にシフトした」「寄り道大好き、散歩と街歩きを趣味として嗜むようになった」という2つの理由から、思春期に身についた習慣「無駄に走る」が消失した――という自己分析、帰結となりました。

 詰まるところ、「もう学生時代のようにやんちゃはできない」「週末の公園をただ歩くだけでも楽しい」という意識の変化であり……ってこれ、もはやただのおじいちゃんじゃないですかー! やだー! 齢30手前にして老後の趣味を前借りしちゃうなんて、爺になったときに何をすればいいんだ……。VRか……フルダイブの技術革新に期待しよう……。

 

 ――たまには走ろう。うん。

 

 

関連記事